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無気力な第二王子(仮)

 とある国の第二王子の婚約者は他人に少しも興味のない令嬢だった。

 驚くほど無関心、そして無感動。人の悪意に鈍感なうえに、人の好意にも疎かった。とにかく通じない。悪意も好意も。のれんに腕押し、ぬかに釘といった感じで、まるで手ごたえを感じないのだ。

 そんな難攻不落のお嬢様に誰もが匙を投げた。しかし、無気力な王子様という二つ名を持つ第二王子だけは違った。

「そういう子を陥落させるのって楽しそうだよね」

 当時八歳の王子様はそう言って笑った。

 大人たちは深く考えるのは止めにして、割れ鍋に綴じ蓋のようなふたりを見守ることに決めたのだった。






「父上たちの判断は正しかったのか、間違いだったのか……」

「なに、急に?」

「いや、お兄ちゃんはお前の行く末が心配でね」

「心配しなくてもちゃんと兄ちゃんを支えていくつもりだけど?」


 婚約者のレアとも順調だしね!とウィンクをしながら言うと、二歳上の同腹の兄イザヤは「気持ち悪いからやめてくれ」と渋い顔をした。解せぬ。

 無感動無関心なお嬢様と言われるレアと出会ったのは八歳のときだった。その頃の俺はすでに無気力な王子様という評価を世間どころか身内からも受けていた。わずか八歳にして隠居した祖父である前国王と同じような落ち着きだと言われ、それが王の器からくるものなのか、はたまた馬鹿王子と言われる類なのかと、論争になったくらいだった。暇人どもめ。

 自分で言うのもなんだが、俺はどちらかといえば優秀な部類に入ると思う。少なくとも座学に関しては、同腹の兄より上だった。だが、どちらが王の器かといえば、それは間違いなく兄である。なので俺は、無気力な王子様と評価された日からずっと、やる気のない王子様を演じていた。変に跡目争いに巻き込まれるのは面倒だし、何より日課であるレアの観察ができなくなるのは困る。こういう意味でも俺は王の器ではないのだ。だから俺のこの行動は、ある意味では正解だと思う。


「お前のそういうところ、僕は心の底から怖いとよ。お兄ちゃんびっくりだよ」

「え? なにが?」


 今日もせっせと集めたレアコレクションの整理をしていると、イザヤが話しかけてきた。わざとらしく肩を震わせて怖がる仕草を見せているが、すでに怖がる段階は過ぎたらしく、今ではすっかりあきれていた。


「うーん……自覚がないところが一番の問題だと思うぞ、セシル。ところでさ、今さらなんだけど……この部屋はなに?」


 何度かこの部屋に足を踏み入れているとはいえ、深く聞くのはやはりためらいがあると、イザヤは言った。俺からすればこの部屋なんて、見たままの部屋なのだから深く語ることなどないと思うのだけど。


「見てわかるでしょ? レア(の観察記録を展示収納する)部屋だよ」

「えっと……、そんな『こんな当たり前のことも知らないの?』みたいな目はやめてくれる? 言っておくけど、セシルの常識はこの世の非常識だからね!」

「は? そんなわけ……ない。イザヤはちゃんと勉強したほうがいいよ」


 みんなやっていることだと、姉たちが口をそろえて言っていた。婚約者のことはちゃんとよく知っておかなきゃ駄目よ、と。だからこそ俺は、日々レアの観察を続けている。


「アンナとディナはそういう意味で言ったわけじゃないと思うけど……ああ、駄目だ。うちの弟はもう駄目だ。もはや駄目王子は演技じゃない。事実だ」

「失礼すぎない?」

「それより、これは一体どこで手に入れたんだ? まさかと思うが、犯罪じゃないよな? やめてくれよ、王太子の身内……しかも弟が捕まるとかそういうのは僕的に非常に困るからやめてくれよ」

