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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode23 錬金術師入門


《魔圧論 (導入部)》


魔圧を扱うにあたり、まず初学者は「なぜ世界が干渉を受けうるのか」という問いから逃れてはならない。


術が成立するということは、世界の側にも受け皿が存在するということだ。


神学はこれを「天恩てんおん」と呼び、理学はこれを「界面性」と呼ぶ。名は異なるが、いずれもこちら側の働きかけが、向こう側に届くための余白を指す。


ところが、この余白は

いつ、どこに、誰に対して開くのか、

いまだ定説を持たない。


以下の仮説が提示されている。


仮説名称内容

一感応説魔圧は意図によって導かれる

二媒界説魔圧は媒介物によって路を得る

三会合説世界側に“呼応の条件”がある

本書はこの三説の優劣を決めない。

なぜなら錬金とは“結論”ではなく“到達手続き”だからである。

術者がどの方式に立脚していようと、魔圧が媒質へ届き、その転写が成功すればそれは錬金である。


ここに、錬金術の特異性がある。

錬金は“信仰”でも“証明”でもなく、接続の技である。


錬金術は「変える」術ではなく

世界の仕組みを「読める」者の技である。

精製・調合・設計・転写——

その根底にあるものは観測であり

読み解く眼を持つことに始まる。


(読む、見る、知る……)


 つまり、祈ることで届くものではない。

 待つものでもない。掴みに行くものなのだ。


 指先に力が入る。


 ページを閉じて、顔を上げる。視界の上には、天井画の英雄が光を渡していた。


(…そうか)


 あの天井画は、神が教えるのではなく人が積み上げて次へ渡すことの寓意なんだ。私は気付かないうちに背筋を伸ばしていた。


 その様子を隣で見守るようにしていたセオドールが囁くように笑う。

 

 私はようやく理解した。スタート地点に立つって、きっとこういうことだ。



《錬金術師入門 第一章 抜粋》


魔圧とは、魔力が身体の内を離れ、まだ行き先を持たないまま世界へ触れようとする最初の兆しである。

して、それは術そのものではなくこれから形になるか、ならないかという境目の未成立の段階といえる。

溢れ出てしまった力でもなく、漏れた力でもない。ただ、まだ結び先を得ていないために、行く路を定められず漂っている状態である。

古稿ではこれを《世界にまだ名前を持たぬ挨拶が触れかけている》と記される。


魔圧とはつまり、形の前に生まれる「つながりの未遂」 である。



 指で文字をなぞりながら、ミュリアは目をぱちくりと小さく瞬いた。

 文章全体は霞がかったみたいに分からないが、自分の中で丁寧に咀嚼していく。全然理解 はできていない。けれど手触りだけがなんとなく胸に触れてくる。



(……知りたい。もっと分かりたい。いまは分かんないけど、分かるところまで行きたい……)

 

 眉間に小さくしわが寄る。



《錬金術師入門 第一章 抜粋(第二抜粋)》


魔圧を保持するとは、魔力を閉じ込めることではない。閉じ込められた力はすぐに濁り、やがて淀んでしまう。


保持とはまだ形にしないまま、手放さずに待たせること。つまり魔圧を行き先のないまま消さずにとどまらせておく姿勢である。魔圧を止めれば濁り、放てば散る。そのあいだでまだ、選ばない状態を保つことが第一歩となる。 


また媒質は、正しく保持された魔圧にしか応じない。焦れば路を誤り、逸はやれば形を掴む前に抜け落ちる。また、保持とは形作る前に存在する静かな準備である。




 理解ではなく確認するように指先が止まる。

 止めるではなく、留めておく。

 文字では似ているのに、意味は違うみたい。難しい言葉は見えているのに掴めない漂う霧のようだ。



《錬金術師入門 第一章 抜粋(第三抜粋)》


魔圧が媒質に触れても、まだ形にはならない。

それはただ流れうる力にすぎない。


魔圧は媒質に触れてはじめて向かう先を得る。触れぬ魔圧はただ散り、行き場を持たず失われる。

だが触れすぎれば、今度は媒質の側が術者を呑み込み、力の向きは乱れる。

すなわち媒質とは 器ではなく 通い路みちである。蓄える場所ではなく、返すための通路なのだ。


ゆえに魔圧は持つものではなく、渡すときに初めて成立する。古稿はこれを《相向あいむき》と呼び、世界と術者の合一ではなく、互いが正しく向き合った瞬間を指す。



 指で言葉をなぞり、繰り返すことでその表現たちがすとんと胸に落ちてくる。



《錬金術師入門 第一章 抜粋(第四抜粋)》


魔圧が路を得ても、まだ術にはならない。

必要なのは どこへ返すか という決まり事である。


古い祈祷などの過程ではこれを 志向しこう と呼んだ。それは「どの御座へ返すか」という心の向き。神殿ではこれを 聖向せいこうと整え、儀礼として正しい道筋を与えることにした。



 ページの余白を見つめる小さな横顔を、セオドールはちらと視線を落として確認したが、あえて声をかける選択肢はなかった。


 ミュリアは読み続ける。

 まだ分からないけれど、もっと知りたいと身体は進んでいた。



《錬金術師入門 第一章 抜粋(第五抜粋)》


術とは、魔圧がどこへ返るかを選びきり、そのまま世界へ定着した状態をいう。


そこには一度きりの線がある。

一度術として落ちた魔圧は、もう元のただの兆しには戻らない。

返還かえる先を得た魔圧は、媒質か、あるいは世界そのものへ吸収される。そのため術とは生み出すというより「正しく返す」ことに近い。


術者はなにかを創造しているのではない。

ただ、魔圧を整え、路を示し、境界を選び、その帰る先を見届ける。


造るというより、導く者。

世界と術者の関係とは、動かすという支配する気持ちではなくのではなく 向ける道を作ることから始まる。




 目で追っていた指がゆっくり止まり、もう一度繰り返すように何度も何度も小さくなぞり直す。


(つくるではなく、かえす……)


思い返す。

村のむせ返るほどの爽やかな香り、薬草、ハーブ、花、土。あの抜けるような感覚。


(……あれ……もしかして、わたし、ずっとこれやっていた気がする)


 錬金術の基礎は魔圧である。

 精霊の加護があると言われていたそれは魔力を差していたに違いない。私は無意識のうちに薬草を見分け、採取する術に魔力を流用していたのだ。


 魔素を魔圧を持ってして、媒質(村で言うと薬草とか、祈祷で祈る神様が対象だ)を返し、聖向を記し、帰結する。して、形になる。


 思考はページのその先へ、自然と向かっていた。



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