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30.


 自分が無縁だから咄嗟に考えが至らなかった。

そもそも婚礼というものは、もっと時間をかけて準備するものだろう。下手をすれば年単位で。

梓のような旧態依然とした街なら、なおさらだ。


「……なんとかならないんですか?」

 なにかもやもやしたものを感じながら、もう一度訊ねる。

「だって、もう決まっちゃったんでしょ? そうお話して帰っていただくしかないでしょう」

 言葉が通じないと油断しきって声を潜めもせず、悩むようなこと? とでも言うようなこちらの課長の口調が癇に障って、つい強めに声が出た。

「サイトにはまだ募集終了のお知らせ出てなかったんですよ」

「そうなの?」

 課長が観光協会の上司の顔を振り返る。

「あー、はい、これから」

「あちゃー。まあでもどうしようもないよね」

「ですよね。なにしろ前例がないことですし……」

 ああ、まただ。「前例がない」か。「関東でやってる」にほいほい乗っかって企画を見切り発車したはいいが、いざとなるとまたこのカードを切ってくるのか。

 そう言っておけばみんななんとなく納得して黙ってしまう。魔法の言葉。

 正直なところ、椿自身市役所勤めになってその言葉に助けられたこともあるのは、否めない。

  佐久間のことがあって無気力だった頃、ただルーティンで仕事をこなす日々は確かに楽だった。  新しい戸籍閲覧システムが導入されるかも、という動きが「前例がない」「予算がない」で立ち消えになったとき、ほっとしたことだってあったのだ。

 これ以上、なにかに心を煩わされずに済む、と。

 そんな中三年目でご縁巡り課に配属されたのはイレギュラー中のイレギュラーだった。


  ――でも。

 初めての街コンは成功した。

  あの日見た夕焼けの、時間を忘れるような美しさ。

 たなびく雲さえ朱色の濃淡に染め分けて、彩りに変えて。


  城の公園から見ていた曇天とつながった、同じ空のはずなのに、たった三十分、場所と時間を変えただけで見えるものはまったく違った。

 それが、わかるようになったのは――


「それは今回が初の取り組みなんだから、当たり前じゃ……」

 なんのための新企画だ。街の活性化のために「前例がある前例のないこと」をやれって?

 結局いつもそうだ。彼らの言う「新しいこと」なんて「俺の気に入る範囲の目新しいこと」に過ぎない。今までの自分のやり方を大きく変えるような、痛みを伴うやり方なんて、どうせ誰も望んでない。

それがこの梓で生きるということだ。

そうだ。

俺だって、そんな梓に不満を持ちながら、ずっと甘えてきた。

「すみません」

 そっと声をかけられた。王だ。

「私たち、もう失礼します」

「え――」

「そうですか。いや、ほんっとに申し訳ない。せっかく来て頂いたのに。そうだ、観光協会さんのほうでお土産のクーポンとかあったでしょう。あれ、差し上げて」

「もちろん! ちょっと待っててくださいね、すぐお持ちしますから。早坂君、とってきて! 椿くんはもういいよ。どうも有り難うね」

 上司ふたりは、明らかに緊張をほどく。

 晴臣は是とも否とも言わず唇を噛むと、そんな彼らから目を逸らした。

 ――え?

 晴臣らしくない。

 いや、こいつがどんな奴かなんてすべて知ってるわけじゃないけど。誰かに「愛してるよ」なんて言ったあと、すぐに口説いてくるような奴だけど。

 考えてみれば、さっきから様子がおかしかった。ちらちらとこちらにうかがうような視線をよこしていた。それは晴臣だけでなく、観光協会の上司もだ。

 なんだか妙におどおどして、晴臣とも、自分とも目を合わせようとしない。

 それで悟ってしまった。


 ――朝一番で決まったって、ほんとか?


「――」

 椿はあらためて自分のスマホで婚礼舟のサイトを開く。素早くスクロールして隅から隅まで目を通すが、締め切った旨は当然、同性が駄目だなんてどこにも書いていない。当たり前だ。晴臣がいる以上、そんなことが書けるわけがない。


 でも、実際には――迷惑だと思ってる。


 このまま王と李に、なんとか帰って欲しいと思っている。


 街コンのサイトのリンクがまだ残されている。そのバナーには、笑顔の晴臣の写真と記事だって残されているっていうのに。

 ――客寄せパンダに利用するだけ利用して、実際同性の希望者が来たら駄目だなんて、そんなの――


 ――助けてって、これか?


