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36.


「――ッ」

 熱めのそれに思わず息を呑む。いや、体が冷えているから熱く感じたのかも知れない。しばらく痛みのような感覚に堪えながら打たれる。

「指、感覚戻ってきた」

 狭いブースの中、無言でいるのも気詰まりでそう漏らすと、ふう、とため息が肩口に触れた。

「……椿さん無茶しすぎ。びっくりするでしょ、もー」

「お、おまえだって」

「俺は椿さんより筋肉あるからいいんです」

 寿命縮んだ、と呟いて、肩に額を押し当ててくる。

 急速に縮められた距離に戸惑いながら、押し返そうとは不思議と思わなかった。


「……だって好きな人と最高の思い出作ろうってしてる人たちのこと、なんとかしてやりたいって思ったんだ。……俺はだめだったから」


 自分でも掌を返しすぎだ、とは思う。街コンにのこのこ出てくるような連中なんて皆滅びよ! と思っていたのに。


 だけど、実際会った彼らはみんな一生懸命だった。一生懸命で、そして、梓にまたわざわざ来てくれたりするのだ。 

 それにあれは、晴臣のからんだ企画だから。せっかく押し通したのに、トラブルがあればまた「やっぱりやるんじゃなかった」と言われてしまう。わずかな瑕瑾が、むこう十年も二十年もずっと語られ続けるような田舎なのだ、ここは。


 それが嫌でここを出て行ったのに、いつの間にか自分もそちら側になっていた。

 どうせ失敗するなら、踏み出さないほうがましだと。

 だけど晴臣がやってきて、風が吹いた。

 始めはただ胡散臭いだけだと思っていたその笑顔が、曇るところを見たくなかった。

そうだ。

熱に魘されている間も、理不尽な上司と対峙してる間も、戻って以来あんなに梓の曇天のように重く心にのしかかっていた佐久間のことを、自分は少しも思い出さなかった。

考えていたのは、ただ。


――そこまでの本心は口に出来ずにいるうちに、晴臣は額を肩口にぐりぐり押し当てて来る。

「ちょ、痛、」

 子供のような仕草を振り返って諫めようとしたとき、顎に晴臣の指が触れた。いいんですと言っていたくせに、まだ冷たさが残っている。

ひやっとするそれに気を取られているうちに、ぐい、と抱き寄せられた。

「――、」

 指よりももっと冷たい唇が、唇に触れる。

 反射で逃げる体を晴臣はタイルの壁に押しつけて、執拗に唇を吸った。

温泉で耳の中をいいように蹂躙した舌は、口腔ではより奔放に振る舞う。椿のそれがこわばっているのをいいことに絡め取ると、唾液を分け与えるようにねぶった。


 濃密に濡れた水音が、体の中で響く。


 まるで椿の体温を奪って燃え上がったかのように、晴臣の唇が、そして指先が熱を持った。

「ん……ふ……っ」

 同じように凍えたはずなのに、ずいぶん器用な舌先で上顎をくすぐられると、喉の奥からくぐもった声が漏れてしまう。

 それに興奮を煽られたのか、晴臣がぐっと腰を押し当ててくる。

 あまりの熱さに、我に返った。

「――!」

 なんとか身を捩って、晴臣の口づけから逃れる。

「椿さん?」

「やだ」

「――すみません、でも」

 椿はかぶりを振った。濡れ髪から水滴が滴る。

 嫌なのは、晴臣がじゃない。

「怖いんだ。――また、誰かを信じて裏切られるのが」

 でも、あのまま立ち止まっているのも嫌だった。いつの間にか自分の中に吹き込んだ風が――こいつが――雲の向こうに晴れ間があると、見せつけてくるから。

 相反する気持ちが足を竦ませる。晴臣はなにやら複雑な顔をして「信じて、かあ……もっとちゃんとした言葉くれてもいいと思いますけど」などと呟いている。

 それから不思議そうに訊ねた。

「そもそもなんで裏切る前提なんですか」

「だ、だって、東京に、恋人が」

「は? 誰の?」

「おまえの」

「いないですよそんなの。え、待って。俺ちゃんとあなたに言いましたよね? 好きですって」

「だ、だって」

「だって?」

「あ、――愛してるって、電話」

 あんなに、親しげに。喧嘩をしても許される距離感で。

 晴臣は虚を突かれたように固まり――そして、生まれて初めて濃茶を飲まされた小学生みたいに渋い顔をした。



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