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11.


 全行程を順調に終えて、残すは夕日の沈む湖だけになった。

 分乗するときもたつくことを予想して椿が手配していたのは、ミニバン型のタクシーだ。

 本来なら助手席、二列目の二席、三列目の三席と分かれてしまうところを、二列目と三列目だけを使って二組ずつ乗ってもらう。

 ――という配慮の結果、自分は晴臣と二人きりで乗る羽目になってしまった。


「ええ、はい、今のところ予定通りです。女将さんに宜しくお伝えください」

 先に宿に回ったスタッフへの連絡電話を終え、晴臣は言う。

「乗車、すんなり行ってよかったですね。椿さんの提案通りミニバンにして良かった」

「だって、どう考えても助手席に当たった人が地獄だろ、こんなの。運転手さんだって気を遣う」

 駅から湖の夕日スポットまでは車なら三十分程度の道のりだが、他がかりそめにもカップル成立しているのに自分だけ運転手さんとツーショットなんて、密室なだけに地獄観は倍増だ。

 コミュ力があればそんなハンデもどうということはないのかもしれないが、そもそもコミュ力のない人間の気持ちしか想像できない椿である。

「はは。我々にまでお気遣い頂いて有難うございます」

「椿さんそういうとこ最高なんですよね」


 またそういうことを、よその人にまで。

 いや別に身内じゃないけど。断じて違うけど。


 工程表を広げ、このあとのことに気を取られているふりで聞き流す。

 しばらくして、運転手がハンドルの上で指先を弾きながら呟いた。

「ちょっとまずいな……」

「まずい、とは?」

「いつもなら渋滞なんかしないんですけどね。事故でもあったかな」

 面を上げれば、なるほどいつのまにか自分たちが乗っているタクシーも、周囲の車両も動きが鈍くなっている。

 まずいな、とは「日没に間に合うかな」の意だろう。

 もちろん今日の日没時間はちゃんと調べてあって、今のところ予定通りに進んではいるのだが、ここで渋滞となると話は違ってくる。せっかく空が晴れたのに、到着するのがすっかり日が沈んだあとでは興ざめだ。


「難しい感じですか」

 晴臣がごくさらりと訊ねる。晴臣が訊いてくれて良かった。自分なら、焦りが声に出てしまったかもしれない。

「……うーん……」

 運転手は唸るだけだ。昨今なにがクレームに繋がるかわからないから、こういうとき明言は避けるようマニュアルがあるのだろう。

 運転手はハンドルを短く持ってフロントガラスを覗き込んだ。いくら睨みつけたところで車は流れない。一方で空の青色は色濃くなっている気がした。夕暮れに向かって。


 ここまで来て、間に合わないのか?

 夕日の鑑賞は天候や進行に左右されます、とは街コンのリーフレットにちゃんと書いてある。 


 というか、椿の提案で入れた。

 運転手が明言を避けるのと同じように、当然のリスクヘッジだ。相手は自然だし、間に合わないことは人間の責任ではない。

 そんな大失敗があれば、次回開催は見送り間違いなしで、それこそ椿の望むところだ。


 でも。


 いつの間にか、自分と同じように不器用な、彼女のことを思い出していた。

『勇気出して参加してみて良かった』

『夕日のとき、渡せたらいいな……』

 せっかくあんなに嬉しそうにしてくれたのに。

 ――ここまで来たら間に合え。


 間に合ってくれ。最高のタイミングに。


 適度に失敗してくれなどと思っていたことも忘れ、いつの間に行程表を挟んだクリップボードをぎゅっと握りしめる。

 必死で祈っていると、運転手がバックミラーごしにちらりとこちらを見たような気がした。

 おもむろに無線を手に取る。どうやら他の車両と連絡を取り合っているようだ。ぼそぼそと早口のやりとりは、なんと言っているのかはっきりとは聞き取れない。

「――了解」

 どこか懐かしい響きのノイズを残し、無線は切れる。

「……私はなんかはね、失業してたまたま運転手になった口ですけど、やっぱりよその地方から若い人がたくさん来て乗ってくれるっていうのは、ちょっと嬉しいもんですよね。――飛ばしますよ」


 言い置いて、運転手はそれまでの柔らかな物腰とは対照的に荒々しく急ハンドルを切ると、カーナビの指示にない細い道に車を滑り込ませた。


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