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無感動無関心なお嬢様(仮)

 とある国の第二王子は非常にぐうたらな性格をしていた。

 驚くほど覇気がない。そしてやる気がない。加えて活力がない。全部同じ意味なのでは? なんて言ってはいけない。もちろん、同じ意味だ。

 とにかく日がなぼんやりして過ごしている無気力な王子様だった。しかし、幸か不幸か、彼にも婚約者というものが存在していた。

 彼の婚約者は、他人にまるで興味のない非常に無感動無関心な人間であった。

 それを見た誰かが言った、割れ鍋に綴じ蓋ではないか? と。彼らの両親も口にはしないものの、ひそかにそう思っていた。

 これは、そんな田舎の領地で老後を迎えた夫婦よりも凪いでいる二人の、内に秘めた〝闘志〟のお話である。






「エミリア。何なの、そのナレーションは?」

「最近、市井で流行っている大衆小説の書き出しを真似てみました。私、これからレア様とセシル殿下をモチーフにしてロマンス小説を書いていこうと思っているのです」


 昔取った杵柄、というやつですよ! とエミリアはどーんっと胸を張った。彼女の平均よりも大きな胸が、ひと際大きく揺れるのを見せつけられ、私はぐぬぬと唸る。


「巨乳許すまじ……」

「え、そっち。そっちなんですか? 今、私おっぱいの話とかしてました? レア様と殿下のお話ですよ? そのことはいいですか?」

「別にいいわよ。二次創作でしょ、所詮。同人誌だと思って受け入れるわ」

「レア様は懐が広い! 太っ腹! 腹も胸も出ていないけど」

「胸は余計よ! クソがッ! なぜ……なぜ、せっかく美人な貴族令嬢に転生したのに前世と同じでつるペタなの!! 巨乳なんて言わない。せめて人並みのバストがほしかった……トリプルAとかないわー。コルセットつけても谷間ができないとか殺意が芽生えるレベル」

「レア様、戻ってます、素に戻ってます。でもまあ……つるペタはきっとレア様が前世から背負った業です。甘んじて受け入れましょう」

「受け入れられるかー!!」


 ここが昭和の茶の間なら、間違いなくちゃぶ台をひっくり返しているところだ。そう、昭和の茶の間ならね。しかし残念ながらここはなんちゃって中世ヨーロッパ。中途半端に現代日本の文明を取り入れたファンタジーの世界だ。

 そして私には、この豪華絢爛なティーテーブルをひっくり返す勇気はなかった。伯爵令嬢とはいえ、根が貧乏性のため無理だった。

 さて、察しのいい方はすでにお気づきだろう。

 ここまでの息つく暇もないスピードの会話、わずか三十秒。〈オタク〉ならあるあるのスピードだ。この中世ヨーロッパの雰囲気にはまったく似合わない単語〈オタク〉

 そう…── なにを隠そう、我々は転生者なのだ。

 由緒正しい伯爵家の次女である私、レアは十七歳。蝶よ花よと大事に育てられてきた箱入り令嬢だ。もちろん表向きは、という枕詞がつく。

 転生前から筋金入りのオタクで、主にゲーオタとして生きていた。

 最初はもちろんコンシューマーゲームから始まり、PCゲームに手を出し、近年はどこでもできる手軽さからスマートフォンゲームも嗜んでいた。学生時代はゲームセンターに入り浸り、アーケードゲームに没頭していた時期もあった。

 ゲームジャンルもロールプレイングゲームにアクションゲーム。アドベンチャーゲームやシミュレーションゲーム、ストラテジーゲーム、レースゲーム、パズルゲーム、リズムゲームなど。逆に何をやっていないのかわからないくらい筋金入りのゲームオタクだった前世の私。言葉にするとだいぶヤバイ人間だと、しみじみ思う今日この頃。

 その中でも一番やりこんでいたのが、乙女ゲームだった。この世の乙女ゲームはすべてやりつくしたと言っても過言ではない。だから、うすうす気がついていた、この世界がどういう世界かを。ただ、これ!という決め手がない。だから今まで言及したことはなかった。


「そういえば、エミリアの小説は巷で大流行だそうね。あのびっくりするくらいのドエロ小説」

「どの世界でもエロ小説は好まれるものだとわかって安心しました。さすが人間の三大欲求のひとつです」


 私の侍女を務めるのはエミリア。私より三歳年上の二十歳。彼女もまた転生者だった。転生前の私との直接的な接点は無かったが、彼女は人気のライトノベル作家で、私は彼女の作品のファンだった。そして彼女はこの世界でも小説を書いている。


「ティーンズラブの域はもはや超えているわよね、これ。面白いけど」


 女性は貞淑であれ、と言われるこの世界でゴリゴリのR18指定の小説が流行るとは、本当に人間の内に秘めた欲求とは恐ろしいものだ。


「次回作も楽しみにしておいてください。レア様とセシル殿下のドエロ小説を書いてみせます!!」

「……ドエロは決定なのね」

「ラブラブ純愛物がいいですか?」

「どちらにしても捏造がひどい」

「そうでもないと思いますけどね」

「だって、殿下はこんなに私を溺愛はしていないでしょう?」


 エミリアが手にしていた次回作のプロットに目を通すと、セシルがかなりのヤンデレ設定になっていた。実際のセシルはいつだってアンニュイな雰囲気でこちらの話を聞いているのかいないのかもよくわからないくらい覇気のない男だ。このヒーローとはイメージに合わない。


「……そう思っているのはレア様と双方のご両親だけなんですよねー」

「え? なんて?」

「いえ、こちらの話です」


 エミリアはチベットスナギツネのような目でこちらを一瞥すると、プロットになにやら書き込みながら「レア様はどうかそのままでいてください」と至極真面目な声音でそう言った。

 正直、まったく意味がわからなかった。

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