第5話 妹は12人までならセーフらしい
△△(side:グレン)
「ええと、つまりどういう事かな?」
突如執務室に乱入してきたバレスチカ家次女のリリアーゼ、そして彼女の専属メイドであるロゼに面食らいつつも、僕は何とか平静を保って話しかける。
だけど、いつだって我が道を突き進むこの妹には通用しない。
「だーかーらー!1年後にわたくしが入学するフォーチュン学園にロゼをねじ込む為に、この子をバレスチカ家の養女にしろっつってんですの!」
うーんこの。
何をして欲しいかじゃなくて、どうしてそれをしたいのかを教えて欲しいんだよなぁ。
「ロゼの事なら前に君が僕に頼んできた事もあるし、もう学園の方とは話を付けてあるよ。彼女を従者として連れていく事を許可しないとリリアーゼが癇癪を起こして学園を破壊してしまうかもしれないと言ったら向こうの方々も納得してくれた」
本来貴族しか生徒になれず、従者を連れて行く事が許可されていない王立学園に特例を認めさせる。
特殊な立ち位置にいるバレスチカ家とはいえ、この要望押し通すのは並大抵の事ではなかったし、こう言った半分脅しに近い手法を使わざるを得なかった。
「わたくしは生徒としてロゼを学園に入れたいのですわ。有象無象の連中がこの子をわたくしのおまけとして軽んじるのは我慢なりませんの」
「アーゼちゃん……!」
リリアーゼの言い分にいたく感銘を受けているようだけどロゼ、君騙されてるよ?
そもそもリリアーゼに無理矢理学園に連れて行かれさえしなければ君が貴族の生徒達から軽んじられる事自体起こらないんだからね?
「ええとね、リリアーゼ。養女にしろって簡単に言うけど犬猫を飼うのとは訳が違うんだよ?一度バレスチカ家の養女になったら後から『やっぱりやめた』とか言ってもロゼは君の専属メイドに戻ったりはできないからね?」
「んなこたぁ分かってますわ」
「ほんとに分かってる?彼女が君の義妹になった場合、一応義理とはいえ僕や君と対等な立場になる訳だ。そうなったらもう君が普段から彼女に対してやっている従者相手への無茶振りは出来なくなるし、あくまで妹への《《お願い》》が限度になるんだよ?」
「そうなんですの?」
「そうなんですの」
ついオウム返ししてしまった。
リリアーゼは一瞬だけ顎に手を当てて考え込んだが、すぐに結論が出たらしい。
「それで構いませんわ。ロゼを養女に迎え入れる手続きと、学園への入学手続きをしてくださいな」
「アーゼちゃん。あたしなんかがバレスチカ家の養子だなんてそんな畏れ多いこと」
「は?たかがメイド風情がわたくしに逆らうんですの?」
萎縮するロゼをリリアーゼは一蹴する。
養女に迎え入れるって事はそのメイド風情じゃなくなるってことなんだけどな。
「はぁ……分かったよ。父上から君の願いは出来る限り叶えてやれと言われてるし、あの人も反対はしないだろう。もう学園に対して脅しを入れた事実は変えられないけれど、今からでもロゼを従者ではなく正式な生徒として入学させられるならそっちの方がバレスチカ家としても向こう側としても無理がないしね」
それに、ロゼの生まれを考えれば彼女は貴族としての扱いを受けてしかるべき存在ではある。
というかロゼの生家での扱いが酷すぎただけで、彼女は本来身分的にはリリアーゼより上の立場のご令嬢になっててもおかしくはなかった子だ。
「ロゼ、君読み書きは出来たんだっけ?」
「は、はい。向こうにいた頃にお母さんから教えて頂きました」
なるほどね。
でもそれだけでは––––
「リリアーゼ。ロゼを生徒として入学させるなら当然彼女も君と同じく学園の入学テストを受けてもらい、合格を勝ち取る必要が出てくる。今から彼女に貴族としての礼節と教養を身に付けさせるのは並大抵の事ではないって事は理解しているね?」
これで裏口入学させろとか言ってきたらもうどうにもならない。
その時は白旗を挙げて父上に丸投げする。
「ロゼにはわたくしが自ら入試に必要な全科目の知識を叩き込むつもりですわ。お兄様が心配する必要など何もなくってよ」
『君、人様に物を教えられる感性あったの?』とか『君の存在が僕の心配の種だよ』とかつい口から漏れそうになったが何とか飲み込んだ。
下手な事を言って殴られたら損だ。
「君がそう言うなら僕から言う事はないよ。スバセ、使用人達にロゼが当家の養女になる事を通達しておいてくれる?あと彼女の部屋と身の回りの物の手配もお願い」
「かしこまりました、グレンぼっちゃま」
いつの間にか自分の分の書類を片付けていたバレスチカ家の家令であるスバセは立ち上がり、一礼すると音も立てずに部屋から退室していった。
彼は有能だし頼りになるのだけれど、僕の事をぼっちゃま呼びするのだけが玉に瑕だ。
「……はぁ。手続きの完了自体は数日後になるけれどロゼ、君は今日からロゼ・バレスチカと名乗りなさい。僕に出来る事は限りがあるけれど、何かあったら遠慮なく言ってくれればいいからね」
「かしこまりました、グレン様。この身は不束者なれど、どうぞ宜しくお願い致します」
そう言ってロゼは短いメイド服のスカートの端を軽く摘むと、ちゃんと見れるレベルでのカーテシーの姿勢をとった。
いつも自分に自信がなく、控えめな彼女だが今はどことなく声が上擦っており、気分が高揚しているように感じる。
リリアーゼから無茶振り(の一言で片付けていいかは疑問ではある)される事の多いロゼだが、なんだかんだで自分を拾ってくれた恩人である彼女の事を慕っているのは見ていて分かる。
意外とリリアーゼと姉妹の仲になれる事を喜んでいるのかもしれない。
……いい子なんだよなぁ。
僕としてもロゼをリリアーゼの避雷針として利用していた自覚はあるし、今回の件でこれまでの彼女の働きに報いる事ができたのならば、いい機会だったんだろう。
うん、そういう事にしておこう。
◇
リリアーゼとロゼが退出してから僕は机の上に突っ伏していた。
「……疲れた」
もちろん気疲れだ。
これから父上とフォーチュン学園に連絡を入れなければならない。
父上への手紙は適当でも良いだろうけど、学園に対してはずっと迷惑を掛けっぱなしなので胃が痛くなる。
うちが代々古き魔王の力を受け継いできたバレスチカ家ではなく、ただの木端な子爵家だったらとっくにお取り潰しになってるよ。
僕がしぶしぶ筆を取ったその時––––
「あら、お疲れのようね兄さん」
殺伐とした執務室の中に天使が舞い降りた。
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サブキャラクター、グレン・バレスチカのイメージ(AI絵)です。
活動報告にちょっとした設定が載せてます。
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