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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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閑話休題 ナンナの天使さま



 ミュリアおねえちゃんは、どこか不思議な人だ。


 聖庇舎せいひしゃに来た時、最初に気づいたのは、足音の小ささだった。

 普通、大人って近づいてくると床板がぎしぎし鳴るのに、ミュリアおねえちゃんはいつも“すうっ”て、“ふわっ”て、風みたいに現れる。


 だから最初は、ちょっとこわかった。

 どこかのお偉い神官さまの使いかな、って。



 ***


 今日もみんなで大掃除。

 わたしは途中で飽きてやる気がどっかへ飛んで行ったころ。


 ふわりと、ミュリアおねえちゃんが現れた。

 最近は特によく来てくれる。


「みんなは今なにしてたの?」


「今日は大掃除だよ!」


 誰かが答えると、ミュリアおねえちゃんは、春の新芽みたいな色の瞳を細めて笑った。

 その笑顔は陽だまりみたいで、胸がきゅっと苦しくなる。

 今日はおねえちゃんはおやすみらしい。


(…なんで……?)


 気づいたら、口にしていた。


「ミュリアおねえちゃんは、どうしてこんなによくしてくれるの?」


 ミュリアおねえちゃんは目をぱちくりさせて、ちょっとだけ固まった。

 怒ってはいないみたいで、ほっとする。


 だけど――答えは、簡単じゃないみたいだった。

 長い時間、考えるみたいに目を伏せていた。




 ***



 花を取りに行くとき、わたしはミュリアおねえちゃんの隣を歩いた。


 草が足に触れる音。

 虫が飛ぶ音。

 風の匂い。


 全部いつもと同じなのに、今日はなんだか違って見えた。


 ミュリアおねえちゃんは、少しぼんやりしていた。

 でも、子どもたちがはしゃぐとちゃんと視線が戻ってくる。


「楽しいね」

「かわいいね!」

「これ宝物にする!」


 そんな声に囲まれたときのミュリアおねえちゃんの目は、

 ときどき泣きそうになって、ときどき笑って、ときどきふわっと迷子みたいになる。


(……変な人)


 変で、おかしくて、だけど――

 ……ほっとする。


 他の神官さまとは全然違う。

 もしかして人じゃないのかもしれないって思うくらい。




 ***



 花冠を頭にそっと乗せられた時、わたしは目をぱちくりさせた。


 ミュリアおねえちゃんの指はあったかくて、根元まで優しく触れてくる。


「かわいいよ、ナンナ」


 かわいいだって。

 胸の奥がぎゅっとした。

 かわいいなんて言われたの、いつぶりだろう。

 お母さんがいなくなってから、多分、一度もない。


 なにも言えなくて、ただ唇を噛んで俯いた。


 でもね――

 ミュリアおねえちゃんがしゃがんで目線を合わせてくれたとき。


 その瞳の奥が、ひどく寂しそうで。

 わたしは、はっとした。


(あ……)


 ミュリアおねえちゃんは、わたしたちが可哀想だから優しいんじゃない。わたしたちを下に見るような同情するようなそんな感じじゃない。


 きっと、ミュリアおねえちゃんのなかにも、

 優しくしてあげたかった誰か がいるんじゃないだろうか。


 ミュリアおねえちゃんも、お母さんがいないのかな?

 なんだかそんな友だちを見るような目をしていた。


 だから


(だから、こんなに優しいんだ)


 胸がじんわりして、目の奥が熱くなる。


「……ミュリアおねえちゃん、ありがと」


 自分でも驚くくらい小さな声だったけど、ちゃんと言えた。


 ミュリアおねえちゃんは一瞬ぽかんとしたあと、

 ふわっと春みたいに笑った。

 新芽色の瞳が、きらきら光って見えた。


 ――そうだ。

 ミュリアおねえちゃんは神官さまじゃなくて、天使さまなんだ。




 ***




 ミュリアおねえちゃんは、たぶん怖いものがたくさんある人だ。

 お母さんみたいに、なにかから逃げてきたみたいな目をするときもある。


 でも、優しさの理由が、

 好きだからでも可哀想だからでもなくて、


 自分も痛みを知っているからだとしたら――


 それは、きっと本物のやさしさだ


(ねえ、ミュリアおねえちゃん。

 いつか、わたしも――

 だれかを助けられるようになるかな)


 花を胸に抱きしめて、小さく願った。




 ***




 ミュリアおねえちゃんは、色んなことを教えてくれる。


 それは祈りの言葉や、きれいな文字の書き方じゃない。


 ――わたしの世界にはなかった、モノの作り方だ。


 中でも、自分で採ってきたお気に入りのお花が入ってる小さな香守り袋は、わたしの宝物。


 なんだか、ご褒美に飲ませてもらうお紅茶にミルクをたっぷり入れたみたいな香りがする。

 その香りが好きなのは、ミュリアおねえちゃんの髪の色がそんな匂いを思い出すから。


 それを服の隙間にしまってるから、

 わたしの服はいつもやわらかいお紅茶の匂いがする。


 自分の 持ち物があるの、初めてだった。


 だって、聖庇舎のものは全部神殿の所有物だ。

 お気に入りのペンだってわたしのじゃないから、

 マディに勝手に持っていかれても何も言えない。


 イアンが「お前ちっちゃいからもう食えねえだろ?」って

 勝手にパンを持っていっても、

 わたしのものじゃないから言い返せない。


 だけど――

 この香守り袋だけはわたしのもの。


 世界でひとつだけ。

 ミュリアおねえちゃんがくれた、

 わたしの宝物。




 ***




 今日も天使さまみたいなおねえちゃんは、

 ふわっと現れては、すっとどこかへいってしまう。

 いつも忙しそうなのに、少しも疲れた顔を見せない。


 そんな姿を見ていると、


(わたしも、いつか……)


 って思う。


 なりたいなって思って、

 なれるって思えて、

 未来がほんの少し明るく見える。


 ミュリアおねえちゃんがもたらしてくれたものは、


 新しい紙の作り方と、

 大好きな香りのするお守り袋と、

 はじめて食べたふわふわの焼き菓子。


 そして――

 わたしたちが作った物を売って得たお金で買ってきてくれた

 たくさんのパンと、果物と、

 さらさらの新しいお洋服。


 それから、

 未来を信じてみてもいいんだって思わせてくれる気持ち。


 

 だからね、わたし、最近ひとつだけ決めたことがある。


 いつかミュリアおねえちゃんが、

 もっともっと遠くへ行っちゃう日がきても――


(きっと行く。あの人は、どこまでも行ける人だ)


 わたし、泣かない。


 だって、わたしもその時には、

 ただ「助けてもらう子ども」じゃなくなってるから。


 ミュリアおねえちゃんみたいに、

 胸を張ってできることを言える人になってる。


 そして、

 もう一度あのおねえちゃんが困っていたら、


(その時は、わたしが支える番だ)


 そうやって胸の奥で小さく誓ったら、

 なんだか体の真ん中が花が咲いたときみたいにぱっと温かくなった。




 だって――


 わたし、いつか絶対に

 ミュリアおねえちゃんのいちばん近くで働けるような

 立派な神官さまになるんだ。


 おねえちゃんの隣で、

 おねえちゃんのための役に立てるようになりたいから。


 それがわたしの

 世界でいちばんの

 はじめての大事な夢だ。



 そう思えたのは誰がなんと言おうと、ミュリアおねえちゃんがわたしの天使さまだからだ



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