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天使に取りつかれて  作者: 朋子
第1章 ありえない休日
11/27

◆10 朝、8時ぐらい

◆10 朝、8時ぐらい



 朝日が窓から容赦なく侵入する。

 やわらかな形のない淡い光が顔を照らす。

 この部屋の主は起きない。

 天使はただなにもせずこの部屋の隅にいた。

 タンスと壁でできた90度の空間。

 壁にもたれているのか、タンスにもたれているか判らない座り方で、ぽつーんととり残された感満載のチェカ。

 ぼんやりと床に当たる光と影を見つめていた。何の意味も持たない。

 風はない。ゆれない影。窓は閉まったまま。

 冷たさはドアの隙間から。

 動かない2つの存在。

 静寂という安らぎのこの空間に耳を傾ければ、微かな寝息。

 またもこの部屋の空気を変えてしまう四角い物体が動き出すのは、2秒後。

 そして動き出す。

 けたたましく自分の存在を主張する目覚まし時計。

 それも伸びてきた手によって邪魔をされた。

 明は、隅で足を立てて折り曲げ両手でかかる体育座りと呼ばれる恰好の影を見つけ、いかにも寝起きという顔でおはようと言った。

 返されるおはよう。顔の上げたチェカの顔には光は降り注がれない。

 のっそりと、体を起こした明。

 そのまま、頭と体をゆらゆら小さく左右へとゆれた。こぼれた欠伸。

 腕を肩より少し上げ、身体を伸ばす。

 直ぐのため息に似た息が吐かれる。

 肩を落とし、見つめる何か。床なのか、シーツなのか、足なのか。

 そして、


「よし」


 気合いと取れる声が出された。

 チェカは解らないといった顔で見てた。


「朝ごはんを食べよう!」


 その言葉で顔がひきつった。自然と背筋が伸びている。

 明はチェカを素通りしてドアを開けた。

 聞こえる音。階段を下る軽い音が十数回。テンポよくは聞こえなかった。



***



 当然のごとくの闇、と思いきやそうではない。

 朝のため、カーテンを閉めているが完全に遮断できているわけではない。

 カーテン越しの隙間から、こぼれる光。

 灯りが消えた広々とした空間にわずかに混じる光は、なかなかに綺麗なものではあるが、どうあがこうが日常の片隅の風景であるそれは見慣れたどうでもいいものでしかない。

 別に珍しい物でもなければ、感動するような事でもない。

 見向きもせず、容赦なく人工な光で照らす。

 すたすたと、当然としてる姿をさらしてキッチンへ辿りつく。

 昨日の夕食を食べた後、朝に炊きたての白米が食べれるよう準備をして、拒否できない命令に従った働き物のジャー君(炊飯器のことです。とってもがんばりやさん。この家では冷蔵庫の次を争う電化製品)が口を開けた。勢いよく飛び出す湯毛。良い香りが鼻を刺激する。

 きれいな面に容赦なくしゃもじを突き刺した。

 明の左手には105円のちゃわん。

 きれいな面に切れ目を入れ、さっくりさっくりと混ぜる。軽く混ざる白の塊。

 湯毛をうっとおしいほどに浴びまくった明は、ちゃわんへと白い塊の一部をのせる。こぼすわけがない。

 カチャリとした音。湯毛の外へ出る通り道が閉ざされた。

 コトリという音。これはちゃわんをテーブルに置いたもの。

 足を運び、食器棚から箸をつかみ取る。そのまま冷蔵庫へ。

 さきほどの熱い湯毛とは正反対の冷気が顔に容赦なく激突する。

 取ったのは上から2段目のタッパー。中には梅干し。

 そしてその下の下のラップのされた皿を取る。昨日の残り物。

 持ちにくそうな雰囲気はせず、これまたスタスタとテーブルへ行き、置いた。

 椅子を引く。座った。はじいた音を出さずに静かに手を合わせる。いただきますの声はない。

 もぐもぐと無言で窓を見ながら食べる。正確には窓の外の木を見ながら。楽しくなさそうに。

 おいしいとは思わせない食べ方。表情からしてまずそうでもない。

 食べるということはあくま作業と言わせるかのような食べ方。

 ゆっくり、ゆっくり食べ物が消えていった。

 この時、チェカは何をしていいか、というか何をしよう、何をしたらいいのか。

 一生懸命あの本を開き、考えていた。



***



「選択していいですか」


 明の脳はこう変換された。

 突然わけのわからんことを、前置きなくしゃべりだしたチェカを浮かんだ疑問符と一緒に見つめていた。

 実際には、選択ではなく洗濯していいですかと聞いたチェカ。

 明のきょとんとした顔を見て、駄目だったかな? とオドオドしていた。


「何を選択?」


「え!? 服とかを……」


 意外な言葉に戸惑うチェカ。

 両者の間にうすっぺらい壁があることに気づかない。


「……買いに行きたいの?」


「え? いや、ないんですか?」


「え、服あるよ。あるある。あんたのないけど、見えないのにいる?」


「え? 私の服は洗わなくていいですよ」


 ようやく明が違和感に気づく。


「洗わ……。ん? 洗濯機使いたいなーって意味か!」


 完全に起きていないのか。そして、ようやく気付いた明。

 チェカは首をかしげるだけ。


「洗濯機の使い方、わかるの?」


 ようやく理解し頭が追いついた明は話を進める。しなくていいよとは言わなかった。


「洗濯機? ……ですか? なんですそれ」


 チェカの言葉に明の目が点になる。そして聞いた。


「どうやって洗おうとしたの?」


 今度はチェカの目が点になる。なんでそんなこと聞くのだろうという顔をしていた。


「どう、って。お水でバシャバシャと」


 手で服を洗う動作をしながら、言った。


「まさかの手洗い!?」


 苦笑を交えた驚き声。

 チェカの頭の上に疑問符がダンスを踊る。


「それ以外になにかあるんですか――、あるの?」


 なぜか言い直したチェカ。

 それに対し、天使だから知らないのか……。と、つぶやいて1人で頷く明。

 そしてドアを出た。手で呼び寄せる動作。

 伝わったようで、とてとてと後ろを追う。壁を抜けうようなことはしなかった。

 しなかったが、明は言った。


「壁とかすり抜けたりするなよ。まあ、仕方ない時は許すけどさ。こっちは心臓鷲掴みされるような感覚なんだから」


 そう振り向かずに言った。


「うん。気をつけるね」


 とてとてと歩いていた。足音は2つ。

 明は後ろを気にしない。

 階段を下り、そのまま曲がる。

 そして目の前には目覚まし時計の何十倍もの大きさである四角い物体。目覚まし時計より長方形の形をしていた。

 これを軽く叩く明がこれが洗濯機、と説明した。ちなみにこのセンタッキ君は、ジャー君と2番手を争う電化製品。


「今からこれの使い方教える。料理できないならこれをやってもらおうか」


 どこぞの親分のような変わった口調で、明は何の意図もなく言った。

 気にも留めなかったチェカ。

 肌寒い空気が取り囲んだ。


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