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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode39 薬草封と香守り袋



 その後のミュリアの行動は驚くほど早かった。

 エルモアに添削してもらい、大幅に書き直した書類一式を抱え、次の日には理術院でラシェルがひと段落したのを見計らってまっすぐにその元へ向かった。


「提出いたします!」

 書類を差し出す手が、少しだけ震えていた。


 ラシェルはいつもの流れ作業のように受け取るとその場でぱらりと目を通す。眉が動き、時折ページを戻し、確認しながら静かに読み進める。緊張でミュリアの背筋がぴしっと固くなっているし、背中にはなんだか変な汗をかいている。


「……ふむ」


 硬質な声が落ちた。


「いくつか確認したい点があります。封草の保存上限、浄滴の使用量、薬草封の生産にかかる最低人数……」


 畳み掛けるような質問に、ミュリアは一つずつ正確に答えた。

 エルモアに言われ、徹底的に文言を詰めたからこそ動じずに言い返せていた。エルモア様様である。


 最後のページまで読み終え、ラシェルはぴたりと書類を閉じた。


「……概ね、問題はなさそうです。一度、神官長に回します。承諾は得られると思いますので準備を進めて構いません」


「ありがとうございます!」


 ぱっと顔が明るくなるミュリア。

 その勢いのまま、深々と礼をして職務に戻ろうと踵を返したが――


「ミュリア」


 背後から呼び止められた。


「は、はい!」


 振り向くと、ラシェルは口を開きかけて……一度言葉をのみ込んだ。


(業務を疎かにするな)

 そう言うつもりだったのだと、ミュリアにもなんとなく分かる。


 かわりに柔らかく息を吐き、別の言い方を選んだ。


「……何か手伝えることや分からないことがあれば、いつでも言いなさい。遠慮は要りません」


「! はい! ありがとうございます!」


 心から嬉しそうに、ミュリアはもう一度にこにこで頭を下げた。

 ラシェルの視線がそっと逸れる。ほんの表情の変化だが、それは確かに優しさだった。

 

 業務に戻ると、今日もミュリアは立ち番の人たちに丁寧に挨拶をし、各院へ書類を届けるたびしっかりと頭を下げた。こっそり距離を置かれていた相手とも正面から向き合い、怯まず接した。


「なんか今日は顔色明るいね? よく寝れた?」

 シリルにそう声をかけられ、胸がほんのり温かくなる。


「えへへ……見てくれてるんですね」


 笑い返すと、シリルはいつもののらりくらりとした調子で手をひらひらさせた。


 フィオレンティアとは忙しくて話す隙がなかったが、すれ違いざまそっと目を向けると、向こうも気づいてふわりと微笑んでくれた。

 その微笑みに「気にかけてくれてる」と胸が熱くなる。


 業務をすべて終えた後、廃棄予定の書類束を抱えて育生院の聖庇舎へ向かうと――


「ミュリア」


 エルモアがこちらへ手を振ってきた。


「神官長、リアンセル様に確認してきたよ。午後の業務が終わって小一時間、子どもたちの実務訓練や勉強と重ならない時間を確保してくれるって」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ミュリアはぱあっと顔を輝かせる。


「ただし一つ条件。

 ひと月以内に成果が出なければ、見込みなしと判断して即中止。これは神官長の強い意志だよ」


「……はい! 頑張ります!」


 迷いなく返したミュリアに、エルモアがくすりと笑う。


 聖庇舎へ向かう途中、ミュリアは自然と歩調を速めていた。


 村でのレース編みと同じ。

 自分ひとりで回すのでは意味がない。

 仕組みを作らなければ、それは結局自分だけの世界で終わる。


(自分で全部やった方が早い、なんて思うのは……それこそ、絶対だめだ)


 子どもたちは指示されて動くことに慣れている。

 それは良い部分でもあり、悪い部分でもある。

 正しく導けば、一つの力になる。


(役割分担……そう、役割。わたしが全部やらない)


 ミュリアの頭はもう実務者のそれだった。

 封草と薬草を細かい粉末にする工程は、腕力に自信のあるイアン。

 紙を解して混ぜ合わせるのは、手順を覚えるのが早いオリヴァ。

 浄滴を扱う繊細な工程は、慎重で手先の器用なナンナ。


(これなら……絶対に回る)