「早坂さん」

 観光課に戻るふりで、クーポンを取りに向かう晴臣に追いついた。

「もしかして、俺が来なかったらそちらの上司はおふたりを話も聞かずに帰すつもりだった? 言葉が通じないのをいいことに?」

 表情を上司に読まれるのを危惧しているのか、晴臣は唇を最小限だけ動かして応じる。

「……そうです」

 やっぱりか。

 それをなんとか押しとどめて、こっちのロビーに誘導して、そして自分を呼んだんだろう。

「……俺、急ぎ過ぎだったのかな」

 呟く晴臣の横顔は無念そうに歪んでいた。

 正真正銘、初めて見る顔だ。椿がどれだけ重箱の隅をつついても、タクシーが夕日ギリギリになろうとも、奴の飄々とした顔が崩れることはなかったのに。

 こちらでの生活にすんなり馴染んだ晴臣だ。街コンも成功させ、今回も、と思っていただろう。そもそもライバルの市には存在しない、オープンゲイであることを「売り」に採用されたのだ。そこへ来てこの手のひら返しは、今までが順調だっただけに堪えたにちがいない。

 ――俺が来たところで、話を聞くくらいしか出来なかったわけだけど。

 自分はなんの決定権も持っているわけではないのだ。

 それでも、他にすがれるものもなく、思い浮かんだのが俺、だったのか?

わざわざ受付からの電話だったのも、自分の番号が出たら俺が出ないかもと思って?


……俺が、もう関わるなとか、言ったから。


 後悔と羞恥で血が沸騰する。次の瞬間それは急速に冷えて、目眩にも似たものに変わる。

 さっき晴臣がなにか話しかけて来ようとしてたのも、それを伝えたかったんだろう。

あのタイミングでなら、まだ話の持って行き方があったかもしれないのに――自分の迂闊さを呪う。

ちら、と伺うと、上司たちはまだ来客用のソファに腰掛けていた。一応、晴臣が戻ってくるまで王と李を置き去りにしてない程度の分別があるのは結構だが、監視されているような気がして、これ以上晴臣と立ち話を続けるのも憚られる。

  実際、もういいよと言われたのは後ろめたさと牽制だろう。


 視界の隅で、しばらくお互いを慰めあうように身を寄せていた王と李が、ゆっくりと立ち上がった。

「私たち、クーポンいらないです。次の予定もありますし、もう帰ります。お邪魔しました」

 嘘だ、と思った。言葉が通じなくたって、誰だって、この微妙な空気は感じ取る。それなのに「次の予定が」なんて気遣いまでさせて。

 俺は、なにもせずこのまま見送ることしか出来ないのか? こんなに懸命な人たちにーー


「待って!」


 気がつくと、自分でも予想外の強さで叫んでいた。

「椿さん?」

 すぐ隣で、気圧されたように晴臣が目をしばたかせている。

「おふたりに乗ってもらいましょう、婚礼舟」

「つ、椿くん?」

 上司ふたりの顔には困惑が乗っている。ああ、この顔。少しでも慣例からはみ出したら向けられる顔。

 うんざりしながら、俺もそこから逃げ出せなかった顔――

「……もう決まったって、本当なんですか。仮にそうだったとしても、午前と午後、二回舟を出すとか、調整しましょう。交通整理関係はこっちに任せてもらって。ね、課長」

 急に話を振られ、課長の目が泳ぐ。

「い、いや、同じ日にそういうイレギュラーなことがあるっていうのは、ちょっと。親御さんだって、ねえ」

「うん、そう、初イベントだし、やっぱり最初は普通の」

「――イレギュラー?」

 自分で口にしながら、自分の声ではないような気がする。頭と感情との連携がうまくいってない。

 そして、感情が爆発した。

「同性婚てことがですか? 同じ日に同性が結婚してたら、なにがいけないんです? しかも既に決まってるカップルの方々じゃなくて、その親御さんがってなんなんです? 応募してくるのはご本人たちでしょう。だったらご本人への確認だけでいい。だいたい、普通ってどういうことですか。おふたりが普通じゃないとでも?」


 普通ってなんだ。

 高校生の頃から見合い話を持ち込まれるようなことがか?

 知らない人が自分のことを全部知っていることがか?

 知らない人に笑顔で子作りを奨められるようなことがか――


「子供は――俺たちは親のために結婚するわけじゃない! 誰かの普通を満足させるためなんかじゃ!」


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