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10.


 暑くもなく寒くもない。ときどき心地よい風が神社の木々をさざめかせたりなどして、散策にはうってつけの気温の中、集まった参加者たちはスタンプラリーも楽しんでくれたようだ。


 なんとなくいくつかの集団が出来つつあるのを感じながらカフェで食事をし、行程は恋守り作り体験まで順調に進んでいた。

「こういうのまったくセンスがないんで……」

「じゃあ、石を全部黒っぽくして、一か所だけ好きな色のを使ったらどうですか? それなら男性だってつけられるし」

「どうしよう、金具の頭がうまく潰れない」

「あ、僕やりますよ」

 晴臣の言う通り、こういうとき人は性格が出るようだ。

 ちゃきちゃきと仕切る女性、力仕事を買って出る男性、あくまでも先生の見本通りに作ろうとする人もいれば、仕上がりのことなど考えてもいないかのように材料を手あたり次第確保してしまう人もいる。 


 中にひとり、完全に手の止まっている参加者がいた。元々、大人しそうな人がいるなと思っていた女性だ。確か、二十代後半か、三十代前半。なんだか表情が冴えない。


 楽しめてないのか――なんだか我がことのように同情しそうになってから、ふと、思い直した。

 そういう人もひとりくらいいないとな。

 あまりに大成功では、二回目、三回目と、このリア充企画が継続してしまう。


 すっかり打ち解けた参加者たちの大テーブルできゃはは、と笑い声がする。見れば晴臣の姿もその中にあった。

 おいこら。そっちはいいからこっちの人を。

 いや、このままでもいいか。なんならこの人がマイナス評価でも書き込んでくれれば、それは「適度な失敗」になるだろう。 

 自分の仕事は飽くまで事務手続きと進行の監督だ。この人をひとりにさせておくのは晴臣の落ち度だ。大体、恋人探しに来てうまくいかない人にかける言葉なんて俺は知らない。知らないぞ――


「……どうかされましたか?」

 ああくそ、と誰に向かってか毒づいて、無難な言葉をかけていた。

 女性のほうも声をかけられるとは思っていなかったらしく、申し訳なさそうに目を伏せたまま、ぼそぼそと応じる。

「あの、私こういうのほんとうにやったことなくて……凄く不器用だし」

「そ」

 んなことないでしょう、あたりで正解なのかここは。わからない。だって俺この人と初対面だし。長く人と接することを避けてきた弊害で、椿はその場しのぎの適当な言葉を見つけ出すのがひどく苦手だ。

 そのとき、やっと晴臣が集団から解放されてこちらにやってきた。

「そんなに難しく考えることないんですよ。好きな色を選んで好きに糸を通せばいいだけで。ご自身のパーソナルカラーとかご存じないですか」

 パーソナルカラー。晴臣の口からさも当たり前のように紡がれた言葉に、なんだそれは、と思っていると、彼女はふっと淋しげに笑った。

「知らないんです。私、女のくせに」

「いえいえ、興味ないと知らないですよね、そんなの」

 晴臣は鮮やかに言葉を翻す。こういうとき、軽いな、とも思うが、責める響きがまったく乗らないことには素直に感心する。祖父も親戚筋の人間も無知を言葉の内外に責める人間だったから。

 言われた彼女も、一瞬、目をしばたいたように見えた。ひとりでいたときの冴えなかった顔色に、ふわっと色が戻ったようだ。

「……私、つい最近まで母の介護をしてたんです。それでその、あんまり、精神的に余裕がなかったというか」

 言い出してしまったことを悔いるように、しきりにボブの髪を耳元にかけ直しながら、彼女は続けた。

「本当は兄も姉もいるんですけど、歳が離れてるのでみんなさっさと結婚して家を出てて……もたもたしてたら、実家に住んでるんだから、おまえが見るのが当たり前だろうって話になってしまって……要領が悪いんです。なんでも」

 そうか、この人も「家」に縛られるひとなのか。

 椿はむしろ心の底から同情したのに、彼女ははっと我に返ると、沈んだ空気をなんとか霧散させようとでもするようにぎこちない笑顔を作った。

「なので、自分のファッションとかは後回しになってしまって、パーソナルカラーとかも知らないんです。なにが自分に本当に似合う色かわからなくて。今、メイクなんかもまずそれで分類されてますよね……? 凄く取り残されてる感あります。こんなんじゃだめだなって思うんですけど」

