有能な侍女(仮)
とある国の第二王子は非常にぐうたらな性格をしており、無気力な王子様と呼ばれている。そして、その婚約者は他人に少しも興味のない令嬢で、無感動無関心なお嬢様として社交界では有名だった。
そんな無感動無関心なお嬢様に仕えている侍女もまた、少し不思議な女性であった。
お嬢様が羨む豊満な胸を持ち、複数の連載を抱える売れっ子作家。それでも侍女としての責務を怠ることはない。
有能な侍女だと周りは言う。きっとその言葉に間違いはないのだろう。
しかし、彼女の主は言った。
「お金への執着がひどい」
とにもかくにもお金第一主義の侍女の、副業の一つがこれだ。
この国の第二王子であらせられるセシル様と、我が伯爵家のご令嬢レア様の出会いは、セシル様が八歳、レア様が五歳のとき。セシル様の二歳上の兄イザヤ様の婚約者選びという名目のお茶会だった。
当時の私はセシル様と同じ八歳であり、幼馴染でもあった。とはいえ、私はセシル様のお母様 ─ つまり王妃様 ─ に仕えている執事長の娘という立場だ。身分は世界一の山の高さほどの違いがある。恐れ多くて軽口なんてとてもじゃないけど叩けない相手だ。もちろん本気でそう思っている。嘘じゃない。
「相変わらずこの趣味の悪い部屋は健在なんですね、気持ち悪い」
思ってはいるけれど、それが上手く機能しないところが幼馴染の幼馴染たるゆえんだろうか。私のあまりの口の利き方に、セシル様にお仕えしている護衛騎士の顔色が悪くなったけれど、気づかないふりをした。
「君は立場が上の者を敬うという精神を、母親の腹にでも置いてきたのか? 失礼が過ぎるだろうが。さっさとよこせ、その姿絵」
「はあ? そんな上から目線の男に差し上げる姿絵などありません。そもそもこれは、私のお金で私がいただいたレア様の姿絵です。なぜクソ王子に渡さなければいけないんですか、クソ王子」
「なんで二回言ったんだよ、この守銭奴侍女め!」
「そんなの、大事だからに決まっているでしょう? ハンッ、そんなこともわからないんですか?」
一触即発。あともう一往復したらきっとお互いに手が出ると思われる。目には見えないが、お互いの間には火花が散っていた、確実に。
「うん、もういい加減にしようか、二人とも。王太子である僕が同席していること忘れてるよね?」
パンッと手を叩いて、王太子イザヤ様が仲裁に入った。彼は我々の良心だ。子供の頃は彼が優しく微笑んで「セシルとも仲良くしてね」と言ったから、このクソ王子と幼馴染として付き合ってきたところがある。
「兄ちゃん、エミリアが俺に対していじわるするんだけど!!」
「権力に頼るのはよくないと思いますよ、セシル様」
「それ、俺に持ってきたんじゃないのかよ」
「いえ。ただの自慢ですが?」
「冗談だろ……まじで性格悪いな、相変わらず」
「あなたにだけは言われたくありません」
「俺は性格は悪くねえよ」
「寝言は寝て言ってもらえます? 」
「セシル! エミリア! そこまでだ」
王太子然とした態度でイザヤ様が我々を制止した。
「エミリア、セシルにいじわるするのは止めてあげてね。セシル、エミリアに協力してもらっているんだよね? そういう態度はよくない」
イザヤ様の目は真剣だった。本気で我々を諫めようとしている。
確かに私たちは本当に仲が良い無二の親友というわけではない。だけど、本気で揉めているわけでもなかった。子供の頃から気心の知れた、いわば悪友のような感じなのだ。広義に解釈するのであれば、ふざけあっていると言えなくもない。
(うーん……イザヤ様、本気で仲が悪いと思っているのか? それとも……)
王太子なだけあって、その真意は読めない。いつだってニコニコ笑っていて、悪意を感じたことはなかった。
