第2話 『枕』って隠喩ですよね?
△△(side:ロゼ)
アーゼちゃん(リリアーゼ・バレスチカお嬢様の愛称)に手を引かれ、彼女の自室へと連れ込まれたあたし、ロゼはその場に直立し、自身へと下される沙汰を待ってました。
彼女の部屋にあるのはティーセットとダブルサイズのベッド、ソファー、そして勉強机と棚に収められた沢山の本(意外にもアーゼちゃんは勉強家なのです)ぐらいで、貴族にありがちな華美な装飾品等は見受けられません。
バレスチカ家は実用性のない物を嫌う家系なのです。
「さて、ロゼ。このわたくしを地べたに叩きつけてくださりやがったあなたに下す罰なのだけれど」
自分から勝手に転倒したにも関わらず、滅茶苦茶な言い分で責任転嫁しながら、くるりと反転してこちらを向くアーゼちゃん。
腰まで伸ばした艶のある綺麗な黒髪、まるで吸い込まれそうな程に大きく綺麗な黒の瞳、スッと通った鼻筋に形のいい桜色の唇、そして黒を基調とした質の良いゴシックドレスに黒タイツに包まれた引き締まったおみ足。
相変わらずすっごい美人です。
あたしは正直、お顔だけならこの子の右に出る者はいないと思ってます。
恐ろしさを感じる程に端正な顔立ちをした、どこからどう見ても絶世の美少女である彼女ですが、今はその口角は吊り上がり、あたしを値踏みするような目で見つめていました。
あたしと会話する際の彼女は大抵このような表情を浮かべるのです。
「『椅子』の役割も満足にこなせないあなたにはこれから『枕』になってもらう事にしますわ」
「あ……」
アーゼちゃんから罰の内容を聞いて、あたしは絶望のあまり膝から崩れ落ちました。
『枕』になる。
これは『客を取って男に抱かれろ』の比喩である事ぐらい、まだ成人していないあたしでも分かります。
バレスチカ子爵家はお金に困っている訳ではないのでこれは純粋にあたしの事を用済みになったから処分するという事。
元いたとある貴族家で行き場をなくし、貧民街でさまよっていたところをアーゼちゃんに拾われ、ロゼという名を与えられ彼女の専属メイドとして雇われはや3年。
椅子がわりにされたりと非常識な事をさせられる事もあったけれど、この美しい少女から愛称で呼ぶ事を許され、強い感情を向けられ構ってもらえる事にあたしは一種の満足感を感じていたのです。
でも、それも今日で終わる。
自覚すると瞳からじんわりと涙が迫り上がってきました。
「んちゅっ……はぁん。うふふ、いい顔になってきましたわね」
アーゼちゃんはあたしの頬を伝う涙を指で掬うと自らの形の整った美しい唇へと運び、ぺろりと舐め取ります。
その顔はどこか赤らんでいて、恍惚とした表情に見えました。
「でもこれだけじゃ終わらせませんことよ?……服をお脱ぎなさい」
「……はい」
身に纏ったメイド服を1枚1枚脱いでいき、畳んで椅子の上に置きます。
アーゼちゃんはこれからあたしの品定めをしようとしているのでしょう。
彼女にとってはあたしの貧相な身体を見たところで楽しくも何とも思わないでしょうけれど、こうして脱衣所でもお風呂場でもない場所で下着姿を晒す事にあたしは強い羞恥心を感じていたのです。
「んっ……」
不意にアーゼちゃんに二の腕を撫でられた事でピクンと身体が震えます。
彼女はそのままその綺麗なお顔を近付けると、食い入るようにしてあたしの身体を見つめてきました。
ここでの食事は使用人の物であっても充分な質と量が確保されている事もあってあたしの肉付きもそう悪い物ではなく、お陰様で14歳にして身長も150cmと標準より少し低めではあるものの、順調な成長を遂げる事が出来てます。
ですがあたしより身長が10cm程高く、胸部の発育も良いアーゼちゃんにこんな貧相な身体を見せる事は申し訳なさすら感じてしまうのです。
「あうっ……」
アーゼちゃんがあたしの品定めをしてる間、時折り肌に彼女のお口から漏れた吐息がかかります。
その度にあたしはむず痒さを覚え、つい身を捩ってしまうのでした。
「身体は合格。でも下着が見窄らしすぎますわね。スバセにもっと質の良い物を用意させましょう。このままでは『枕』に相応しくありませんわ」
スバセ様はバレスチカ子爵家の家令を務められている方です。
それはさておき、アーゼちゃんから男を誘惑するだけの色気がないと言われてしまいました。
その発言から彼女が冗談ではなく本気であたしを売るつもりなんだという事実を突きつけられる事となってしまい、泣きたい気持ちになってきます。
「まぁ今日のところは良いですわ。ベッドの上に上がって目を閉じなさい」
「使用人のあたしがご主人様のベッドに上がるなんて」
「わたくしの言う事が聞けませんの?」
有無を言わさぬ一声に押され、あたしはおそるおそるアーゼちゃんの使用されているベッドに上がり、中央で仰向けに寝転んで目を閉じます。
普段寝床として使わせてもらっているソファーより心地良い感触が背中に伝わります。
これからどうなってしまうのでしょうか?
パチン、と部屋の明かりを消す音が聞こえました。
程なくして衣ずれの音が聞こえてきます。
そして十数秒後、あたしの身体に何かが被せられました。
被されたそれはふんわりとして柔らかく、暖かみを感じます。
そして––––
「……アーゼちゃん!?」
最初に感じたのは滑らかで柔らかい皮膚の感触と少し低めの体温。
思わず目を開けるとそこにはあたしの腕に抱きつく、細かい装飾が施された黒の下着のみを身に纏ったアーゼちゃんがいたのです。
どうやら先程身体にかけられたのは羽毛布団だったようでした。
「ちょっと、何勝手に目を開けていますの!……まぁ良いですわ。もっと端の方に寄りなさいな。わたくしがベッドから落ちて怪我でもしたら責任取れますの?」
「あの、どうして?」
「うるせー抱き枕ですわね。わたくしが『枕』にすると決めた以上、これからあなたは飽きるまでわたくしの抱き枕なのですわ!」
抱き枕?
それってつまり……
「あたしは男の人に抱かれなくても良いんですか?」
「はぁ!?!?!?」
あたしの疑問に対してアーゼちゃんは低い声で唸るように返すとその綺麗な顔を憤怒の表情に染めました。
「ロゼ。誰なんですの?あなたを抱きたいなどとのたまったゴミは。今すぐそいつをぶち殺しに行きますわよ?」
「いえ、違うんです!あたしが勝手に勘違いしただけで、誰もそんな事は言ってません!」
慌てて否定します。
実際アーゼちゃんは半年程前にあたしを押し倒して◯辱しようとした男二人をころころしちゃった事もあるので、誤解をそのままにしておくと冗談ではすまなくなるのです。
「……そう。いいこと、ロゼ?あなたはわたくしの物よ。わたくしの目が黒い限り、あなたが男に抱かれる事など一切ないと知りなさいな」
「アーゼちゃん……」
ぎゅっと力強くあたしの身体が抱きすくめられました。
少しだけひんやりとしたアーゼちゃんの体温が心地良く感じます。
あたしはまだアーゼちゃんの下にいていいんだ。
そう思ったら安心したせいか緊張の糸がプツリと切れて。
あたしは意識を手放しました。
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ヒロイン、ロゼのイメージ(AI絵)です。
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