第3話 魔王候補
気が付けば朝もやはだいぶ薄れて、周辺の状況がよく見えるようになっていた。テントのあたりは少々開けてはいるが、周りは完全に森に囲まれていて、獣道すら見当たらない。高木の陰になって低木が育ちにくいようなところで、枯葉の積もった地面がところどころ見えているだけだ。様子がおかしいと思っているのは俺も同じだった。
「……ちょっとその角を触ってもいいかな」
「……初対面でなかなか失礼な奴だな。しかしまぁ先ほどの食べ物と茶の礼に、許してやらんでもない」
そう言って少女は頭にある角状の突起を俺の方へと向けた。俺はそっとそれを触ってみる。地面のほうを向いている少女の顔は少しだけ赤面しているように見えた。角は固かったが、とても滑らかだった。角状のものの根元も指で探ってみる。
「ひゃん!!」
少女がなんとも形容のしようがない声をあげた。そうしてすぐに俺の手を頭からはねのけた。
「もう終わりだ!! 普通は滅多なことでは触らせたりはしないのだから、ありがたく思えよ」
その少女の声が脳に入ってこないぐらいに俺は混乱していた。あの角状のものは明らかに頭から生えていた。
「鬼……」
そう、人の形をした生物で頭に角が生えている存在といえば、俺にはそれしか心あたりはなかった。ここは森の中だ。昔話でなら鬼が出ても不思議ではないシチュエーションだ。
「ふむ、魔族ではあるが鬼族ではないぞ」
そう言ってから少女はテーブルに置いた紅茶を持つと、また一口飲んだ。そうして俺のほうを向いてこう言った。
「それよりもお主こそ、こんなところに転移してきてしまって、これからどうするつもりなのだ?」
にわかには信じ難いが確かにここは、俺の知っているキャンプ場ではないようだ。壮大なドッキリかとも一瞬疑ったが、そんなことをする物好きはいないだろう。そもそも改めて考えると、先ほどからこの少女が話しているのは日本語ではない。違和感なく意味が頭に入ってくるので、ここまで全く意識することができなかった。冷静に音や文法を追ってみると、それは全く知らない言語だった。
「どうした、もしかして転移者であることに気が付いていなかったのか? 転移したてだとそういう者もいるとは聞く」
「……信じたわけじゃない。信じたわけじゃないけど『者もいる』ってことは転移者とかいうやつは他にも結構いるということか?」
「まぁかなり珍しいんだろうな。余が実際にあった転移者は主で二人目だからな」
「余? 君は一体何歳なんだい?」
「歳……この体であれば八歳だ。転生回数は数えていないから分からない」
「転生? 転移じゃなくて?」
「転移してきたのはお主だろう。まぁこの世界の事はわからんのだろうな。魔族は消滅しない限りは肉体が滅べば転生を繰り返す。そうだな、記憶の限りだが数千年は生きていると思うぞ。……そうか、まだ名を名乗っていなかったな。我が名はオベリスク、偉大なる魔王の血族に連なるものだ。主の名も聞いておこうか」
俺はまだ信じてはいない。信じてはいないが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀というものだろう。
「俺の名は田中建郎。キャンプをこよなく愛する三十二歳だ」
「三十二とはまたずいぶんと若いな。ああ、その体ではという意味か? しかし名前が長くて覚えにくい。ケンローと呼ぶことにしよう」
「輪廻転生とかはよくわからないが、記憶があるのが三十二年分だ。いや、小さいころの記憶はあまりないな……それでまぁ、まだ信じたわけではないがオベリスクはこんなところで何をしているんだ?」
「まぁ転移者であるならば話しても害はないであろう。次代の魔王を決めるための試練というやつだな」
「試練?」
「うむ、魔王候補者はある程度の肉体年齢になったら、こうやって深い森に置き去りにされるのだ。自力で魔王城まで帰り着いたものの中から次代の魔王を決めるのだ。誠に面倒くさい話だ。魔族は転生を繰り返すというのは先ほど言ったとおりだが、魔王は持ち回りみたいなもんでな、今回は余にもその候補の順番が回ってきたのだ」
「魔王候補……オベリスクは魔王になりたいのか?」
「……そういうやつもいるが、余は面倒くさいのでやりたいとは思っていない。しかしこの体でここまで成長するのにも八年もかかったのだぞ。いまここで肉体的に死んで成長を繰り返すのは更に面倒くさい」
「よくわからないけど、それなら魔王城には行かなきゃいいだけだよね?」
信じてはいない。信じてはいないが、彼女の言うことが本当だという前提で俺はそう聞いてみた。
「確かにここら一帯には結界が張ってあって、魔物の類は出てはこないし安全だ。しかし試練という事でここには何も持って来ていないし、こんなところにいても退屈なだけだ」
「魔物……魔物がいるのか……いや、ここには出てこないのか……その結界とやらの中には動物は全て入ってこれないのかな?」
「魔物は動物とは違う。魔力を利用して魔法も使うからな。動物にとってはもちろん結界は関係ない。しかし結界のお陰で余は外から魔力は補給できないし、動物ぐらいはいてくれないと、本当に食うものもなくて餓死してしまう」
「ああ、動物はいるんだ……。最悪食料の調達はなんとかなるのかな……でもそれなら狩りをするだけでも退屈はしないんじゃないのかな? 調味料なら結構持ってきているし調理道具もある。でも塩ぐらいは早いところ自給しておいた方がいいか……海は近くにあるのかな?」
「余もここがどこなのかはよくわからない。ただ海のにおいは僅かにしているので行けない事は無いだろうな。川なら結界の中にも流れていたぞ。それではダメなのか?」
「ああ、水じゃなくて海水に含まれる塩を確保した方がいいかなって思ったんだよ。でも川があるのはいいな。飲料水の確保も重要だし魚が獲れるかもしれない」
「……海に行くには多分結界を出ないとだめだ。そうなると魔物が出る。武器は持ってないし、魔法にしても余はこの体でどこまで戦えるか保証はできない」
大体キャンパーの人は調味料の器を入れ替えて、自分でセットにして持ち歩いています。
丸ごとだと醤油でも塩でもでかすぎて重いですよね。必要なのはせいぜい1、2日分です。
最近は百均でもいいのが売ってます。液体用の漏れないやつもあります。




