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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode47 ただいま



 荷馬車の車輪が乾いた街道をがたがたと揺らす。積み荷の木箱がきしむ音と、馬の蹄のリズム。

 夏の匂いを含んだ風が頬を撫でていく。


「いやあ、相変わらず軽いねえ、ミュリアちゃん。ちゃんと食べてる?」


 手綱を片手で操りながらセオドールがからからと笑った。私は荷台の端に腰を下ろし、揺れに身を任せながら荷箱をちょん、と叩く。


「積み荷の大半は行商物資がいっぱいいっぱいでしょう?いくらなんでも私ひとりの重みじゃ釣り合い取れませんよ」


「そうはいってもね、今回の積荷はほら」


 セオドールが顎で示した木箱には見慣れた印が押されていた。

 無事に製造の認可が降りた薬草封と香守り袋が詰まっている箱だ。


「これ全部、ミュリアちゃんのとこの新商品。ああ、あと——」


 彼は少しだけ声を弾ませる。


「例のクアトル=カルムの試作品も、ね。あっ!荷物じゃなくて心が軽いのかもね?」


「そう言われるとなんだか私も軽くなった気がします」


 セオさんのウィンクがパチリと当たって弾けるように、私の心も弾んだ。


 荷台の一角には薬草封に丁寧に包んだ細長い箱が置かれている。フェルナ伯爵家への献上用に作ったクアトル=カルム。セオさんは私を村に下ろしたあと、そのまま西の方に向かうらしい。


「そういえば」


 セオドールがふと真顔になった。


「帰りの足、ちゃんと考えたの?」


「あっ」


 思わず変な声が出た。

 セオドールは苦笑する。


「行きはいいけどさ、僕はすぐ西に回らなきゃいけないから、一緒に王都まで戻ることはできないって手紙にも書いたろう?」


「読みました、読みましたし、考えていたんですけど現実味がなかったというか、忙しかったというか」


 前世を含めても、私は基本行き当たりばったりで生きてきたから、なんとかなるだろうと、後で調べようと先送りにしているうちに有耶無耶になっていたのだ。

 反省はしている。しているけれど、直せているかと言えば別問題だ。


「帰りは乗合馬車を使おうかな、とは思ってました。詳しい乗車場所など後で聞いてもいいですか?」


「うん、もちろん。村から峠の以前立ち寄った宿場町まで歩いて1日、そこから出ている乗合馬車で王都まで乗り継いで3日ぐらいかな?……大丈夫かい?」


 ちらり、とこちらを伺う視線。

 心配と少しの信頼が混ざっている。


「大丈夫です。荷物もそんなに多くないですし。なにより——」


 私は両手を膝の上でぎゅっと握る。


「楽しみです。これから起きる全ての経験が」

 

