第38話 憎しみだけで人が◯せればいいのに
「アーゼちゃん。あたしにいい考えがあります」
アレイスター殿下の命があえなく散ろうとしていたその時、ロゼ色の髪と瞳をしたスカートの丈の短いメイド服に身を包む可憐な少女、ロゼ嬢が声を上げた。
「言ってごらんなさい」
声をかけられたリリアーゼ嬢は出来る限りキモ––––理解の外側にいる殿下の相手をしたくなかったのか、彼の襟首を持ち上げたまま視界に入れないようにしつつ、大人しくロゼ嬢の意見に耳を傾ける。
抵抗なく自分の話を聞いてくれる事を確認したロゼ嬢はほっと息を吐くと、なるべく相手を刺激しないよう優しい声音で話し始めた。
「まず、殿下はあたしとアーゼちゃんがキスするところを何が何でも見たいんですよね?」
「あぁ、尊い君達の交わりを見られるのなら、矮小な僕の股間ぐらい安い物さ」
『安くねーよ!お前、自分が王太子って事忘れてんだろ!』とついツッコミそうになってしまったが、なんとか呑み込んだ。
ここはロゼ嬢に任せよう。
「そしてアーゼちゃんは殿下に罰を与えたいんですよね?」
「そうですわ。でもコイツ、何をしても喜びそうで不気味なんですの」
それはわかる。
「大丈夫です。ここにはクラスト様がいますから」
そう言って私の方を振り向きつつ恥ずかしそうに微笑むロゼ嬢。
何故私がいる事が殿下への罰になるのか、全く理解できない。
できないが、確かな確信を持っているらしい少女の語り口に私は不思議な安心感を抱いていた。
◇
「ねぇ、ロゼ。本当にこれがコイツへの罰になるんですの?下手したらご褒美になってしまう気すらするのですけれど」
ロゼ嬢の案を聞き入れたものの、不満げなリリアーゼ嬢。
正直私もリリアーゼ嬢の意見には一理ある。
「確かにあたし達二人だけならそうなってしまうかもしれません。でも、人が何かに不満を抱く時って大抵は自分と他人への待遇の差を認識した時に起きる物なんですよ?」
待遇への差。
それは彼女の––––ロゼ嬢がスカーライト公爵家に居た頃の実体験に元ずく物だろうか。
ちなみに話は変わるが、殿下は目隠しをした状態で腕と脚をタオルで縛って床に転がしてある。
これはロゼ嬢の指示で私が行った物であり、普通なら不敬というレベルではすまないのだが……死ぬよりはマシだと思ってもらうしかない。
「はぁ……はぁ……一体君達は僕に何をする気なんだい?」
目隠しされたまま縛られた状態で床の上で呼吸を荒くして喘ぐ殿下。
容姿だけは絶世の美少年の彼だが、今は正直あまり視界に入れたくない。
そんな彼を見下しつつ、リリアーゼ嬢は嫌味たっぷりの声音で語りかける。
「アレイスター殿下。貴方の望み通り、わたくしはこの場でロゼと口付けをして差し上げますわ」
「な、なんだって!?ならこの目隠しを……いや、視界が塞がれた状態で行われるというのもこれはこれで風情が––––」
「ただし、わたくし達の営みを見せるのはクラスト様にだけですわ。殿下、貴方はそこで無様に転がっていなさいな」
「……え?な、なんで?」
リリアーゼ嬢の発言によほどショックを受けたのか床の上でくねくねと身悶えする殿下。
かなり気持ち悪い。
「なんでクラストなんだ!君達の接吻を見たいのは!君達の尊さを一番に理解出来るのは僕だというのに!!クラスト!今すぐ僕と入れ替わってくれ!!これは王命だぞ!!!」
なんで入れ替わるんだ。
そこは普通に拘束を解いてくれでいいだろうに。
「バ––––殿下、まだ貴方は王ではありません。あとそんなくだらない事に王命を使わないでください」
「う、嘘だああああああぁっ!!」
凄くうるさい。
絶叫する殿下をよそにリリアーゼ嬢とロゼ嬢はその瞳を潤ませて向き合った。
「アーゼちゃん……」
「ロゼ……」
私に見せるとの事だが、完全に二人の世界に入っているようだ。
いや、私の事を意識されても逆に困るが。
気付いたら殿下もみっともなく騒ぐのを止めていた。
どうやら漏れてくる音だけでも拾おうと必死らしい。
ゴシックドレスを着た黒の少女とメイド服を着たロゼ色の少女。
頬を紅く染めた二人の令嬢の視線が絡み合い、そして互いを優しく抱きしめた。
「ほう……」
思わず溜息が出る。
互いに抱き合う二人だが、その内実は控えめな印象のロゼ嬢が積極的に甘えるように抱きついて、苛烈な印象のリリアーゼ嬢がそれを優しく受け止めているように感じた。
恋愛には疎い私だが、これだけで二人が互いを想いあっているのが理解できた。
特に、あのリリアーゼ嬢がこれほど一人の女性を大切に、丁重に扱うとは……これまでの人物像が真逆の方へ変わってしまいそうだ。
始業式でシャルロット嬢に対してセクハラしていた時とはえらい違いである。
数秒抱き合った二人はもう一度視線を合わせると、瞳を閉じて唇を重ねた。
美しい少女二人が密室で唇を重ねる様はどこか神秘的かつ非現実的で、まるで著名な画家が描いた絵画を仰ぎ見ているような感覚を受けた。
「……凄いな」
気の利いた事を言えなくて申し訳ないが、それしか言葉が出てこなかった。
二人の接吻は私の父と母がやるような軽い物ではなく、それこそお互いを求め合い、喰らいあうような深く激しい物で、不思議と目を離せない。
己の心臓の鼓動がかつてない程に高鳴っているのを感じる。
というか、ロゼ嬢はリリアーゼ嬢の胸部を軽く愛撫しているし、リリアーゼ嬢はロゼ嬢の臀部をねっとりと撫で回しているのだが、本当に私は見ていて大丈夫なんだろうか。
数十秒後、瞳を潤ませた二人が唇を離すと、唾液の線が途切れるのが見えた。
リリアーゼ嬢がハンカチを取り出して自分の唇を拭い、その後そのまま同じハンカチでロゼ嬢の唇を拭う。
「それでは私達はこれで失礼致しますわね、クラスト様」
「あ、あぁ。二人とも気を付けて」
互いに腕を組みながら空き教室を出ていく二人。
私はそれをしばらくの間呆然と見守っていたが、まだやらなければいけない事が残っているのに気付いて足下を見る。
床に転がされたアレイスター殿下はぐったりとした様子で身動き一つしていなかった。
私は殿下の拘束を外し、目隠しに使われていたタオルを取る。
タオルは殿下の涙を吸ってずっしりと重くなっていた。
「クラスト、どうだった?」
死んだような目で私に尋ねてくる殿下。
それに対しての私の答えはただ一つだ。
「凄かったです」
「そうか……」
(室内だが)空を仰ぐように見て、涙が溢れないよう唇を噛み締める殿下。
そんな彼の口からポツリと小さな怨嗟の声が漏れる。
「憎しみだけで人が殺せればいいのに」
もう殿下の親友やめた方がいい気がしてきた。
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殿下……。
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