第37話 このアホ王子、無敵すぎる
△△(side:クラスト)
「それではリリアーゼ嬢、ロゼ嬢!どうかこの矮小な僕に、尊い君達が接吻するところを見せてくれ!」
「……は?」
端正な顔を歪め、鼻息荒く興奮した状態でとんでもない事を口にしたバカ王子––––もといアレイスター殿下。
一方、そのとんでもない事を言われた外見だけは完璧な、なんちゃってご令嬢のリリアーゼ嬢は真顔で『は?』の一言だけ返した。
あぁ、もうダメだ。
下手したら今日この時が王家とバレスチカ家による内乱––––いや、虐殺の始まりになるかもしれない。
◇
私の周りには二人の変態がいる。
一人は私の姉であるリーリス姉さんの婚約者であるグレン先輩、その妹君であるリリアーゼ嬢。
そしてもう一人がアレイスター殿下だ。
リーリス姉さんが婚約してから面識ができたリリアーゼ嬢と違い、殿下は私とは幼馴染の関係だ。
アーサー陛下のご子息で王太子であられる殿下と宰相である父の次男坊である私、歳が同じである事もあって所謂側近としての役割を求められているのだろう。
殿下はその優れた容姿に加え、神童と言っても過言ではない程の才能を持ち合わせていた。
まだ学園に入学する前、すなわち成人前の状態で既に彼は一部の公務を陛下から任されており、その上で私と遜色ない程の学業の成績を修めているのだ。
もし、彼が公務を任されず、その時間を自分を高める事のみに使っていたのなら今年度の首席が同率でリリアーゼ嬢、シャルロット嬢、殿下の3人になっていたのでは?とすら思ったが……彼の事だから余った時間は趣味の執筆活動に費やしていただろうから変わらないか。
そんな無駄にスペックの高い殿下だがある時、彼の人生観を変える大きな出来事が起きた。
なんでも、王宮に勤める若いメイド二人が逢瀬を重ねて、そしてついに接吻した所を目撃したらしい。
その時の状況を私に語る殿下はその端正な顔をゆるゆるに緩めて呼吸も荒く興奮しており、かなりキモ––––心配になる程に取り乱されていた。
それだけならいい(良くない)が後日、私は殿下から先程の二人のメイドがそれぞれ別の貴族に見初められ、王宮から退職した事を聞かされる。
殿下は荒れに荒れた。
彼はしばらくの間、任された公務もサボり、自分の部屋に引き篭もって出てこなくなった。
そして1ヶ月が過ぎてようやく殿下が部屋から出てきた時、彼は『ユリスコン』という名の作家になっていたのだ。
ここまではいい(良くない)。
別に殿下がちょっと特殊な性癖に目覚めたというだけの話で、それによって彼が王太子としての能力を失った訳ではないのだから。
問題はここからだ。
殿下が小説家になってから数ヶ月後、私は自分だけでは解決できない悩みを親友である彼に打ち明けた事がある。
その内容はもうお気付きだろう。
そう、リリアーゼ嬢だ。
私の姉であり、優しく優秀なリーリス姉さんはバレスチカ家のグレン先輩と婚約をしている。
そして同じくバレスチカ家のアクアル先輩とも親友(昔リーリス姉さんの方から彼女に告白した事もあるらしい)の間柄だ。
お二人はとんでもない才子才女で、容姿も、性格的にも優れた人格者で社交界での人気も高く、リーリス姉さんはそんな二人の事が大好きだった。
そしてペンデュラム侯爵家としても、圧倒的な武力を誇るバレスチカ家と関係を深めておく事はそう悪い物ではなく、宰相である父もこの婚約を基本的には歓迎していた。
ただひとつ、ペンデュラム家が婚約を通してリリアーゼ嬢とも繋がりができる事を除いては。
お二人の妹君であるリリアーゼ嬢は容姿や頭脳こそ秀でているものの、結構な人格破綻者で、また同性愛者でもある彼女は自分好みの専属メイドであるロゼ嬢を椅子にして、それを自慢する相当アレな人物だった。
その上わがままで暴力を振るう事に躊躇がなく、過去にはバレスチカ家に勤めていた下男二人を手ずから処刑し、噂では実の姉であるアクアル先輩をも手籠にしたという。
当たり前だがリーリス姉さんはリリアーゼ嬢の事を怖がった。
私も実際にリリアーゼ嬢と顔を合わせて、これはダメだと確信した。
なんとかして姉さんを、ペンデュラム家をバレスチカ家から引き離さねばならないと決意したのだ。
……と、そう言った事を殿下に相談したのだが、彼はリリアーゼ嬢とロゼ嬢にやたらと強い関心を示した。
正直相談する相手を間違えたかもしれない。
その後、リリアーゼ嬢がある程度己の傲慢な態度を改め、ロゼ嬢と恋人関係になり、リーリス姉さんとも親しくなった事でこの問題は一応の解決に至ったのだが……私はその事を殿下に伝えてしまった。
