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21.


 昭和の面影を色濃く残す、やけにゴージャスな内装の喫茶店に入ると、佐久間はスマホを取り出して、呆気にとられる椿をよそに熱心に検索を始めた。

「観光バーってのがあるんだ。今日のところはここ行ったらいいんじゃないか? ほら、ママが相談にも乗ってくれるって。そんで徐々に自分に合うとこ見つけてったらいいじゃん。ここなら俺も今から一緒に行けるし」


 あれよあれよという間にその夜の方向性は決まり、佐久間は本当にバーまでついてきた。 

 ママともすぐに打ち解けて、あれこれ情報を聞き出してくれたものだから、その日のうちに二丁目のおおまかな勢力分布図が把握できてしまったほどだ。


 一見お断りを謳ってはいないが、常連が幅を利かせている店、入店=ヤリ目ととられかねない店――むしろ椿のほうが眉をひそめてしまいそうな情報まで佐久間はふんふんと調子よく相槌を打って、うまいこと引き出してしまう。


「佐久間が友だちが多いわけがわかった気がする……」

 少しは金を落とさなければということで頼んだモスコミュールに口をつけながら、まだ半分圧倒されながら呟くと、店のお姉さん(なのか、お兄さんなのか)もカウンターに身を乗り出した。

「たまにいるわよね。こういう誰とでも垣根なく喋っちゃうタイプ。友だち百人できるかなって感じ」

「俺、あの歌意味わかんなくて苦手」

 初めての二丁目訪問で無自覚に興奮していたのだろう。いつもなら軽く流せることを、つい生真面目に口にしてしまった。

 物見遊山で来た女性客とまで和気あいあいと話していた佐久間が耳ざとく聞きつけて、椅子をくるりと回す。

「なんで苦手? ただの小学生の歌だろ」

「まずそんなにいらないし、仮に百人もいたらどうせ三日にいっぺんくらいしか会えなくて、結局誰とも仲良くなれないって言ったら、怒られた」

 小学生の頃、どうしてもこの歌が好きになれなかった。音楽の時間、適当に歌うふりをしているとそれはすぐ教師の知るところとなり、理由を訊ねられた。椿の答えを聞くと、教師は不快感を露わにした。面倒な子供だと思われたのだろう。

 まるで沢山いることだけがいいことであるかのような、圧力。

 田舎で繁殖だけが唯一の正義であるかのように、若いころから結婚結婚と急かされるのと同じような息苦しさを感じる――とまではさすがに言えず、それだけを告げると、佐久間はぶはっとふき出し、「月森って面白いなあ」としみじみと言った。

 そして、椿が気づかなかったドアを開けたのだ。

「そんなの、毎回百人いっぺんに遊べばいいだけじゃない?」



 結局その後椿が二丁目に足繁く通うことはなかった。通う必要がなくなった、というのが正しい。

 というのも、その日を境に佐久間とよくつるむようになったからだ。


 佐久間は学生のうちからボランティアやイベントの運営に参加したりなどして、とにかくアクティヴな男だったが、意外にもそういう男にありがちな押し付けがましさがなにもなかった。

 結局あの晩も、ただの一度も「おまえ、ゲイなんだよな」と念押しされるようなこともなかった。「えっ、いつから? なんで?」と訊かれるようなことも。

 ただ、あっさりとあるがままを受け容れて、力になろうとしてくれた。


 中学高校と、ゲイバレを恐れるあまり友だちらしい友だちも作れなかった椿にとって、佐久間は突然現れた雨雲を吹き払う爽やかな風だった。


 佐久間とつるむうち、少しずつ友だちと呼べる範囲の仲間も増えた。そのうちの信用できる何人かには、さりげなく自分がゲイであることも話した。

 それで関係が壊れるようなことはなかった。

 そういう、適切な距離を保てる相手がこの世界にはいる。それも複数。

 田舎にいた頃の感覚では、信じられないことだった。同じ陸続きの日本の中に、そんな場所があるなんて。

 佐久間のおかげだ。

 本当の自分を見せて、好きなようにふるまっても、誰も何にも言わない。後ろ指をさされたりしない。


 佐久間への感謝の気持ちが、初めての恋心に変わっていくのに、さほど時間はかからなかった。



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