第61話 到底わたくしの相手は務まらないのですわ
1限目の授業中に学園から早退して馬車をゆっくり走らせて8時間ほど、バレスチカ家に着いた時にはちょうど夕方に差し掛かったところでした。
あたしはいつものように先に馬車を降りてアーゼちゃんとアクアル様、そしてレイライト様に手を差し出してエスコートします。
レイライト様はこういった事になれていないのか、戸惑いつつもあたしの手を取り、真っ白な頬を赤らめながら『ありがとう』と言ってくださいました。
◇
「「「「お帰りなさいませ!アクアルお嬢様、リリアーゼお嬢様、ロゼお嬢様、レイライトお嬢様!」」」」
門を開けてもらいバレスチカ家の敷地内に足を踏み入れると、家令のスバセ様(もう様を付ける必要はないのですがつい癖で付けてしまう)を先頭にしてズラッと並んだ使用人達(とは言っても10人程ですが)が、あたし達に向けて頭を下げました。
ほんの1年と数ヶ月前にはあたしもあちら側に並んでいた立場だったので、こうしてお嬢様として出迎えて頂けるのはなんだか新鮮な気分です。
ちなみにあたしがアーゼちゃんの専用メイドだった時代、あたしは使用人達の間では危険物処理班みたいな感じで見られてて、ある意味一目置かれていたように思います。
給料も実は家令のスバセ様の次に多かったんですよ?
「レイライト!」
そんな昔の事が頭に浮かぶ最中、黒髪黒目で赤のタキシードを見に纏う美青年、バレスチカ家次期当主であるグレン様があたし達の、正確にはレイライト様の前まで歩み出てきました。
「……お兄ちゃん?」
「良かった!よく無事で––––」
「っ!?」
両手を広げてレイライト様を抱き締めようとしたグレン様でしたが、レイライト様がビクッと身体を強張らせたのを見て踏み止まりました。
レイライト様が神殿でどういった扱いをされてきたかはあたしもそれとなく聞いています。
グレン様は実の妹(主にアクアル様)に欲情する性癖持ちである事を除けばとても優秀でお優しい人なのですが、やはりそれでも男性なだけあってレイライト様にとっては恐怖の対象になり得るのでしょう。
こればかりは時間をかけて解決していくしかありません。
「驚かせてすまないね。……アクアル、母上が戻ってくる前の間、レイライトを任せてもいいかい?」
「最初からそのつもりよ兄さん。着替えとかは私が面倒を見るから兄さんは食事の方を––––」
「レイちゃん!!」
その時、背後にある門の方からウェーブヘアの茶髪に同色の瞳、黄色をベースにしたドレスに身を包んだ大きなお胸の美女がパタパタと音を立ててこちらに向かって走って来ました。
バレスチカ子爵夫人でありアーゼちゃんやアクアル様の実のお母様であるマリア様です。
そのすぐ少し後ろには黒髪黒目に黒をベースにした軍服を身に纏う整った容姿の偉丈夫、バレスチカ家当主のグラント様もいらっしゃいます。
必死な表情でレイライト様の側まで駆け寄ったマリア様は生き別れの娘である彼女の細い身体をギュッと抱きしめました。
「ごめんね、レイちゃん!今まで迎えに行けなくてほんとにごめんね!」
「……ママ」
突然の再会に呆然としつつも一筋の涙がレイライト様の赤い瞳から溢れ、頬を伝いました。
そして一度タガを切った雫は止まる事なく流れ続け、抱き締めているマリア様のドレスを濡らしていきます。
「ママーっ!!!」
既に号泣していたレイライト様はマリア様の身体を強く抱き返しました。
アーゼちゃんの気まぐれによって家族として認められたあたしとは違う、本当の娘と母親。
失われた時間を埋めるかのようにして、二人の母娘はいつまでも抱き合っていました。
◇
バレスチカ家に帰ってきてから2時間後、あたし達は食堂の長机を囲んで夕食を頂いていました。
席順は一番奥の席に当主であるグラント様、彼から見て右の席にはグレン様、アーゼちゃん、あたしの3人、左の席にはマリア様、レイライト様、アクアル様の順に席に付かれています。
おそらくこの席の並びはレイライト様が男性と危険人物であるアーゼちゃんから距離を取りつつ食事を取れるよう配慮した物なのでしょう。
食事のメニューも消化に良さそうなリゾットを始めとして、ステーキのお肉も非常に柔らかい高級な物が使われていたり、野菜類もよく煮込んだスープとして出されていたりと、長い間まともな食事をとっていなかったレイライト様に合わせた物になっています。
「あの、お兄ちゃん?」
静かに食事が進む中、レイライト様がグレン様に声をかけました。
彼女はここに連れて来られた時に着ていたボロボロのドレスではなく、白をベースにした新しいドレスに身を包んでおり、真っ白な長い髪やぱっちりと開いた真紅の瞳も相俟って、まるで美しい妖精のような印象を受けます。
「レイの分だけ量が多い気がするんだけど」
食事の量について言及するレイライト様。
それはあたしも少し気になっていました。
彼女の座る席に置かれた料理の量は明らかにあたし達より多いのです。
病み上がり、とは少し違いますがこれまであまり食べてこなかった少女に与えるには些か負担が重いようにも感じられ心配になります。
「あぁ、それはね?リリアーゼからのリクエストなんだよ」
「リリアーゼが?」
グレン様からの答えに驚いたレイライト様は、馬車の中では目を合わそうとしなかったアーゼちゃんに今日初めてまともに視線を向けました。
「……なんでそんな事を」
困惑しつつも問いかけるレイライト様に対して、にちゃあとした笑みを浮かべたアーゼちゃんは彼女をまるで値踏みするかのような目で捉えます。
「レイライト。今の枯れ枝のような身体付きのあなたでは到底わたくしの相手は務まらないのですわ。そんな貧相な身体ではわたくしを満足させるなんて不可能ですの」
そう言いつつアーゼちゃんは食後のデザートとして用意されている自分の分のカットされた桃が乗せられたお皿を、レイライト様の席へと送りました。
「まずはたくさん食べてそのみすぼらしい身体を何とかしなさいな。そうしてあなたが健康的な肉体を取り戻しさえすれば、わたくしも存分にあなたのお相手をして差し上げても宜しくてよ?」
そうやってアーゼちゃんがレイライト様に向けて話す内容を聞いてあたしは確信しました。
あぁ……やっぱりそうなんだ。
アーゼちゃんはレイライト様の事が好きなんだ。
「えっと、レイライト。無理して食べなくてもいいんだからね?リリアーゼが君を気遣っているのが嬉しくてつい料理人には君の分を多くするよう伝えてしまったけれど、無理に詰め込んでも健康に––––」
「食べるよ」
グレン様からのストップを無視してアーゼちゃんから目を逸らすと、目の前に用意されたお皿にフォークを伸ばし、もくもくと食事を再開するレイライト様。
その光景はあたしの目から見て、彼女が健気にもアーゼちゃんからの期待に応えようと努めているようにも見えます。
食事を始めてから約1時間後。
途中で何度か手を止めながらも、レイライト様は用意されたメニューを全て完食なされたのでした。
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ちょっといい事を言ってるように聞こえるかもしれませんが、単にレイライトを太らせてから(性的に)食べると言ってるだけです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
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