第6話 実妹との恋愛が許されるのはフィクションだけ
「お疲れのようね、グレン兄さん。お菓子持ってきたんだけど、ちょっと休憩しない?」
ウェーブのかかったバレスチカ家特有の美しい黒髪に切れ長の黒の瞳、蒼のドレスに身を包んだ少女、僕の最愛の妹であるアクアル・バレスチカがお盆にいくつかのお菓子を乗せて訪ねてきてくれた。
可愛らしい彼女の姿を見ただけで先程まで感じていた倦怠感が吹き飛ぶ。
我ながら現金な物だと思う。
「ありがとう、アクアル。ちょっと気が滅入ってたところだったから助かるよ」
執務机から離れてポットからカップにお湯を注ぎ二人分の紅茶を淹れると、来客用のソファーを挟んだ机に置く。
だけど対面のソファーに座ると思っていたアクアルはそれをせず、僕の隣へと腰を下ろした。
やだ……僕の妹、あまりにも可愛すぎない?
結婚したいんだけど。
「ところでさ、さっきリリアーゼが廊下をすっごいニコニコ顔でスキップしながらロゼを引き連れてるのを見たんだけど、兄さん何か知らない?」
紅茶を啜りながらアクアルから切り出された話を聞いて、珍しい事もある物だなと僕は思った。
リリアーゼが笑顔を浮かべている時は大抵彼女が好みの女の子(主にロゼ)を追い込んでいる時だからだ。
「あぁ、それなんだけどね。この家に新しい妹が増える事になったんだよ」
「はぁ?」
◇
「あの子ってほんとロゼの事大好きなのね」
安物のクッキーを齧りつつ、先程執務室でのリリアーゼとのやり取りを聞かせたものの、アクアルからの反応は思ってたより大人しい、というより予想の範疇だとでも言いたげな物だった。
「事後承諾になって悪かったね」
「いいわよ、別に。兄さんじゃあの子を止められない事は分かってるし、私もロゼの事は嫌ってる訳じゃないもの」
僕の力ではリリアーゼを止められない。
指摘された事実にチクリと胸が痛む。
「それにしても学園の生徒としてねじ込む為にロゼをうちの養女にねぇ。あの子ったらロゼの事になると見境がなくなるというか……ほんとに何でもやるんだから」
そう言ったアクアルは腕を交差させて自分の肩を抱くようにして震えていた。
今から半年程前、リリアーゼの手によって自身が蹂躙された時の記憶が思い起こされてしまったのかもしれない。
背中をさすってあげようとして……止めた。
彼女の顔に浮かんでいたのは恐怖、ではなく悦楽だったからだ。
あの事件以降、自分もアクアルも、もしかしたらリリアーゼも、回り回ってロゼも、あの場にいた全員の性癖が捻じ曲がってしまった。
「……守りきれなくてごめん」
「兄さんが謝る必要なんてないわ。あれは私の自業自得だもの。それに––––」
暗い笑みを浮かべていたアクアルの口角が釣り上がる。
その表情はどこか、僕と彼女の妹であるリリアーゼと被って見えた。
「私も私で今を楽しませてもらってるから」
◇
あの事件の事を話す前に、まずバレスチカ家の成り立ちについて語る必要がある。
バレスチカ子爵家の歴史は長い。
今から500年ほど前、魔王バルバトスと呼ばれるおそるべき存在が当時のキングダム王国に対して侵略戦争を仕掛けてきた時期があった。
結果的には王国側が魔王バルバトスを降す事になったのだが倒しきる事は出来なかったようで、最終的に王国はバルバトスを国の客人として扱い、王国の領地に住まわせる事にしたらしい。
バレスチカ家とはそんな魔王の血を引く者達の末裔とされている。
荒唐無稽な話だと思うかもしれないが、この言い伝えはおそらく真実に近い物だと思う。
その証拠と言っていいかはわからないが、バレスチカ家直系の者は皆黒髪黒目の美しい容姿をしており、纏っている魔力は黒を混ぜ込んだような色をしている。
一族の者達の戦闘能力は総じて高く、今日までキングダム王国が他国から大きな侵略戦争を仕掛けられる事がなかったのは他国がバレスチカ家、もとい魔王の力に畏怖しているからという説すらある程だ。
そして現在。
過去一魔王に近い力を持つとされている存在がいる。
そう、リリアーゼだ。
僕やアクアル以上の、完成されたと言っても過言ではない美しい容姿、他の追随を許さない圧倒的な戦闘力、そしてあの傍若無人で他者を辱める事に愉悦を見出す歪んだ性格。
まさに魔王その物だ。
現王国騎士団長であり王国最強とも名高い僕達の父上、グランド・バレスチカから誰よりもバレスチカを体現しているとお墨付きを貰った彼女はあらゆる意味で特別だった。
だけど––––
僕のもう一人の妹、アクアル・バレスチカはそんなリリアーゼの事を疎んでいた。
ただ、疎んでいたと言っても表立って対立していた訳でもない。
長男である僕や長女である自分に対して敬意を払わず軽んじた態度を取り、父上からも特別扱いされているリリアーゼの事が気に食わない、とかその程度の事だったんだ。
そんなちょっとした確執が取り返しの付かない程に肥大化した要因は3年前にリリアーゼが王都近くの貧民街で拾ってきたロゼを専属メイドにした事だろう。
僕やアクアルには専属従者なんて贅沢な存在はついていない。
これは別にバレスチカ家が貧乏だからという訳ではなく、単に『自分の身の回りの事ぐらい自分でやれ』というのが父上の教育方針だからだ。
だけどリリアーゼはそんな父上の意向を何事もなかったかのように無視してロゼを専属メイドにして、その上父上自身もリリアーゼの行動をあっさりと容認した。
完全に特別扱いだ。
それだけじゃない。
リリアーゼはつい昨日までやっていたように、僕達に見せびらかすようにしてロゼを辱め、己の欲望を満たしていた。
僕からしてみればそんな物を見せられたところでただドン引きするだけだったけど、アクアルにはこれが相当なストレスになっていたらしい。
そしてアクアルの我慢に限界が訪れた時、事件は起きた––––
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
お兄様はイエスシスターノータッチな精神なのでお姉様に手を出す事はないです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
もし宜しければブックマーク、評価、レビュー、ご感想、リアクション等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。