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23.


 幸福な大学時代はあっという間に過ぎる。椿は就活のシーズンを迎えていた。


 就職先は、当初の予定通り東京で探す。楽観はできなかったが、なにしろ少子化だ。田舎ではマイナスでしかないそれが、都会の学生にとっては有利に働く。

 ともかく、なるべく忙しくて、梓の近くに支店がないところ。それが重要だ。

 万が一にも転勤などで梓の近くに配属されてしまったら、元も子もない。椿は目を皿のようにして会社概要はじめとする就活資料を読み漁り、セミナーに熱心に通った。


 仲間内の女子生徒がひっそり声をかけてきたのは、そんな最中のことだ。


「月森君、最近佐久間君と会ってる?」

 久しぶりに顔を出した大学でそう言われたとき、椿の心臓は夕立の最初のひと粒のように、大きく跳ねた。

 それはほかでもない、椿が、ちょうど佐久間に会いたいと思っていたからだ。

 お互い就活に忙しく、もうずいぶんと顔を合わせていない。たまたま資料が必要で学校に出てきたが、多くの時間を一緒に過ごした場所だけあって、ついその姿を探してしまいがちだった。「佐久間かな」と思って視線を走らせては「違った」と小さく落胆するということを、もう朝から何度くり返したことか。

「いや、最近お互い忙しいから。邪魔しちゃ悪いと思ってLINEもしないようにしてて――」

 あの人懐こさの塊佐久間だって、面接がそういつもいつもうまくいくとは限らない。同級生誰しもがナーバスになるこのシーズン、敢えてしつこく連絡を重ねようとは思わなかった。どうせ希望通りのところが決まったら向こうから言ってくるだろうと、進捗を訊ねてもいない。

 椿の返答を訊くと、彼女は聡明そうな目を眇めた。就活の為、白く形のいい額を出して髪をひっつめにしている彼女がそんな顔をすると、もういっぱしの女教師のようにも見える。映画だったなら「今おうちからご連絡があって……早く帰りなさい」と告げる役どころだ。

 その、まさに言いにくいことを言わされる役どころのような顔をして、彼女は告げた。

「私も月森君も、佐久間君と狙ってる業界が違うから、セミナーも面接も被らないじゃない? それで、今日まで知らなかったんだけど――」



「――佐久間は、俺のことをネタにして回ってた。あいつの狙いは外資の日本法人がほとんどで、ゲイの友人をこんなふうに助けました。彼を通じてこんなことを知りました。御社のダイバーシティ構想にいたく感銘を受け、LGBTQSの世界とも接してきた僕なら御社の為に出来ることが――って」

 外資の日本法人と言えば最先端のように思えるが、たまたま連結でまるっと子会社になったような企業では、首脳陣はそのまま居残りで、旧来のおっさんたちのところがほとんどだ。

 そんなおっさんたちが突然本国の本社と足並みを揃えろ、同性同士のパートナーにも従来の既婚者と同じ福利厚生を、それぞれの性自認に敬意を、女性の地位向上を、ダイバーシティ構想が――と唱えられても、表には出さないまでも、その実戸惑うことのほうが多いだろう。

 そこへ佐久間のような奴が現れれば。

 決定打にこそならなかったとしても、印象に残るだろうことは、想像に難くない。


「それで、その……あたしたちはいいんだけど、今まで月森君のこと知らなかったのに、集団面接で佐久間君と同じ回になっちゃう人もいるわけじゃない? だから――」

 その日から椿は、自室を出ることができなくなった。

 人づてに椿の様子を聞いたのだろう。佐久間からは電話やLINEの着信が、何度もあった。

 電話は着信を拒否し、LINEはブロックして数日後、椿は生まれて初めて声を上げ、床に額を打ちつけて泣いた。


 数日の間、直接訪ねて来てくれるのではないかとまだ心のどこかで期待していた自分に、心底失望して。

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