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五神の国―光輪の仇―  作者: 海夜音琴
3/5

宿の一コマ

「……夢、やったんか……」


 まだ日の昇りきっていない時刻にテラは目を覚まし、体を起こそうとした。しかし背中に激痛が走り、小さく呻く。


「いたた……。路銀ケチってやっすい宿なんかに泊まったけん、固いベッドのせいで背中ガチガチやわ……」


 顔をしかめ、背中を擦りながらゆっくりとベッドから立ち上がった。

 リドルは、まだぐっすりと眠っている。元々どこでも眠れる奴ではあるが、このベットでぐっすり眠れるとは中々の強者だ。


「よう寝れるなあ……」


 テラは呆れたように呟くと、スッと目を閉じる。


「水神の宿る我らが安息の地、“癒しの泉(ヒールスプリング)”」


 テラが詩のような言葉を述べると、大きな水の玉がテラを包み込んだ。

 それはコポコポと音を立てると、勢いよく弾け飛ぶ。水滴が部屋のあらゆる所に飛び散るが、どこも濡れはしなかった。包まれていたテラでさえ、どこも濡れていない。


「んー、背中治ったわぁ。うち、回復系の魔法得意でよかったあ」


 テラは手を思いっきり伸ばして、うーんと伸びをする。

 その時ふと、先程まで見ていた夢のことが頭を過った。


「懐かしい夢やったな……。あれからもう一年経ったんや」


 怪物(エネミー)嫌いを克服する為に、幾度となく戦ったこの一年。最初の内は失敗続きだったが日が経つにつれ、テラは弱点を克服していった。今では言葉を聞くのは勿論、怪物(エネミー)本体と対峙することだって平気である。

 怪物(エネミー)克服の過程で、必然的に魔法や武器の腕も上がり、テラとリドルは一年前に比べればはるかにステップアップしていた。


「一年前を考えたら、うちらようやってきたなぁ」


 テラはくすりと笑い、左手をあの日のように挙げた。光輪はあの輝きが失せることなく、人差し指に朧気にある。


(テイル……)


 心の中で、あの獣人の女の子の名を呟く。彼女には、あれ以来一度も会っていない。


「結局、あの娘は謎だらけやったな。まぁ、その謎を追うためにギルドに入るんやけど」


 テラは挙げていた手を下ろし、ぎゅっと握る。


「大丈夫。今のうちらやったら、絶対受かる。大丈夫」


 テラは自分を勇気づけるように言うと、未だぐっすり眠っているリドルに近付いた。

 幸せそうに眠るその寝顔の頬に、テラはそっと手を添える。


「一年前、リディが一緒に来てくれることになって、めっちゃ嬉しかった。うちがここまでやってこれたんは、リディのおかげでもあるんよ。ありがとう、リディ」


 テラは薄く微笑むと、桜色の唇を彼の頬に近付け、その頬にそっと、口付けをした――。



       *



 リドルが目を覚ましたのは、外が大分明るくなってからだった。


「ふわぁ……。テー、おはよー」


 大きな欠伸を一つし、目を擦る。リドルの、いつも通りの朝の光景だ。


「……このベッドでいつも通りに起きるって、ある意味凄いわ」


「え、何か言うた?」


「何も言ってないよ? おはよ、リディ」


 何か言われた気がしたが、テラが爽やかな笑顔で挨拶をしてくれたので、気にしない。


「あぁー、試験到頭今日やなー!」


 リドルはベッドからノロノロと下り、うーんと伸びをする。


「ほやね。それが分かっとんやったら」


 テラはそこで言葉を切り、磨いていた短槍の、切っ先をリドルに向けた。


「朝はよ起きて、武器磨くなり、トレーニングするなりが、普通やないん、リディ?」


 ニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべるテラだが、その言動と行動にあまりにもミスマッチで、リドルは泣きたいような、笑けてくるような何とも微妙な心情となった。


「何でそんな変な顔しとん。そんなんしよるんやったら、はよ支度して食堂行こや。うちお腹ペコペコなんよ」


 向けている凶器を素早く半回転させ、薄い水色の柄の先っぽでリドルのおでこを軽く突く。

 突かれたリドルは、あう、と男らしくない、可愛らしい声を漏らした。


「変な顔とかひどっ! ワタシはアナタを愛しているというのに、そのワタシを変人呼ばわり! あぁ、駆け落ちしてまでアナタと結婚したワタシがこんな扱いを受けているなんてお母様が知ったら、どんなに哀しむことか……」


 さめざめと泣く(フリ)リドル。勿論、テラはそれを冷めた目で見ている。


「うちはあんたと駆け落ちなんかしてないし、結婚もしてない。分かったらはよ準備して」


 お腹の空いたテラは今まで聞いたことのない低い声で告げ、孫悟○と呼ばれる猿の棒さばきのように短槍をぐるぐると回し、綺麗に背中に収めた。

 彼女がこのように短槍をしまうのは、本気でキレそうな時である。


「じょ……冗談やって、テー! 今すぐ準備するし、怒らんとってや?」


 リドルは両手を合わし、テラに懇願をする。

 テラはそんなリドルを見下し、扉の前に腕を組んで仁王立ちになった。


「分かったけん、はよしてや?」


「お……おう! あ、さっき冗談って言ったけど、愛しとんは本当やけん!」


 支度をしながら、さらりと言ってみる。しかしテラは表情一つ変えず、


「はいはい。それもう聞き飽きたわ」


 欠伸をした。


(本当に愛しとんやけどなー。テー絶対信じてないわ……。まぁ、冗談混じりにしか言えん、俺も俺やけど)


 こっそりと溜め息を吐き、支度を終わらしたリドルはテラの前に立ち背筋をピンと伸ばす。


「準備終わりました、隊長!」


「よし、食堂行こ」


 余程お腹が空いているのか、テラは足早に部屋を出て行く。

 リドルも早足で進み、テラの横に並んで歩き始めた。


「そうや。今日テーに、ほっぺにチューされる夢見たんやって」


「……。実際、タコかなんかにキスされとったんやないん?」


 嬉しそうに話すリドルは、返すのに若干の間があったテラの顔をそっと覗きこむ。


「……(なん)?」


「いや、何か間があったと思って」


「そう? あー、もうお腹空き過ぎて限界やー」


 わざとらしくお腹を抑え、少し小走りになるテラ。リドルはその一歩後ろを走りながら


「そんなにお腹空いとんやったら、俺起きるん待たずに食べれば良かったのに」


 テラはピタリとその場に立ち止まり、顔だけをリドルへと向ける。


「リディが、一人で食べるんはつまらんやろうなぁ、て思ったけん。待っとったうち、偉かろ?」


 にっと得意気に笑うテラは、本来の歳より幼く見えた。


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