第54話 私は嫉妬していたのですね
「な、何を言ってるんだローズ!君だって––––」
「あたしはロゼです。公爵令嬢様は人の名前を覚えるのが苦手なんですか?」
完全に敵意を剥き出しにしてロゼさんはマーズ様に呼び名の訂正を求めます。
控えめな印象の強いロゼさんですが、彼女は原作の『ふぉーみら』でマーズ様がリリ様によって百合乱暴(控えめな表現)されてる際、お尻を責められ喘ぐマーズ様に対して憎しみをぶつけるように言葉責めする描写がありました。
そういった事もあってか前世の大手イラスト投稿サイトでは数こそ多くはありませんが、ロゼさん攻めマーズ様受けのカップリングイラストなんかもあったりするのです。
「……ロゼ。君だってリリアーゼ嬢が聖女殿を甚振るような事をするところなんて見たくはないだろう。現に、君はこのデュエルが始まる前に殿下に喰ってかかっていた筈だ」
「えぇ。マーズ様の仰る通り、あたしはこのデュエルを行う事に反対していました。……マーズ様と違ってデュエルが始まる前に、です」
「……!」
「なんでマーズ様はデュエルが始まる前に止めようとしなかったんですか?あ、言わなくてもいいですよ。聖女様がアーゼちゃんにデュエルで勝って、二人が恋人になれば、あたしをアーゼちゃんから引き離せると、そう思ったんですよね?」
おそらくロゼさんの推測は当たっています。
原作でマーズ様は異母姉妹であるロゼさんを(彼女視点で)救う為にリリ様と度々衝突を繰り返していました。
だとすれば彼女にとってこのデュエルは千載一遇のチャンスだったのでしょう。
なにせ権力に屈する事もなく、Sランク冒険者という圧倒的な実力の持ち主であるリリ様からロゼさんを引き離す事なんて公爵令嬢である彼女の力をもってしても不可能なのですから。
「で、聖女様が負けたら二人のデュエルを止めなかった罪悪感から賭けの無効を訴える、ですか。いい加減にしてくださいね?あたしがスカーライト家で酷い扱いを受けてた時だってそうです。貴女はいつも事が終わってから騒ぎ立てるばかり。最初から声を上げるつもりがないなら、最後まで黙っていてください。不快ですし不愉快です」
「わ、私は……」
ロゼさんの指摘に反論もできず、カタカタと震えだすマーズ様。
その真紅の瞳から、一筋の涙が溢れました。
……これ以上続けさせる訳にはいかないですね。
「ありがとうございました、マーズ様」
私はマーズ様に頭を下げてお礼を言いました。
「……聖女殿?」
「確かにロゼさんの言う通り、私達がデュエルを行う事がマーズ様にとって都合が良い物だったのかもしれませんし、終わってからそれをやめさせようとするのが虫のいい話だというのも分かります。……それでも私は、私の『これから』を心配して行動を起こしてくださった貴女には感謝しています」
「……」
私は目の前にあるリリ様の足を手に取りました。
掌にひんやりとした柔らかい感触が伝わり、『待ちかねた』と言わんばかりに釣り上がるリリ様の口角が目に映ります。
もっと早くこうしていれば良かったんだ。
私は身を屈め、リリ様の足の甲に口付けをしました。
臭いとかはなく、人肌にしては冷たい温度感だけが唇から伝わってきます。
あぁ、もうダメだ。
未来に起こる惨劇を回避する為に2年間一生懸命に修行した成果がこのザマです。
私にできた事はリリ様に屈服して彼女の足を舐める事だけ。
––––私のしてきた事は何の意味もなさなかったんだ。
「う……あぁ……」
涙が頬を伝いました。
人前で泣きたくなんかないのに、私の意思に反して次から次へと瞳から水滴が零れ落ちていきます。
「あらあら、勿体ありませんの」
リリ様は黒のブーツを履き直すと、指で私の頬を伝う涙を拭い、そのままご自身の口元へと運びました。
私の涙を舐めとった彼女は意地の悪い笑みを浮かべます。
「負けヒロインならぬ負け主人公の涙。これは相当に貴重な代物ですわね。しっかり堪能させて頂きましたわ」
「うえええええん!!」
––––キーンコーンカーンコーン。
感情が抑えきれなくなり、とうとう号泣するハメになった私をよそに、講義の終わりを告げるベルがなりました。
ついでに私の社会的地位も何もかも終わりです。
「ちょうど講義もお開きになりました事ですし、わたくしは気分が優れないご様子のシャロ様を救護室までお連れしますわ。ロゼ、付き合いなさいな」
「はい!」
