episode17 太陽のひと
食堂へ続く回廊は、祈祷のときとは違う静けさだった。
(廊下は私語厳禁なのかな…)
法衣同士が触れ合う音すら慎まれている。
食堂での食事も祈りと同じだった。
神さまから頂いた世界を汚さず受け取る行為、だからこそ、噛む音すら静けさの一部となっていた。
ミュリアはクラリサに導かれ、配膳台の脇に並ぶ。
陶器の器はひとつひとつ厚みがあり、重みも頂きものとしての威厳をもって手に伝わる。
クラリサが手短に作法を示す。
「器は渡すのではなくて手渡されるのを待つようにね。食事の方が立場が上なの。だから差し出されたものを受け取るようにするといいわ。」
ミュリアは静かに頷き器を受け取り、配置へ。
「今日は食事の前に配膳の補助をーーー」
――そのとき。
「そっちのちっちゃい方、ちゃん手ぇ届かないだろう?あたしが変わりますよ!」
背後から、陽気な声が落ちてきた。
振り向くと――
影が一段、大きい。
真っ直ぐな背。
広い肩。
陽気さを隠しきれない笑顔。
明らかに神殿のしなやかな線とは違う筋肉の曲線。
「はじめましてさんだな?あたしはソラーナ!食堂に所属してるから飯運びは任せなさいな!」
声の明るさで空気がひと息に和らぐ。
クラリサも、その声の大きさ拒むでもなく、蔑むこともなく、ただこれは自然なことであると、示すかのように軽く頷いた。
ソラーナは大皿を片腕で軽々と持ち上げながら笑う。
「っていうか、あんた、隣で見れば見るほどちっちゃくて、かわいい……いやいやいや、こんなところで働いてらっしゃるなんて立派だなあ!」
「んで、何歳なんだ?あたしも向こうじゃ一番下の妹もこんくらいか、?」
ぱっと伸びた手が、器ごと持っていく。
片手で。まるでゴミを拾うかのように簡単に、自然に。
「背たかい…」
ミュリアの口から小さく漏れた声に、ソラーナはケラケラと笑った。
「これで? まだ小さい方なんだよ。向こうじゃもっとゴロゴロ馬鹿でかいのがいくらでもいるよ!」
堂々と言うので冗談ではないと分かった。ミュリアのはソラーナの肩にも背が届かず、ぐっと頭を見上げる。
その圧倒的な体格差が怖さではなく、守られているような安心感として伝わるのはソラーナの明るさゆえだろうか。
クラリサが横から小さく告げる。
「あなた、今日から彼女と同じ配膳列よ。安心して。」
ミュリアは瞬きし――
はじめて神殿で、ほんのすこし笑った。食事の配膳が一段落したところで、クラリサがミュリアの肩にそっと手を添えた。
「ここから先はソラーナがついてくれるわ。最初だけ混むけど、その後は自分の分を受け取って食べて大丈夫。午後は昨日と同じで理術院へ向かってね。」
「はい……ありがとうございました。」
クラリサと別れると、ソラーナがひょいと横に並ぶ。
「で、あんたは……何をする担当でしたっけ?」
思ったより距離の近い声。
けれど悪気も堅苦しさもなく、ただ同僚に聞くような自然さ。
ミュリアは少し戸惑いながら答える。
「えっと……附属補助、だそうです。」
「あー、偉い立場じゃん。……あ、ごめ、敬語だった方がいい?」
彼女の敬語は、すでに少し崩れている。
身分というより温度の問題で。
「いえ……私自体は偉くないので……敬語じゃなくて大丈夫です。」
「了解っ。じゃあ仲良くしよーや」
ぱっと笑った表情が、日の光みたいに明るくて眩しく感じた。
ミュリアの手元に残っていた器は、体格差のせいで重さが倍増して感じられる。
それを見たソラーナは、すぐ近くの同僚へ手を振り、配膳を交代してもらった。
代わりに渡されたのは、山積みのじゃがいもと、小さな使い込まれたナイフ。
「ほい、今日の修行はこれ。最初はね、みんな半分以下に細っそいの作って怒られるやつ。」
「おこられるんですか、?」
「余計な施しは贅沢だってさ。形が神様の取り分だからって。でもまぁこれは慣れだよ慣れ〜」
そう言いつつ、ソラーナの手はするすると動く。皮は薄く、綺麗に、迷いなく剥かれていく。
ミュリアも手に取る。
(……ペティナイフ、手の馴染みがわかる)
じゃがいも。刃の角度。
指先の記憶と、前の世界の手癖が重なる。
気づけば黙々と剥いていた。
「……え、早っ……キレイ……」
ソラーナが目を丸くする。
ミュリアは一瞬固まるが――
「家……でよく料理の手伝いをしていました。」
「なるほど納得〜!うんうん、それなら筋いいな!」
たのしげな笑い。肯定。お母さんとは違う溌剌とさっぱりとした温かさを感じた。
⸻
処理がひと段落したころ、配膳に出ていた人々が戻ってくる。ミュリアは道具を揃えて片付けながら、ソラーナに小さく頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「こっちこそ助かったよ!また厨房行きたい時はいつでも呼んで!」
厨房を離れて、席に戻る途中――
鼻の奥に懐かしさがふっとよぎる。
(ここ、なんだか落ち着く……)
そして自分の心の中にある渇望があることに気がついた。それは単に空腹ではない。
次の瞬間、自覚してしまう。
(――甘いものが食べたい)
この世界で食べたことも、嗅いだこともない香り。けれど体は覚えてる。
(え……そういえば……私、一度も甘いものを口いっぱいに頬張ったことがないのでは?)
胸にじわじわ広がる、喪失感、絶望感、衝撃。
「え〜〜〜………」
初めて神さまに小さな文句が飛んだ瞬間だった。甘いものは贅沢とされていて基本的には清貧が美徳とされ、間食などという文化はここにはない。
(甘いもの禁じるとか……こればっかりは、神様……)
そう思いなが出された食事を最後まできちんと頂き、祈りと共に食堂を後にした。




