1
──初めて、誰かの髪を綺麗だと思った。
二限の授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
騒がしい教室から逃げるように校舎の渡り廊下に出た。
東館と西館をつなぐ此処は唯一、屋根がない。真夏の炎天下、独りになるには絶好の場所だった。
イヤフォンを耳に挿す。適当に楽曲を選んで再生すると、生ぬるい風が木々を揺らしつつ頬を撫でた。
(あち〜)
音の海に身を委ねながら、なんとなくキョロキョロしていると、視界の右端で何かが光っているのに気づいた。
だんだんとこちらに近づいてくる。最初はボヤけていたそれが、徐々に輪郭を持ち、人の姿だとわかった。
(え?)
チカチカ瞬いているそれは、彼の腰まで伸びていて、繊細で、キラキラと太陽を反射して、そして、透明だった。
「おまえ、人間?」
思ったことがぽろりと口から出た。
どうやら彼の耳に入ってしまったらしい。彼は眉を顰めながらツンと歩みを止めた。
慌ててイヤフォンを外して言葉を探す。こちらが口を開くよりも先に、彼の口撃が始まった。
「じゃあ訊くけど、アンタにとって人間の定義って何?」
彼のじっとりとした視線が全身に絡みついてくる。額に脂汗が浮かんだ。
「えっと」
「答えられないんだ。じゃあ、俺もそういうことだから」
「何だよそれ」
「うるさいな。おまえ呼ばわりしてくる失礼なヤツに応える道理なんてないんだけど」
「あれ、おまえ呼ばわりしたっけ?」
「鳥頭」
「ひっでえ……悪かったよ、謝る。で、おまえの名前は?」
「……だから」
「ダカラ? 変わった名前だな〜」
ものすごい形相で睨まれた。まったく、冗談が通じないヤツだ。
「ごめんごめん、冗談だって。おれの名前はシマ。おま……えーっと、キミ……いや違うな、あなたは?」
「……タキ」
嫌そうな顔をしながらも教えてくれるのか。律儀にもほどがある。今まで出会った中にこんなヤツはいなかった。おもしろい。
(何より……)
タキの髪が風に揺れる。ほんのりシトラスが香った。
「タキ、これからよろしくな」
「イヤなんだけど」
「そんなこと言うなって」
馴れ馴れしくタキの肩を手をまわすと、パシッと振り払われた。
「てかさ、おまえはダメなのにアンタはいいの? どういう理論?」
「うるさい」
「ははっ!」
さっきよりは涼しい風が空へ向かって吹き抜ける。
退屈な日々がどっかへ行く予感がした。