いや、本当は伝えたくなかったのだが、彼が顔を合わせる度にリリアーゼ嬢とロゼ嬢について尋ねてくるものだから答えない訳にもいかなかったのだ。
結果、殿下は『彼女達こそ世界の真理に違いない!』と大興奮してアーサー陛下にリリアーゼ嬢を自分の婚約者に出来ないかと申し出た。
おそらくリリアーゼ嬢とロゼ嬢を自分の手元に置いて、男の手から保護?したかったのだろう。
まぁその婚約の申し込みはリリアーゼ嬢の方からあっさり断られたのだが、殿下はそれで落ち込む事もなく、それどころか『これこそ真実の愛だ!』と発狂していた。
このアホ王子、無敵すぎる。
そして1年程前、実際にリリアーゼ嬢達と邂逅し、今日同じ特Aクラスの一員となった殿下は自らの欲望を満たすべく、行動を起こしてしまったのだが––––
◇
「アーゼちゃん!?やめてください!!」
「リリアーゼ嬢頼む!落ち着いてくれ!」
この始末である。
殿下からロゼ嬢と接吻するところを見せて欲しいと頼まれたリリアーゼ嬢は真顔のまま、彼の襟元を掴み上に持ち上げていた。
私とロゼ嬢は必死に説得しようとするが、彼女はまったく意に介していない。
「残念ですわ、アレイスター殿下。わたくし、殿方でもあなたとなら友人になってもいいと思ってましたのに」
「ぐ……あ……すまない、リリアーゼ嬢。気が利かなかった。クラスト、君は部屋から退室してくれたまえ。人数が多いとリリアーゼ嬢も緊張––––」
「そうじゃねーんですわよ!」
一喝。
彼女から発せられた殺気に気圧され、情けない事だが私は身動きが取れなくなってしまった。
「殿下。別に貴方がわたくしとロゼの営みを見て興奮し、勝手に致す分にはそれを止めたりする気はねーんですのよ? でもね、王太子である貴方がわたくしにロゼと交われと言ったら、それはもうわたくしがロゼにしてるんじゃなくて、貴方にさせられてるのと同義なんですわ?」
「……!?」
リリアーゼ嬢の言い分に思う事があったのか、殿下はショックを受けたご様子だった。
「今から罰として、貴方の股間を潰しますわ」
「ダメだ、リリアーゼ嬢!そんな事をしては王家とバレスチカ家で内乱になってしまう!気持ちはわか––––らないが暴力は思いとどまってくれ!」
「わたくしが、ひいてはバレスチカ家が王家如きに負けると思ってますの、クラスト様?」
現在、バレスチカ家は元からSランク冒険者だった当主のグラント王国騎士団長とリリアーゼ嬢の二人に加えて、グレン先輩とアクアル先輩の二人もSランクに昇格している。
もはや王家といえど、バレスチカ家の相手にはならないだろう。
「内乱になれば間違いなく君達が勝つだろうが、王家が滅びたらキングダム王国も維持できなくなる。だからどうか……頼む!」
「……」
流石のリリアーゼ嬢も国を滅ぼしたいとまでは思ってなかったのか、即座に殿下の殿下を亡き者にする事はなかった。
ロゼ嬢も安堵の溜息をついている。
良かった……リリアーゼ嬢が(比較的)まともな感性を持っている人物で。
だがここにもう一人、まともでない人物がいた事を私は忘れていた。
「リリアーゼ嬢。僕の股間を潰してくれても構わない。だからどうか、僕に君達の接吻を見せてくれ」
「「「……は?」」」
今度はリリアーゼ嬢だけでなく、私とロゼ嬢からも呆けた声が出た。
せっかく助かるところだったというのに、何言ってんだ!このバカ王子!?
一方、バカ王子の戯言を聞いたリリアーゼ嬢はバカの襟元を掴み上げたままガタガタと震えていた。
よっぽど腹にすえかね––––
いや違う!リリアーゼ嬢のあの表情!
あれは自分の感性では理解できない物を見た時の––––恐怖に彩られた表情だ!
すまないリリアーゼ嬢。
君は変態などではない、ただのちょっと……だいぶ変わっているだけの少女だ。
変態はそこのバカだけだった。
あぁ、どうすればいいんだ?
このままではリリアーゼ嬢はバカの股間どころか首から上まで吹き飛ばしてしまうに違いない。
私が諦めかけたその時––––
「アーゼちゃん。あたしにいい考えがあります」
一人の少女が王国の危機を救うべく、行動に出た。
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なんか想定してたよりもやべー奴になってしまいました。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
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