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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode7 成人の儀


 アニーが教会へ戻ってきたのは、それから数日後のことだった。

 まだ声は掠れていたけれど、頬に赤みが戻り、

 歩く足取りに小さな跳ねが戻っていた。


 扉が開く音に振り返ると、

 眠たげな瞳がゆるく笑って、こちらへ向けて手を振る。


「……ミュリ」


 それだけで胸の奥が、ほっと解けた。

 涙にはならずとも、温もりは頬の裏側まで沁み渡る。


 守れた。

 その実感だけで、この世界は静かに美しい。


 私は私の居場所を失わずに済んだ。

 それはもう後悔ではなく、ここで生きていける確信だった。


 ⸻


 冬仕度の日々


 それからの日々は忙しかった。


 灯果の蝋燭を作りため、

 冷たい空気に耐える薬草を選んで囲い、

 乾燥で割れてしまう手には

 油草と蜜蝋を合わせた軟膏をこつこつ仕込んだ。


 冬の間に育つ冬月花(とうげつか)の採取を手伝い、晴れた日だけは教会まで足を運び、

 村の家々を巡っては老いた手足や咳をさするように診て回った。


 畑の世話ができない冬は、

 針仕事や保存食の仕込みに手が移る。

 温石を包む布袋の縫い目を揃え、

 火傷防止の重ね当てに工夫を凝らし、

 夜は薬草学の本の次に、

 そっと錬金術学の薄い入門書まで手を伸ばした。


 気づけば私は

 子どもの手伝いではなく

 役目ある手になっていた。

 夜、火床の灯りが小さくなる時間

 蝋燭を包んだ棚の奥から

 ふと光が揺れるように感じることがあった。


 風ではない。

 火でもない。

 息吹のような、ごく小さな粒。


 触れれば消えてしまう微光の尾が

 まるで灯果が囁くみたいに

 棚の周囲だけ薄明かりを落とすことがあった。


 私はそれが気のせいか、と言い聞かせながら

 それでも胸の奥では知っていた。


 ——世界が、返事をくれることがある。

 冬は、静かにすり減っていく季節だ。


 雪が降るのではなく

 光が消えていくことの方が先にやって来る。

 村の息づかいは短く浅くなり、

 夜の長さが人々の心に影を落とす。


 それでも、灯果の灯りのそばだけは

 息がほんの少し長く吸えた。


 朝は冷たい空気の中で湯気を追い、

 昼は母と仕込みに手を重ね、

 夜は祈りと本に指を走らせる。


 咳や痛みを抱えた家には

 欠かさず足を運んだ。

 冬に倒れた人を放っておけば

 翌朝には手遅れになることがあるから。


 一軒ずつ、

 名前のない命をこぼさず見守ることが

 この季節のいちばん大事な仕事だった。


 ⸻


 そして、春


 雪ではなく土の匂いが

 最初に季節の変わり目を知らせた。


 霜が夜を離れ、

 吐く息に白さが宿らなくなって、

 軒先の木々が色を取り戻しはじめる。


 薬草畑に新緑が芽吹き、

 冬をかろうじて生き延びた株が

 ふうっと背筋を伸ばしたみたいに葉を広げる。


 その光景を見た瞬間、

 私は胸の奥が熱くなった。


 誰も欠けなかった。

 今年の冬はひとりも。


 身体の力が抜けて、

 膝をつきそうになって、

 気づけば涙がこぼれていた。


 生きるということは

 こんなにも苦しく、

 こんなにも強くて、

 こんなにも美しい。


 泣きながら笑ってしまう自分を

 春風だけが知っていた。


 そうして春を三度越えた。


 手は大きくなり、肩にかける荷もひとつ減らずに背負えるようになり、村ではいつのまにか立派な大人のひとりとして数えられるようになった。


 身体の背丈よりも

 心の背筋のほうが先に伸びていた。


 季節は巡り、わたしは十を越えて、春を迎えた。

 それはこの国でも成人として迎えられる年齢。


 祈る側ではなく、

 支える側として名を持つ節目。


 夜、眠る前の蝋燭の影が

 ゆるく揺れる。


 あれはもう祝福の残り香ではない。

 道が続いている証拠。


 明日、私は生まれ育ったこの村で成人の儀を迎える。


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