第4話 川
とりあえずオベリスクに案内してもらって、俺は川まで行ってみた。森の木々は密度が高く、日の当たるところでは低木や雑草もかなりうっそうと生えている。オベリスクは小さな体でお構いなしに歩いていく感じだが、後に続く俺は鉈で邪魔になる小枝や草を刈りながら進んだ。山登りで言うならば藪漕というやつだ。
しばらく進むと草と木々の向こうに空が見えた。森を抜け出て川に到着したのだ。山の中の沢ぐらいかと思っていたら、川はそれなりに水量があるものだった。といっても幅は十mもなくて渓流に毛の生えた程度ではある。ただ、俺のいた世界であれば確実に魚のいる規模だ。とにかくまずは水の確保だ。キャンプ時は水をいくら確保しておいてもいい。持ってきた折り畳み水筒の中の水は、容器に移してテント場に置いてきた。今俺が持っているのは空っぽの折り畳み水筒と簡易浄水器だ。
多分そのままでも煮沸すれば飲用には問題ないと思うが、そこは念のためだ。フィルター内蔵の簡易浄水器を使って折り畳み水筒に水を確保した。折り畳み水筒は中に水が入っていなければグルグル巻きにして収納できるので場所をとらない。キャンパーの間ではぺちゃんこ水筒と呼ばれている。
オベリスクは俺の行動を不思議そうに見ている。
「さっきから何をしているんだ? ただ水を汲むだけではダメなのか?」
「うん、水はきれいに見えても、小さくて体に良くないものが入っていたりするんだよ。これでそれを除去するんだ」
「川の水を飲んで腹を壊したことなんてないぞ」
魔族というからには人間とは肉体の抵抗力が違うのかもしれない。しかし動物がいるということは、その糞が水に混入する可能性は十分にある。であれば大腸菌も場合によっては存在するだろう。用心に越したことは無い。
俺が水を汲み終わったところで、退屈そうにしていたオベリスクが声をかけてきた。
「それで、水もいいが魚も捕りに来たんだよな? どうやるんだ?」
「普通だと釣り針という曲がった針を使ってやるんだけどね。俺もいくつかは持ってきているけど、魔王候補ってくらいだからオベリスクは魔法を使えるんだよね?」
「ああ、使えるぞ。でもこの体だからな。初級魔法で威力の小さなものしか今は無理だ」
「多分十分だと思う。川の水に雷系の魔法を落としてくれないか?」
「川を攻撃するのか? 変わったことをいうやつだな。……まぁいい」
そういうとオベリスクは川に向かって右腕の人差し指を出すと、何やら呪文を唱え始めた。
「イカヅチ!!」
声とともにオベリスクの人差し指先端から、電撃のようなものが川に放たれた。
「詠唱までしてこの威力だからな。本当に嫌になる」
オベリスクは俺のほうへと振り返り、両手をあげてそう愚痴をこぼした。彼女の言葉とは裏腹に俺は初めて見る魔法というものに驚愕していた。空ではなく指先から突然に雷が発生した。こんなのは無茶苦茶だ。物理的にあり得ない。しかしそこは冷静を装う。
「いいからもう一度川のほうを見てごらん」
俺の言葉にオベリスクは振り返って川のほうを見る。そこには腹を上にして動かなくなった魚がたくさん浮かんでいた。そうして川の流れでそれは下流へと流されていく。確か電気ショックで魚を捕る事は、日本では法律で禁止されている。しかしここではどうでもいいだろう。
「急いで回収だ!!」
俺が叫ぶ。
川岸にはみるみるうちに魚の山ができあがった。
「こりゃ楽だな。一匹ずつ捕まえるよりも全然効率がいい」
オベリスクが笑っている。
「うん、持って帰る前に内臓を全部出しておこう」
そう言って俺は腰に差したサバイバルナイフを抜くと、魚の腹を裂いて内臓を取り出し川の水でその身を洗った。
「内臓なんか丸ごと食べたほうが栄養があるんじゃないのか? というかケンローはナイフなんて持ってたんだな?」
「焼いちゃえば丸ごと食べてもいいと思うけど、内臓はちょっと怖いから念のためだよ」
「さっきの水といい、なんかいろいろと面倒くさい奴だな」
オベリスクは少し馬鹿にしたような笑みを浮かべて俺の方を見た。
採った魚は持参していた大き目のビニール袋に入れてテント場へと持ち帰った。バーナー用のガスはまだ十分残っていたが、今後ガスの補給は絶望的なので無闇に使わないほうがいいだろう。幸いにしてここは森の中だ。燃料の薪に事欠かないのは異世界でも同じだろう。昼食の魚を焼くために、俺は焚火の準備を始めた。
キャンプ場ではないので、地面の上に直接薪を置いて直火という形でもいいとは思う。しかし身に染みついた焚火台の習慣がどうにも離れない。なんとなく焚火台のほうが、下からの空気の流れを促進して燃焼効率がいいような気もする。実体験からすると多分それは気のせいなのだが、俺はとにかく焚火台を組み立て始めた。昨晩は横着してガスバーナーですべてを済ませてしまって、焚火台は出していなかった。
ステンレスの底板とステンレスの丸パイプでできたフレームを組み合わせて、焚火台はすぐに完成した。そうなればあとは薪の確保だ。何も新たに枝を切り落とす必要はない。そこら中に落ちている枯れ枝を拾い集める。
まずは焚火台の上に枯葉を敷いて、その上に小枝を積み上げる。松ぼっくりらしきものも落ちていたので数個拾ってきた。松ぼっくりはいい着火剤になるので小枝の下に入れてある。さらに太めの枝はのこぎりで切って30㎝ぐらいに長さをそろえて傍らに置く。そうして、特に太い枝はバトニングといって、ナイフで縦にも割っていく。木材を縦に置いてその上にナイフの刃をあてがい、上から他の木材などでナイフをたたいて割っていく事をバトニングという。いい感じに乾燥している部分はさらに細く割って、ナイフで破片が切り落とされないようにしながら切り込みを入れていく。できあがったものはフェザースティックと呼ばれる、表面積の大きな着火しやすい素材になるのだ。
「主は先ほどの大きな刃物と言い、そののこぎりやナイフといい結構な武器を携帯しているんだな」
「ああ、さっき川に行くときに使っていたのは鉈って言うんだよ。俺達の世界では用がないのに刃物を持ってちゃいけないって決まりがあるんだけども、こうやってキャンプをする時には必需品なんだ。だから重くても結構な数を持ち歩いている」
オベリスクは俺の話を聞きながら、先ほど使って薪の上に置いてあった折り畳み式ののこぎりを、手に取って興味深そうに眺めている。
「こののこぎりは折り畳み式の様だな。こんなものは初めて見た。主の世界では腕のいい鍛冶職人がいると見える。刃の部分も造りが細かいな」
「ああ、こっちにものこぎりとかはあるんだ」
「我ら魔族は使わないぞ。魔法を使えば木なんかいくらでも切れるからな。しかし魔力の弱い人族の道具としては出回っている」
簡易浄水器は、生物がいるところの水であれば浄化できるといううたい文句です。
重金属などは排除できません。設備の整ったキャンプ場では水が使えるところが殆どだと思いますが、被災時に備えてひとつもっておくといいです。因みに100均でもなんちゃってぺちゃんこ水筒が売っていますが、余り信用できません^^;。以前水漏れして悲惨な事になりました。