 全ての経験が私の糧になるとそう思っているから。


 セオドールはしばらく沈黙し、やがて軽く笑った。


「そっか。なら、商人が口を出すことはないね」


 そう言って、手綱を鳴らす。

 馬が少し速度を上げた。



 ◇ ◇ ◇



 道はやがて馴染みのある景色へと変わっていく。

 遠くに柔らかな線を描く丘陵。

 風に揺れる小麦色の畑。

 雪解け水を含んだ小川が陽光の粒を跳ね上げながら流れている。


 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 懐かしい土の匂い。

 乾いた草と、遠くの煙の匂い。

 村の輪郭が見えるころには、喉の奥がつまってうまく息ができない。


「帰ってきた、」


 ぽつりとこぼれた言葉に、セオドールがちらと目を細める。


「ただいまって言いなよ。おかえりって返してくれる人がいる場所なんだから」


 胸がきゅっとなった。

 私は荷台から立ち上がり、揺れる車輪をものともせず、前方の村を見据える。


「——ただいま」


 小さく、でも、はっきりと。


「懐かしい?」


 セオドールがそう言った。

 ミュリアは頷きながら、景色を目で追う。

 たった数ヶ月のことなのに。


 村の入口近くにいつもの広場が見えてくる。

 井戸と共同の薪置き場。

 いつもは子どもたちが走り回っている場所に、なんだか見覚えのない大きな木箱や板材が積まれていた。

新しい木柵が増え、道の脇には見慣れない小屋が一つ建っていた。


「……あれ?」


「ああ、そうそう。紹介しないとね」


 セオドールが、ミュリアの視線を追って笑う。


「最近ね、この村に新しい工房ができたんだ。王都で仕立てをしてた職人さんが越してきてね。僕とは取引してなかったんだけどご縁があってね」


「工房?」


「衣装とか小物とかの工房だよ。ミュリアちゃん、前に温石袋に付けてたあの白い織花覚えてる?あれを見てすっかり気に入っちゃってたらしくて、うちの荷から出てきたんだけど、出所がこの村だって知って、それで『なら俺も行く』って」


 心臓が一度、強く跳ねた。


(あのレース……)


 村のお母さんたちと冬の間せっせと編んだ、あの白い花たち。布の上じゃなく、糸だけで形にした、私たちの特別な目印。


「彼はロランっていうんだ。工房主ロラン。腕は確かで、少し神経質だけど、悪い人じゃないよ」


 見慣れない光景に眉をひそめる間もなく、セオドールが「ああ」と声を漏らした。


「ちょうどよかった」


 荷馬車が速度を落とし、止まる。

 前方で背の高い男性がひとり、立てかけた看板に何かを刻んでいた。

 褐色に焼けた腕。

 煤や金属、木材や綿の様々な匂いが夏の風に乗る。


「ロランさん!」


 セオドールが声をかけると、男は作業の手を止め、こちらを振り向いた。


 ごつごつとした指、体躯。

 髪にはところどころ銀が混じっているが、背筋は真っ直ぐで、大きな体躯が妙に安定している。


「おう、セオ。思ったよりこっちに着くのが早かったじゃねえか」


「道が空いててさ」


 セオドールは荷台からぴょん、と先に飛び降りる。

 続いて私も腰を浮かせた瞬間、足場が思ったより高くて、ぐらりと重心が揺れた。


「わっ——」


「危ねえ」


 ぐい、と腕を掴まれる。

 木の匂いと、優しい綿の混じった匂いが近づいた。


「助かりました……!」


 荷台から飛び降りると、足元の土の感触がじかに伝わってきた。

 懐かしい、けれど、少しだけ知らない村の匂い。


「荷車から飛び降りるときはまず足場を見ろ。……セオのとこの嬢ちゃんか?」


 近くで見るとその顔にはいくつもの薄い傷が走っていた。


 鋭い目つきなのに、不思議と怖くはない。

 焚き火の熾きみたいな、奥に温度を秘めた瞳だ。


 ぺこりとお辞儀をしたところで

「違いますよ。けど、2人にはちょっと話したいことがあるからまたあとで、すぐご挨拶し直しに向かいます」


 セオドールは苦笑して、ロランと呼ばれた男と握手だけ交わしてまた荷馬車に戻った。



 ◇ ◇ ◇


 村のもっと近く、中心部に来るとなんだか空気が変わる。

 いや、私が故郷の香り深く吸い込んでそう思うだけかもしれない。

 なんだか土と草の匂いが濃くなる。風に混じる薬草と煙の匂いが、胸の奥にまっすぐと刺さって訴えかけてくる。



 


「ーーミュリア!」


 遠くから、よく見慣れたシルエットが走ってくる。

 髪をざっくりと束ね、腰に薬草籠を提げた女性、ミリアだ。




「おかえりなさい、元気そうで良かった」


「ただいま、お母さん」


 その心底ほっとした穏やかな声に胸の奥がきゅっと締めつけられて、思わず走ってその勢いのまま抱きついた。


 お母さん、私帰ってきたよ。

 私の帰る場所に。



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