episode42 本領発揮
「書類の認可が降りるまでは少し時間がかかります」
「はい。手続きありがとうございます」
ラシェルにそう告げられて、ミュリアは深くうなずいた。
薬草封、香守り袋、マドレーヌの三本柱。ここまで走り抜けるように動き続けてきて、ようやく待つ段階に入ったのだと実感する。
(セオさんにも、今の状況を伝えておかないと)
そう思っていた矢先、以前のように自室の机には一通の封筒が届いていた。
めぐり樽商会のセオドールより――「火急、要件がある、時間があれば直接会いたい」との連絡。
(急ぎ?何かあったのかな)
ここ最近の空いてる時間や休みの日の過ごし方は大抵、聖庇舎で子どもたちと遊んだり、王立図書館で本を読んだりするだけだったので、セオドール似合う、めぐり樽に足を運ぶのは随分と久しぶりだった。
セオドールとは手紙のやり取りが続いていたし、今回は今一度日頃のお礼も兼ねて顔を見せておくべきだとミュリアは思った。
◇ ◇ ◇
大通りの角を曲がり、目の前にある三階建ての石造り。正面は樽と葡萄木を模した大きな紋章。
庶民の露店がひしめく道沿いで、そこだけ空間の格が一段持ち上がって違って見える。
そんな王都の中心部にあるめぐり樽商会は相変わらず賑やかだった。
通りに面した窓には色とりどりの商品が並び、棚には各地から届いた調味料、香草、布、陶器が所狭しと並べられている。色んな匂いがするが、決して嫌じゃなく、人を迎え入れるちゃんとした佇まい。
(すご……また店内のラインナップや内装が変わってるなあ。相変わらず、宝箱みたいな場所だ)
ミュリアは店に入ると、見知った店員がぱっと顔を明るくした。
「ミュリアさん、こんにちは。お久しぶりですね」
「こんにちは。お邪魔します」
「セオドール様は手前の応接室にいらっしゃいますよ。どうぞ」
案内されるままに、手前の応接室へ向かう。
扉をノックして声を掛けようとした瞬間――
「ミュリアちゃん!待ってたよ〜!」
勢いよく迎えられ、ミュリアは思わずぴょんと肩を跳ねさせた。
「セオさん、ご無沙汰しています。お元気でしたか?」
「うんうん。まあまあ座って座って!」
よく通る声に促され、ふかふかのソファに腰を下ろす。沈み込むような柔らかさに、ミュリアはおおっと内心で小さく感動した。
商会のスタッフが気を利かせて出してくれた紅茶を受け取り、丁寧に礼を言う。
ミュリアは持参した包みを差し出した。
「薬草封も香守り袋も、マドレーヌも認可が降りるまでにもう少し時間がかかるみたいです。そのためすぐに卸すことは難しそうで。ただ、個人的に作った軟膏だけは持ってきました。もしよければ、」
「助かるよ。ミュリアちゃんの軟膏はコアなファンが多いからね。ここ数ヶ月は品切れでみんな寂しがってたんだ」
セオドールは豪快に笑いながら小瓶を受け取った。
「代金は帰りに受付で受け取ってね」
「ありがとうございます」
そこまではいつも通りのやり取りだった。
だが――
「さて……実は、相談したいことがあってさ」
セオドールは急に、真剣な表情を浮かべた。
(相談……?)
ミュリアが姿勢を正した瞬間、彼はふっと息を吸いこんだ。手を組み、腕を膝に落とした状態で低くから私を見つめてくる。
「…ミュリアちゃん、料理……得意だよね?」
「え……?」
確信に満ちた目で見つめられ、ミュリアは心臓を跳ねさせた。
前世の記憶があると疑っているのでは、と一瞬思ったが、すぐにその考えを振り払う。
「実はね、」
セオドールは、重々しく口を開いた。
「西の街――ミュリアちゃんがマドレーヌを送ったフェルナ丘陵州の沿岸部にある街から連絡があったんだ」
(マドレーヌの、)
ミュリアは無意識に息を呑む。
「あそこにはフェルナ伯爵がおられる。人柄が良くて、領民からも人気が高い方だよ。知っているかな?」
「はい……はい、少しばかり噂で存じています」
「で、そのフェルナ伯爵の手元にどういう経路かはわからないんだけど、ミュリアちゃんが作った“ブレッシェル”が渡ったらしい」
「もちろん、被災にあった方々にも届いて手紙も預かってきているよ。あとでお金と一緒に渡すね」
胸の奥が、一瞬だけじんっと温かくなる。
「ほんとに、ありがとうございます」
(……届いたんだ)
ミュリアはそっと手を握りしめた。
「それでね」
セオドールは少し身を乗り出し、ミュリアの瞳を真っ直ぐに見た。
「“格式ある茶菓子として、正式に仕立ててもらうことは可能か”って。めぐり樽商会を通してフェルナ伯爵から依頼が来たんだ」
「お茶菓子?」
「宮廷菓子みたいな、そんなイメージだよ。特別な日や特別な相手に出せる一級品の焼き菓子ってやつ」
ミュリアの胸がどくん、と大きく脈を打った。
「もちろん無理にはとは言わないよ。伯爵は本当に良い方だから断っても悪く思われることはないと思う。けど、」
そこで、セオドールは苦笑しながらも必死な目で口を開いた。
「僕個人としては、貴族との直接取引は初めてなんだ。こんなチャンスは滅多にない。どうしても、形にしたい」
(……セオさんが……こんな顔、するんだ)
いつも泰然としていて、余裕があって、商人として隙がない男が――
今はミュリアの腕を信じて、真正面から頼み込んでいる。
胸の奥がきゅうっと強く締めつけられた。
(私に、出来ることなら)
「……もちろんです」
思わず声が弾んだ。
「私に出来る範囲ならいくらでもお手伝いさせてください!」




