空の意味
明に教えたのは私だった。私達は誰かの身代わりとして造られたということ、その誰かは空が大好きで、ずっと空を見上げていて……事故で亡くなったことを。
だからぼくもねえさんもにいさんたちも、空にかんけいある名前なんだね、と明は明るく言っていたが、今考えたら随分と酷いことを突きつけたものだと思う。まだあかねが小学校に入る前、明が幼稚園に通っていた頃のはずだから、自分の言っていることが相手にどんな影響を与えるかちゃんと分かっていなかったのだろう。
「……ごめん、明」
「……何が?」
冷静ながら怪訝な様子で聞き返してきた赤い瞳に、あかねは耐えられず目を伏せた。
「私がお前に教えるのは辛いことばかりだな、と思ってさ……。知らない方が良いことだってあるのに、私はお前に何でも話すから」
「僕はそっちの方が嬉しいけどな」
明はそう言って、あかねの顔を覗き込んできた。
「姉さん、また何か変なこと考えてる?」
「……また、ってお前な……」
「またでしょう。しかも、わざわざ苦手な記憶辿りまでして」
こうもはっきり言われてしまってはあかねも苦笑するより他はなかった。
「……苦手なのは認めるが、それとこれとは違うだろう」
「違うよ。だから僕のことで姉さんが悩む必要なんてない。僕にとって姉さんからもらった知識はそこらでもらう知識よりもずっと面白いし、姉さん説明上手だからね」
「……上手くはないよ、私は。お前の理解が早いだけだ」
「それはまぁ、姉さんのいも……弟だから」
「……ぷっ」
笑ってはいけないと自制するも遅く、あかねは小さく吹き出した。顔を上げればほんのりと頬を染め唇を尖らせる、年相応に感情を見せる明の姿がある。
「少し言い間違っただけなのに、笑うなんて酷いよ」
「うん、いや……ははっ、悪い、なんか止まんない……」
あははは、と笑い続けるあかねに、明も諦めたのか微苦笑を浮かべた。
「……うん。姉さん、笑ってた方が似合うよ。真剣な顔も格好いいけど、悩んでる顔は……僕は見たくない」
「明……そうだよな。私は“暁”だもんな」
「だから僕と対になってるんでしょ? 僕は“夜”だから」
「私は夜空も好きだけどね」
言いながら、あかねは木から飛び降りてまだ上にいる明を見上げた。
「お前が“夜”で良かったよ、明。お前じゃなかったらきっと私をここまで分かってくれなかったはずだ」
「……お互いにね」
いつも通りの笑みをあかねを向け、明は静かにあかねのそばに着地する。危なそうなら手を貸そうと思っていたが杞憂だったらしい。その成長は嬉しくもあるが寂しくもある。
―――寿命が、近付いている証でもあるから。
「……さ、帰ろうか、明」
「……帰りたくないけどね」
急に硬くなった明の小さな声にあかねは軽く明の頭を小突きながら、ニヤリと笑った。
「寿命まで大人しくする気はないよ、私は。国の許可をどうにかとって、お前と一緒にあの家を出る。監視が必要だとか言われるかもしれないが、そんなもの病院に送っておけばいいしな」
「……暴力はよくないよ」
そう言いつつも、明も微かに笑みを浮かべながら、歩き出したあかねの横に並ぶ。
「さて、今日は何が良いかな……確かナスがあったし、揚げびたしでも作ろうか。好きだったろ?」
「……よく覚えてるね」
「そりゃ、私はお前のにい……っ姉さん、だからな!」
「噛んだね」
冷静だが少しだけ面白そうに言った明に、あかねは照れ笑いを見せる。
さっきまでの罪悪感は、自然とどこかへと行っていた。