「……悪かったよ、エミリア」
お姉さま二人と兄には勝てないセシル様が、ふてくされた顔で謝ってきた。王族が簡単に頭を下げてはいけないと、チクチク嫌味でも言ってやろうかと思ったけれど、イザヤ様の手前、私も素直に謝ることにした。
「こちらこそ、大変失礼いたしました。もちろんこの姿絵はセシル様にお渡しいたします。金貨二枚で」
「……金は取るんだな?」
「それはもちろん」
「ブレないね、エミリアも」
「お金は大事ですからねー」
こちらだって大枚をはたいたのだ。そこはきっちりと回収する。ほんの少しの色をつけて。
(相手は王族だし大丈夫でしょう)
毎度あり! と笑顔で金貨を受け取り、私はレア様の姿絵をセシル様に渡した。
「すごいよな、これ。見たものをそのままに映せるんだろう?」
「そのようです。レア様発案の魔道具です」
私が自慢げに胸を張ると、なぜかイザヤ様と護衛の騎士様が目をそらした。もしかしてこの無駄にデカい胸が揺れたのがよくなかったのか? と考えていたら「まかさレアも……」というイザヤ様の嘆きが聞こえた。
「レア様がどうかされましたか?」
「エミリア……もしかしてレアも魔道具の開発に関わっているのか?」
「ええ。たまに、ですけど」
実は私と二人で前世の知識を使い「こういうものがあればいいな」という希望をなんとか魔道具に落とし込んでいた。なので、どちらかと言えば便利家電のようなものが多い。おそらくイザヤ様はセシル様が開発した透蝶のようなヤバいものを想像しているのだろう。しかし我が伯爵家にある魔道具は主にオタ活用だ。あとはスイーツづくりや時短料理で使う便利グッズ。どこまでも趣味に特化していた。あの変態王子と一緒にしないでほしい。
「我が家にあるのはいずれも生活をより豊かにするためのものですよ。国に害が及ぶようなものはありません」
「それならいいんだけど」
「レアも魔道具の開発に携わっているのか! やっぱり俺たちはお似合いだと思わないか?」
「思いません。が、小説のネタとしては最高です」
「そういえば、続きはできたのか?」
「あともう少しお待ちを。次のお茶会までには必ず!」
レア様には次回作にレア様とセシル殿下のドエロ小説と伝えているが、実はすでにこっそり連載を開始していた。
王宮には無料で配られる小冊子 ── 前世でいうフリーペーパー ── があり、その一角に載せてもらっている。大きな声では言えないが、その小説は噂が噂を呼んで、王宮内では空前の大ブームになっていた。貴族だけでなく、使用人や料理人、業者など王宮に頻繁に足を踏み入れる者たちにまでその話は浸透している。レア様にバレたらたぶん殴られるやつ。まあレア様は腕力が幼児並なので、あっという間に反撃できてしまうのだけど。
「小説……ああ、もしかして……あの王宮で流行っているエロい小説はエミリアが書いたものなのか? 著しく王宮の風紀が乱れているんだけど」
「さすが王宮ですね。性に貪欲でいらっしゃる」
「エミリア!」
「すみません。でもあれが私の作風ですから」
「妙に生々しくて直視できなかったよ」
「イザヤ様も読まれたんですか?」
「検疫もかねてね!」
妙にとげとげしい言い回しだった。たぶん見た目よりずっと怒っている。それでも没収にはならなかったし、注意もされなかった。
「ギリギリだからね! 今回はギリギリ許したけど、次はないからね」
つまりもう少しぼやかして書けと。私はそう判断し、次に書くときはオブラート三十巻きくらい濁して書いていきたいと思う。ドエロ小説を。
「そこじゃない。真綿には包んでもらいたいけど、配慮してほしいのはそこじゃないからね、エミリア」
イザヤ様のその声は、私の耳には届かなかった。