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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode45 リフレッシュ休暇

 



 クアトル=カルムを焼き上げたあと、私は一本だけを丁寧に薬草封で包み、錬金術で冷気が保たれている冷暗庫の片隅にそっと置いた。


(人に食べてもらうのにやっぱり衛生面は気になるよね……)


 マドレーヌの時もそうだったけど自分の手で作ったものを人の口に運んでもらうとなると、どうしても前世の感覚が顔を出す。温度管理、日持ち、保存状態。今の世界に保健所は無いけど、だからこそ出来る範囲で確かめておかないと。


「薬草封の効果も見ておきたいし……次のお休みまで、ここで寝かせて様子を見よう」


 実験の段取りを心の中でメモしてから、私は冷暗庫の扉を閉めた。


 ◇ ◇ ◇


「ソラーナは、お休みの日は何してるの?」


 久しぶりに厨房の配膳に入った私は、いつものようにソラーナに捕獲され、山盛りの芋の皮むきに回されていた。しょり、しょりと皮を削る音が並んで響く。


「ん? 違うとこで働いてるよ」


「えっ!? お休みしてないの?」


「ここが特殊なだけで、普通休みなんてもんはないからな〜」


 あっけらかんと言われて、手が止まりそうになった。


(そ、そうなんだ……。だよね……)


 前世の感覚がですよね、と乾いた笑いを上げる。カルチャーショックというより、妙な既視感だった。


(何も考えずにお休みもらってた私って、周りからどう思われてるんだろ……大丈夫だよね?)


 急に不安になって、芋の皮にやたらと集中する。


「ミュリは夏季休暇は帰るのか?」


 ソラーナが何気なく言った一言に、今度こそ手が止まった。


「夏季休暇?」


「はは、それも知らねーよな」


 ソラーナは肩を揺らして笑い、皮むきの手は一切止めない。無駄のない動きが、見ていて気持ちいい。


「神官様はみんなあるんじゃないのか? 夏場と冬場にまとまった休みが取れるって制度。ありがたいよな」


(なにそれ……リフレッシュ休暇……ホワイト企業……)


 思わず心の中で日本語があふれた。そういえば説明された記憶がうっすらある。けど、そのときは休みという単語を意識から全力でスルーしていた気がする。

 だって前世の私は、有給なんてあるけど無いものとして生きてきたのだ。


「取れたら実家帰るんだろ?」


「それは……取れたら帰りたいよ」


 口に出してみたら、思った以上に胸がきゅっとなった。


 急に、村の景色が恋しくなる。

 畑、薬草棚、母の背中。アニーの声。イレリウス神父さまの静かな祈り。


「帰れるうちに帰った方がいいよ。家ないやつもここにはいっぱいいるし、偉くなったばっかりに仕事忙しくなって帰れなくなるやつもいっぱいいるから。つまりあたしらの仕事量は、いつもどーりってことだけどな」


 なんてことなさそうに言って、ソラーナはにかっと笑った。


 その言葉は、ぐさりと刺さった。


(そうだ……。帰れるうちに、帰るべきだったんだ)


 前世で、私はそれをしなかった。

 “いつでも帰れる”と思っているうちに、帰る先ごと失くした。


「そうだよね。……ありがとう、ソラーナ。ラシェル様に聞いてみる」


「おうっ」


 ソラーナが歯切れよく笑う。

 私も負けじと笑い返した。今日も変わらず、私の太陽だ。



 ◇ ◇ ◇


 とはいえ——。


(私、前世では、生粋の有給使えない日本人だったんだよね……)


 有給休暇なんて退職時にまとめて消えるポイントみたいな扱いだった。使えないのが当たり前みたいな風潮だったし。


(それを今さらお休みくださいってどんな顔して言えば)


 そんなモジモジを抱えたまま、私は清儀院の廊下をこそこそ歩き、ターゲットをロックオンした。


「ね、ね、フィオレンティア」


 机で書類に向かっていたフィオレンティアのところへ行き、こそっと耳元に屈む。

 フィオレンティアは金のカールを揺らして、小首をかしげた。


「どうかなさいまして?」


「夏季休暇って、自分で申請するの?」


 そう切り出すと、フィオレンティアの顔に「ああ、そのことね」という色が浮かんだ。


「希望通りになるとは限りませんが休暇をいただきたいと思った二週間前までに上司に願い出れば基本的には認められるものですわ」


「二週間前まで…」


「特にミュリアは神殿侍従でしょう? よほど高位の役職に就いていなければ、夏季休暇という名でなくとも、申請さえすれば大抵の休みの希望は通りますの」


 淡々としていながらとても分かりやすい説明。さすが貴族教育。


(……結局、自己申告なんだよね)


 どこまで行っても、自分で休みたいと言わないと休めないのか。

 なんだか世界が変わってもその構造はあんまり変わらないらしい。


「フィオレンティアは?」


「私は実家がこちらにありますからね。特にそのような予定はございませんわ。アカデミー在学時はよくバカンスに行っていましたが」


「ばかんす……」


 急にお嬢様っぽい単語が飛び出してきて思わず復唱してしまった。そうだった、この子は本物のお嬢様だった。


 フィオレンティアはひとつ咳払いをすると、視線をすっと私の背後に流した。


「……ミュリア。そろそろ業務に戻った方がよろしいのではなくて?」


 言われて初めて、自分がフィオレンティアの椅子の横に完全にしゃがみ込んでいたことに気づく。確かに、どう見てもサボっている図だ。


「あっ、業務中でした!」


 しゅばっ、と立ち上がる。


 スパッと各部署宛ての書類を回収し、ラシェル様の視線は気配で感じつつも、あえてそこは見ない。

 流れるような動きで理術院を後にした。



(夏季休暇のことはちゃんとタイミング見て話そう)


 胸の中にふわりと灯がともる。

 帰れるうちに、帰る。

 今度こそ、その機会を自分で掴みにいくのだ。



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