孤児院春馬ー4ー
金色の月が夜空に浮かんでいる。
北側の隅の方に、ぽつんとあるのが、反省部屋だ。広さは十二畳ほど。
言葉通り、規則を破った者が、閉じ込められる部屋で、中は、防音にすぐれ、つまり、何をされても、外に、声は洩れない。
1週間や1ヶ月、食事を死なない程度に、おさえられ、中には、本気で、拷問された例もあるから、誰も、ここには、近付かない。
どことなく、陰鬱とした、嫌な空気が漂っている。内にも外にも。
蓮がそっと、小さな窓から、中を覗き込もうとした。
磨り硝子で、人影しか見えないが、天井のランプの下、
少年の息遣いを感じた。
見張り番は席を外しているのか、今は、静かだ。
中には、鉄格子があり、その中で、少年が畳に座っている。
さて、と。
蓮が、院長から掠め取った、反省部屋の鍵を出すと、なるべく静かに、入った。
「渡柳 華。助けに来たよ!」
黄金色の瞳をした蓮が、項垂れる華に、駆け寄った。
「ちょっと、華。ねぇ、大丈夫?」
何度か呼び掛けたが、返答は無い。
おかしい。
もしかして、薬を盛られたのだろうか。
鉄格子の隙間に手を入れて、蓮が、華の白い服を、引っ張った。
長い黒髪を下ろし、頭に、ぐるぐる包帯を巻いた華が、やっと、反応した。
「えっと、あれ、どなただ?」
かなり意識が白濁しているのか、華の菫色の瞳が、どこか、虚ろいでいる。
「はぁ。そっか。良い様にされちゃったか、華。まったく、少しは、抵抗しなさいよ!」
蓮が、遠慮無く、華を叩いた。
両手を酷く、叩かれて、その刺激から、ようやく華が、頭を上げた。
今、目を覚ましたかの様に、目をぱちくりさせると、蓮を、視界に入れた。
「れ、蓮! 何でここに」
「寝ぼけた事を、言ってるんじゃないわよ。貴方を救いに来たのよ。最初に言ったわよ?」
「いや、ダメだよ。蓮はオレに関わるべきでは無いんだ。見張り番が戻る前に、ここを、離れてくれ」
はっきりと、怪我人の華に、拒絶されても、
蓮は退かなかった。
「見くびらないで! 私は、家族や仲間を、見捨てたりしないわ。逃げ帰るなんて、死んでも、ごめんだわ」
もう一つの小さな鍵で、鉄格子を開けると、蓮が有無を言わさず、華を、外に連れ出した。
大それた事をしでかした。
それをよく理解はしているが、蓮の足取りは、止まらない。
ひとまず、夜も空いている、敷地内にある、銭湯。しかも女湯の脱衣所に、二人が、身を隠した。
「蓮。職員がきたら、どうするんだよ?」
すっかり正気に返った華が、一人で、どぎまぎしている。
「平気でしょ。華は女顔だし、毅然としてたら、あまり男と、言い当てられないわよ。しかもその白いロングパーカー、男女兼用じゃん」
ちゃんと下に、ズボンを履いてるよと、華が、猛抗議した。
「ごめんね。実のところ、これから先、どうするか、何も、考えてないの。華を反省部屋から連れ出す事に、必死だったからさ」
明かりの付いてない、脱衣所は、真っ暗だ。
月夜の光が、二人の足元を、頼りなく照らしている。
蓮の声は震えている。
不安にかられているからだ。
「ひょっとして蓮は、オレだけを、逃がそうとしていないか?」
蓮がギクリと、顔を華から背けた。
「華、私は、アンナを助けられなかった。このまま華が、ここから出なければ、廃人にされる可能性もあるだろう。現に薬を飲まされていたんだから」
「そうだな。おそらく、食事に少量ずつ、ヤバイのも混ぜていたんだ。見張り番が、常に、監視していたから、吐く事も、許されなかった」
「奴隷制度なんてものが、無ければな。なんでこのタイミングで、華に、狙いを定めたんだ? アンナの時も疑問だったが、どうして!」
院長では無いにしろ、ドサクサに紛れて、華を、どうにかしようとした輩が、孤児院 春馬には、存在するのだ。
「考えている暇は無さそうだ。それじゃあ、行くとしようとしよう、蓮」
考え続ける蓮を、その手を握ると、思うがままに華が、足早に、孤児院 春馬の外に、飛び出した。
「え? は? えっ。どうやって、『抜け道』『隠し扉』を見付けたの? 華」
銭湯の女湯の奥、露天風呂には、実は、地下道がある。岩場の中に巧妙に隠されており、知るのは、アンナと、一握りだけ、だ。
当然、蓮も、知らなかった。
「宮須 アンナを侮る勿れ。いつかこうなるって、分かってたかもな。知らずに女湯に入った蓮も、なかなかどうして、勘所が良い」
にっこりと笑って見せた華は、アンナとどこか、似ていた。
つまり、華は、アンナと仲が良かったのだ。
たぶん、蓮が想像するよりも、絆は深くて。
「思い返して見れば、貴方はアンナを、お姉ちゃんとして、慕っていたものね」
華は、アンナから見れば、年下だ。
蓮が見た限り、アンナは、孤児院 春馬の子供達から、頼りにされていた。
華も、その一人だ。
感傷に浸るまでも無く、蓮と華が、王都の街並みに消えた。
飴色、輝く月だけが、二人を照らしていた。




