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第2話 今までの苦労

 俺は死んだ。あのトラックの速さを考えたらおそらく身体はバラバラになったことだろう。痛みは特に感じなかった。


 死んだことは確かに理解できる。しかし、今自分が置かれている場所は信じられない空間だった。


 右も左も、前も後ろも360度真っ白な空間。

その中に置かれている黒色のローテーブルとそれを挟むように置かれている茶色いソファ。この世のものとは思えないほど、不思議な空間が広がっていた。


「さぁ。かけなさい」


 ソファの横で戸惑っている俺に声をかけたのは全身を真っ白な布で包まれている白髭のおじいさん。


 見た目はサンタクロースそっくりの白人の爺さんだったが、纏っている雰囲気が只者ではなかった。


(俺は死んだはず。それにこの空間。ってことはこの爺さんは神か?)


「その通りじゃ! 私が神だ! 察しが良くて助かるぞ! ほっほっほ!」


「心が読めるのですか!?」


「当たり前じゃろ! 神なのだから! 心の中どころか、お前の人生の全てを知っておるよ! 風呂に入った回数とか、パンを食べた回数などもな……」


「ま、まじすか!? ちなみにパンを食べた回数は何回なんですか?」


「1872回じゃ」


「凄いですね! そんなに食べてたのか!? あの、じゃあラーメンを食べた回数もわかるんですか?」


「わかるが、今そんなことどうでもいいじゃろ! ラーメンを食べた回数を知ってどうする? まったくおまえさんは相変わらずじゃな! まぁいいから早く座りなさい」


「す、すみません」


 そう口にしながら俺は神が座っている向かいのソファに腰掛けた。


 昔から俺は気になる部分が人と違うらしく、周りの友達からは少し変なやつ扱いされてきた。今の神様の反応を見ると、そんな俺の性格も知っているのだろう。さすが神様だ。


「お前さん。自分が死んだことは理解できているな。だったら今の状況がどんな状況か、少しは察しがつくだろう」


 神様は含みをもった笑みを俺に向けてくる。それを見て俺はピーンとひらめいた。


「もしかして次に生まれる生き物を選ばしてくれるんですか? だったら僕はシャチがいいです! シャチになって雄大な大海原をのんびりと旅したいです! できたらタイプAのシャチがいいです! 1番大きい奴!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。まだ次の生まれ変わりの話とは一つも言ってないじゃろ。はやちとりし過ぎじゃ!」


「えっ? 違うんですか?」


 前に見た漫画で、生まれ変わる生き物を神に頼んでいたからそうだと思い込んでしまった。


「まぁまずは落ち着きなさい。これでも飲んで……」


 神様はそう言うと何もない空間から、コップを出した。中には茶色い液体が入っている。


 神様に促されるままに俺はその液体を飲んでみる。普通に麦茶だった。美味しい。


「凄いですね! 神様って何もない空間から麦茶を出す能力があるんですね!」


「神の力をみくびるなよ! 小僧!」


 神様はそう口にすると不敵な笑みを浮かべた。言葉とは裏腹に怒ってはいなさそうだ。


 神の右手が急に輝き始めたと思ったら机の上に次々とペットボトルの飲み物が出現した。烏龍茶、緑茶に加えて、ジャスミン茶まである。


「す、凄い!」


「こんな物も出せるぞ!」


 神様はどこか得意げだ。もう一度右手が光ると、ライオンやトラ、サイやゾウ、ダチョウからワニに至るまで様々な生き物が現れた。


「凄すぎる!!」


「まだまだ!!」


 次に出てきたものには本当に驚いた。


 新幹線、ヘリコプター。そしてジャンボジェット機。あまりの光景に空いた口が塞がらなかった。


「はぁはぁ。どうじゃ!!」


「お見それしました。神様はやっぱり神様なんですね」


「ってちがーう!! そういう話がしたいんじゃない! お前さんと話していると、なんか調子が狂うな」


 神様は俺の麦茶以外、出現させた全てのものを消した。そして自分の分の飲み物を出現させ、それを口にした。匂いからしておそらくコーヒーだろう。俺ももう一口麦茶を口にした。やっぱり美味しい。


「ふぅー。それでは本題に入るしよう」


 神様は長く息を吐くと、俺の目をじっと見つめてくる。


「母親の介護。よく頑張ったな」


 神様のから発せられた一言で思わず涙が込み上げてきてしまう。


「部活もやらず、友人とも遊ばず、勉強や仕事以外の時間は全て母親に注いでいたな。立派だったぞ」


(あー。やっぱり神様は神様だ。全部知っててくれてるんだな……)


 俺は流れ落ちる涙をどうすることもできず、しばらくの間泣き続けた。神様はそれ以上は何も言わず俺のコップに再び麦茶を入れてくれていた。


 俺はいわゆるヤングケアラーと言うやつで、小学生の6年生の時に母さんが半身不随になってしまってからはずっと介護をしてきていた。父親はすでになくなっていて、他に兄弟もいなかった。


 神様の言う通り、部活の時間も友人と遊ぶ時間も俺は全てを母親の介護に注いできていた。


 5年前に中学を卒業してからは、工場でのライン作業と母さんの介護をなんとか両立してきた。


 正直、苦しくて仕方がなかったけど大好きな母さんのために必死で耐えてきていた。


 その気持ちを神様が全部分かってくれていることを知り、どうしても涙が止まらなかった。


 その母さんも三日前に亡くなってしまった。

トラックに引かれたのは火葬が終わった帰り道だった。


 しばらくしてやっと心が落ち着いてきた。顔をあげ、神様を見ると、神様は真っ白な空をただ見上げていた。


「すみません。感情的になってしまって」


「んっ。かまわんよ。お前さんはそれだけ頑張って来たからな」


「それで、僕が今、神様とここに居るのってどうしてなんですか? なにか訳があるんですよね?」


「死んだ時のことを覚えているか?」


「はい。小学生を突き飛ばしたんですよね。あの子は無事ですか?」


 母を失った喪失感にうなだれながら歩いていると、横断歩道を渡っている女子小学生にトラックが突っ込んでいくのが見えた。


 特に考えたわけではない。思わず駆け出した俺は少女を突き飛ばしていた。


「お前のおかげでな! とんでもなく勇気がある行動じゃっだぞ!」


「そうですか。良かったです」


 少女を助けることができたのならあの時の行動に後悔はない。でも、


(一度ぐらい恋愛をしたり、友達と遊んだりして楽しんでみたかったなぁ。周りのやつらと同じように……)


 そんなことを考えていると神様が穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「できるぞ! お前がしたいこと全て!」


「えっ?」


 神様は再び不敵な笑みを口元に浮かべた。


 


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