△△(side:マーズ)
遠ざかっていく聖女殿とリリアーゼ嬢、そしてローズの背中を見つめる事しかできず、私はペタンと地面に座り込んでいた。
「……何もできなかった」
違う、そうじゃない。
何もできなかったんじゃなく、何もしない方が良かったんだ。
ローズからされた指摘は全て私の図星をついていた。
私はいつも行動が遅い。
ローズがスカーライト家で軽んじられた扱いをされていた時だってそうだ。
正当な公爵令嬢である私が声を上げれば、私自身の立場は悪くなっていたかもしれないが、彼女や彼女の母親の待遇は少なからず改善されていただろう。
なのにいつまでも迷い続けてタイミングを逃し、彼女がスカーライト公爵家から逃げ出して、学園で再会を果たしてからようやく声を上げる。
あまりにも遅すぎる。
こんな事ではローズから恨まれるのも当然だ。
「大丈夫かい、マーズ嬢」
「……殿下」
座り込んだ私の肩を叩き声をかけてくださったのは、アレイスター殿下だった。
後ろには彼の友人であり側近でもあるクラスト殿もいる。
先程大変な無礼を働いたにも関わらず、殿下が向ける眼差しは私の事を気遣っている様子がありありと感じ取れた。
「申し訳ありませんでした、アレイスター殿下。此度の失態は全て私の不徳によるものです。ですのでどうか罰を与えるのは私だけに––––」
「うーん、急に罰がどうだとか何を言いたいのかは分からないけれど」
殿下は私の言葉を遮ると、その美しい蒼の瞳を細めて優しく微笑んだ。
「君のロゼ嬢への想いはとても尊く素晴らしい物だ。これもまた、真実の愛と呼ぶに相応しい。この僕がそんな君を称えこそすれ、罰する事なんてある筈がないだろう?」
「はい?私がローズに対して真実の愛?」
確かに私はローズの事を心配して(いらぬ)行動を起こしてきたけれど、その言い方ではまるで私がローズに恋をしているみたいじゃないか。
リリアーゼ嬢じゃあるまいに。
「そうとも!分かっているさ、君がロゼ嬢の事を心の底から想っている事ぐらい!」
「そ、そうなのですか?」
「あぁ!これまで女性同士の尊い営みを求め続けてきた僕が言うんだ!間違いない!!」
そうなのか?
……そうなのかも。
殿下ほどの方が言うのなら正しい気がしてきた。
「私は……リリアーゼ嬢に嫉妬していたのですね」
私が救えなかったローズを救い上げ、恋仲にまでなったリリアーゼ嬢。
そうか。
だから私は彼女の事を敵視していたのか。
なんだか今まで言葉では言い表せなかった気持ちが、殿下のお言葉でしっくりきた気がする。
前に殿下はローズの事を相談した私に対して『リリアーゼ嬢とロゼ嬢の事は僕に任せてくれ!絶対にロゼ嬢を悪いようにはしない』と約束してくれた。
彼は心からローズの幸せを願い、彼女が愛しているリリアーゼ嬢と共にいられるよう手を回してくれたんだ。
そして今は私の気持ちを慮り、労わってくださる。
なんて、なんて素晴らしい人なのだろう。
––––これが次代の王となる者の器なのか。
「あー、マーズ嬢。どうかこのバカ王子の言う事はあまり間に受けないよう––––」
「マーズ嬢も失恋したばかりで辛いだろう。だが気落ちする必要はない!君程の素晴らしい令嬢ならきっとすぐにでも、君に相応しい女性と新しい恋を実らせる事ができる筈だ!僕は王太子として全力で君を––––」
「いえ、私が女性に恋をしたのはきっとローズが最初で最後だったんだと思います。今の私の気持ちは殿下にあると、心から誓えます。ですからどうか、貴方の婚約者として今一度お側にいる事を許しては頂けないでしょうか?」
私の言葉を聞いた殿下はスン、とした表情で真顔になってしまわれた。
自分に都合のいい事ばかり言う愚かしい女だと呆れられてしまったのだろうか。
「も、もちろん僕は君の婚約者だからね。僕も王太子としてマーズ嬢が肩身の狭い想いをする事のないよう、日々精進していくつもりだよ」
良かった。
嫌われた訳ではないらしい。
心なしか殿下の眉が下がって見えるけど、きっと気のせいだろう。
もう少し。
もう少しだけ時間を置いたらローズ……ロゼに謝りに行こう。
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マーズは基本的にはノンケです。
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