 そう確信した瞬間、足取りがさらに軽くなる。


 ミュリアは胸いっぱいに息を吸い込み、

 意気揚々と聖庇舎へと駆けていった。


◇ ◇ ◇


 別日、ミュリアは丁寧に束ねた薬草封と掌に収まる香守り袋、まとめ直した書類を鞄に詰め込み、急ぎ足で市街へ向かった。


 神殿内に卸す分には献品扱いとなる。

 どれほど画期的でも収入にはならないのだ。

 だからこそ、これはセオドールに相談すべき案件だと最初から決めていた。自分ひとりで背負わないこと。セオドールは無理なことは無理だとはっきり言ってくれる人だ。


 めぐり樽の店先に足を踏み入れると、相変わらず棚という棚にぎっしりと品が詰まっていて、今日はなんだか香辛料の香りがふわっと鼻に抜けた。



「やあ、ミュリアちゃん。今日はいい顔してるじゃないか」


「見てほしいものがあって持ってきたんです!」


 ミュリアは薬草封を差し出した。

 セオドールはひょいと受け取り――指先で紙の端を撫で、思わず目を細めた。


「……へえ。しなやかだな。湿りにも強いし、香りが抜けない。これは……灯果の蝋燭の包み紙だよね?」


「うん、薬草封ってお母さんは呼んでいました。薬草や封草を混ぜて、浄滴で作ると、中身の匂いも湿気も逃がさないから薬草の保管によく使われているもので」


 言い終わる前に、セオドールの顔つきが変わった。

 商人の値踏みの目だ。


「いいや、薬草だけじゃない」

「え?」


「食材の運搬だよ。干し肉、魚の燻製、香辛料、甘味――どれも湿りや香り移りに弱い。長距離輸送に向く包材は値が張るから、丁度いい代用品が常に求められてる。これはその穴を埋めるかもしれない」


 ミュリアは驚いて目を瞬かせた。

 エルモアが言わなかった商人の視点だ。


「これ、いくらで売るつもり?」


「えっ、えっと……まだ決めてなくて……」


「いいよ、今回は俺が決めよう。まずは見込みだ」


 セオドールは薬草封を棚のいくつかの食材に当てて押し当て、しばらく香り移りを確認し、紙を光に透かし、厚みを測るようにしならせ、ひとつひとつ分析する。


「これは使えるね。うちの定期仕入れに加えたい」


「ほ、本当に……?」


「もちろん。君が作る物はしっかりとした意図がある。それは商売で一番大事なんだ」


 そう言って、セオドールは次に香守り袋を手に取った。

 布袋の中には乾燥させた柑橘皮、ミントの葉、芳香花の芯、燻した木片などが詰められている。


「これは?」


「香守り袋。神殿で祈祷の時に使われる捧げ物のお花なんだけど、1日祈祷を終えたらすぐ破棄になっちゃうからそれを使っていて、身体の匂いを誤魔化したり、服の匂いを整えたり、香りによっては衣装棚とか食器棚に入れると害虫避けにもなって、」


 セオドールが鼻先に近づける。


「……いいね。人工の香りじゃなくて、森や花の自然な匂いだ。強すぎないのに、妙に落ち着く香りだな。これは売れるよ」


 ミュリアの胸がじんわり熱くなる。


「これももちろん買い取るよ」


「わ、セオさんいつも本当にありがとう……!」


 ミュリアは、思わず深く頭を下げた。

 セオドールは軽く肩をすくめ、笑う。


「感謝するのは、継続的に品質を落とさず作れるようになってからね?うちは定期販売で固定数の買取を約束する」


 ようやく胸の底から大きな息がこぼれた。


 ああ――

 ようやく、またひとつ、自分の力で稼ぐ道ができた。

 

 店を出て、石畳の上に陽光が落ちる。

 ミュリアはそっと空を仰いだ。


(……よかった)


 心の奥底から、じんわりと温かさが広がっていく。


 でも、これで終わりじゃない。

 まだまだやれることはある。

 薬草封も、香守り袋も、これから改良して、もっともっと広げていける。


(どんどん作るぞ……!)


 拳を小さく握る。

 風が頬を撫で、まるで背中を押してくれているようだった。



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