「こういう品に関してはエミリアが持ってきてくれるんだよ。取材の一環でさ」

「取材ってなんの?」

「で、観察日記に関してはこの魔道具が……」

「え、流された? お兄ちゃんの話聞いてる? ていうか、待って。魔道具!?」


 そう、魔道具だ。

 まだ小さかったころは、王室お抱えの魔導士に頼んでいたけれど、次第にいちいち頼むのはまどろっこしいなと思うようになった。というより、自分の想像通りの魔道具を作れるのは自分しかいない! と気づいた。そう思った瞬間から、俺はレアの観察のかたわら、魔道具の開発をするようになっていた。

 そして、現在に至るというわけだ。


「その努力をもっと別のことに使ってくれるかな?」

「俺の魔道具はかなり優秀だよ。最近ではうちの魔導士たちに意見を求められたりするからね」

「……本当にセシルは優秀だな。お前が第一王子じゃなくて心の底から良かったと思うよ。あやうく国が滅びるところだった」


 さすがにそれは言い過ぎだと思う。俺は優秀だけど、決して強いわけじゃあない。滅ぼしたくてもそんな力はない。


「それより聞いてよ! 最初はさ、レアに贈り物と称して音声や映像を記録できるアクセサリーを渡していたんだけど、それだと見ちゃいけないところまで記録されたり、服によってはそのアクセサリーを使わなかったりと記録にムラがあってさー」

「それはギリギリ駄目なやつじゃないか? レアに怒られるやつでは?」

「そんなヘマはしないよ。それでね、俺としてはトイレやお風呂みたいな無防備な瞬間まで観察したいわけじゃあないからさ、」

「その配慮は偉いと思うよ……でも、僕としてはその先はあまり聞きたくないな。なんか非常に危険な香りがする」

「大丈夫、大丈夫。伯爵の許可は取ってあるから!」

「……その外面の良さも駄目なところだからね! 何度も言うけど、お前が跡取りじゃなくて本当に良かったよ」


 多少性格に難があっても、コミュニケーションの能力は悪くないと思う。あの二つ名のおかげで相手がかなり油断しているため、良い感じで俺のペースに持っていけるところがいい。相手が勝手に自滅するのだから、こちらとしても痛くない腹を探られずに済むので非常に助かっていた。


「外交は任せて!」

「任せられる要素、今のところ皆無だけどね」

「俺、信用なさすぎない? でも俺にはこの魔道具もあるよ!」


 そして俺は、歴代で最高傑作の魔道具を取り出した。


「……これ、なに?」

「レアをこっそり観察するためだけに開発したけれど、意外と他にも使い道あるんじゃん! となった魔道具〈透蝶〉だよ」

「盗聴?」

「透明な蝶で、透蝶。この透けている素材で出来ている蝶は音声だけじゃなくて映像も記録できる優れもの。しかもかなり大容量。光の加減でキラキラするけれど、ほぼ透明で見えないから気づかれる心配もない。正直、開発しているときは、いかにレアに気づかれないかだけしか考えてなくて……、」


 出来上がっていざ使ってみたら、もしかしてこれは一国家を転覆させられるレベルの魔道具なのではないかと、そこでようやく気がついたのだった。


「まあ、おかげでこんなにたくさんあるんだけどね、レアの観察記録」

「………ほ、ほどほどにしてくれ。僕が国王になるまでせめて国は残っていてもらいたいからさ」

「それは大丈夫。俺だってレアが愛しているこの国を滅ぼしたりはしないからさー」


 悪いけど信用ならないと、イザヤは声を大にして言った。そして今すぐ家族会議が必要だからアンナとディナを呼んでくるよう指示を受けた。


「家族会議?」

「いいから。お前は深く考えず今まで作った魔道具の一覧を持ってきなさい」

「……はい」


 よくわからないけど、これはたぶんお説教だと思う。一体どれが良くなかったんだろうか? 考えてもわからない。

 しかし、これまでの経験上、兄と姉に逆らってもロクな目に合わないことはわかっている。だから俺はおとなしく兄に従うことにした。

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