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9.


「うーん、こりゃ酷いな」

 そう言う課長の渋面が、規則正しく並んだ蛍光灯の灯りと一緒に暗い窓に映り込んでいる。

 明日に街コンを控えた梓の空は、秋雨前線の影響で容赦ない荒天だった。

「ご祈祷したんですけどねえ……」

 同僚が呟くのは冗談でなく本気だ。


 生活の中に神社が溶け込む梓では、一般家庭でも、ことあるごとにお参り、お祓いの類を執り行う。

なにしろ街コンは初めての試みだから、観光課と観光協会の担当者、もちろん晴臣含むで、市内で一番ご利益があるという神社にご祈祷に行った。市内と言っても山間部にある、携帯の電波も時々届かなくなるような深山幽谷に存在する神社だ。

「まあ、天候には逆らえないですから、仕方ないですよ。そのためにフラワーパークコースも用意したんだし」

 応じつつ、椿の心は雨空と同様荒れていた。



 祈祷所で正座したとき、気がつくと晴臣が隣にいた。

 都会から来た男のことだ。ご祈祷なんてばかばかしいに違いないと思いながら盗み見た横顔は真剣だった。ひやっと、神域の空気よりもまだ一段、透明さを感じるほど。

「――また見てる」

「~~~~見て、ない!」


 見てた。

 気づかれていたのがバツが悪く、思わず祈ってしまったのだ。


 街コンなんて、ほんとに失敗すればいい。


 雨が降っても、開催は可能だ。だが参加者にしてみれば、晴れるに越したことはないだろう。なにしろスタンプラリーでは歩く。歩きやすい靴で、と参加要項に書いてはあるが、なにしろ自分を少しでもよく見せて売り込むためのイベントだ。絶対にサンダルや、濡れたら傷む靴でくる奴がいる。

 もちろん、雨はただの偶然だ。自然現象だ。そもそも「思ったより降水量が少ない」といったってそれは平均値の話で、肝心な日に降らない保証はどこにもない。


「……去年の城祭りの名入れタオルの残り、ありませんか。あの、明日足元拭いてもらうように」

「おお、そうだそうだ。地下の倉庫のどこかにあるよ。出しておこう」

「さすが椿くん、よく気がつく~」


 また褒められてしまった。

 違うんです。黒い願いをしておきながら、実際叶えられると罪悪感が沸いてしまう、中途半端な輩なだけです。

 もちろんそう説明するわけにはいかず、椿は黙ってキーボックスから倉庫の鍵を取り出した。



 そして迎えた当日。

 椿の罪悪感に反して、梓の空は晴れた。


 なんだ。気をもんで損した――身勝手にもそんなことを思う。

「椿さん」

「――はい」

 当の晴臣に声をかけられて、仕事の顔で眼鏡を押し上げる。一応、対外的な窓口になっているから、椿も終日帯同するのだ。

「課長さんから椿さんがタオル用意してくれてたって聞きました。有難うございます」

「死蔵しといても仕方ないから」

「はい。でも、気遣いが有難いので。みんなが出来ることじゃないでしょ」

「……ここの人たちがザルなんだ」

「はは」

 否とも是とも言わずに軽やかに笑う。手のひらで庇を作る晴臣の顔は、見上げる空以上に晴れやかだ。また見てる、と言われる前に目を逸らした。



「車が結構来ますから、気をつけてください」

 参加者を駅から船着き場まで誘導し、船に乗せる。あとは頼んだ、と目配せすると、被った笠をほんの少し上げて龍介が応える。

 船の定員は決まっているから、椿は各所と連絡を取ったりしながら待合所で待機する。 

 戻ってきたところで「お疲れ様でしたー」と地図を渡しながら対峙する参加者の顔は、朝集合したときより明らかに華やいでいた。

「船めっちゃ楽しかった」 

「ねー、急に屋根下がって来たときはどうしようかと思ったけど」

「焦りましたね、あれ」

 女性参加者が盛り上がる中に、男性参加者が自然に入っていけている。ハプニングの共有は、晴臣の狙い通りお互いの距離を縮めるものらしい。

 ――たった小一時間で。

 

 無意識のうちに晴臣のほうを見てしまっていたらしい。晴臣がこちらを向いてにこっとする。

「まだスタンプラリーの詳細地図もらってない方いませんかー」

 椿は地図を配るふりでその笑顔から目をそらした。


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