 また落ち着かない様子で髪をかける。

 男女の別こそあるものの、取り残されているという意味では自分も一緒だと椿は思った。自分がわからない、という気持ちも。


 祖父や親族のハラスメントに疲れて、ゲイバレを恐れて、そういうものにぶつかる度逃げ回ってきたら、まるで威嚇されるうち自分の縄張りに戻れなくなってしまった猫のように、今自分がどこにいるのかわからない。そんな気持ちによく陥る。

 彼女に声をかけずにいられなかったのは、ぽつんと所在なげに座る姿に自分と同じようなにおいを感じたから――


「だめではないと思います」


「え……」

「えっと」

 しまった。また。

 あとさき考えずに口走ってしまった。

 そもそも、自分で恋人探しイベントに申し込んでおいて、いまさらぐずるなんて不甲斐ないノンケのことなんて放っておけばいい。のに。

「みんな、ほんとは自分のことなんて、人のことよりわかんないですよ」

 フォローしなきゃ、と思うのに、ますます意味不明なことを口走ってしまった。

 収拾つかないぞ。誰でもいいから助けてくれ、と胸の内で情けない悲鳴をあげる。

「――そうですよね。僕もです」

 まるでその声を見計らったかのようにそっと割って入るのは、晴臣だ。身をかがめて彼女に顔を近づける。

「ところで、今日はもう、気になる方とかできました?」

 突然の言葉に一瞬怯んだように見えた彼女は、晴臣にも椿にも揶揄する気配がないと悟ったのか、やがて、おずおずと、だがたしかにこくんと頷いた。

「じゃ、その人のイメージの色にするっていうのはどうですか」

「え……?」

「別に自分の分を作らなくちゃいけないって決まりはないんですよ。自分のことはわからないけど、人のことなら考えられるってこと、あるし」

「……そうか、そうですね」

 彼女はそう呟くと、俯いてなにか考え込んでいる。俯いてはいるが、もうせわしなく髪を弄ったりはしなかった。

「有り難うございます。それなら出来るような気がします。えっと――」

 彼女は早速店の石が用意されたスペースまで行くと、材料を見繕って戻った。

 さっきまでぽつんと取り残されていたのがまるで嘘だったような熱心さで、恋守りを組み上げていく。

 取りかかったのが遅かったから心配もしたのだが、なんとか時間内に出来上がったそれは、乳白の石を中心にグリーンの濃淡の色を選んだ、やさしい印象のものだった。

 とても「どうしたらいいかわからない」と途方にくれていたのと同じ人物が作ったとは思えない。押しつけられたとはいえ、ずっと人の世話を考えて来た彼女だからこそ培われた、やさしい観察眼がそこにはあるのかもしれなかった。

「わ、凄く綺麗じゃないですか」

 晴臣のその声に、賑やかなグループからも出来を見ようと参加者がやってくる。

「ほんとだ、凄い。可愛い~」

「元々売ってるやつみたい」

「センスありますねえ」

 口々に褒められて、恐縮しているものの、とても嬉しそうだ。せっかく街コンに来たのに、なんとなく輪から外れたまま帰ることにはならずに済みそうで、椿はほっと胸をなで下ろした。

 すっかり輪の中心になった彼女が、不意にきょろきょろし始めた。どうやら晴臣を探しているようだが、晴臣は次の行程の連絡で店の外に出たところだ。残念そうに戻した視線が偶然かち合う。

 彼女はこちらに向かって駆けてきた。

「あの、有り難うございます」

「え?」

 有り難う――なにも礼を言われるようなことをした覚えはないのだが。

「母が死んで、介護から解放されて、でも気がついたら二十代が終わってて、世間から取り残されたような気がしてたんです。なにか思い切ったことしなきゃと思って申し込んでみたけど、ほんとは直前までキャンセルしようか悩んでて、嫌なことあっても温泉は入れるじゃないって自分をだましだましやって来て、でもいざとなるとやっぱり気後れしちゃって」

 ひと息にまくし立てる。

 まるで今まで堰き止められていたものの多さが見えるような言葉の本流。椿が半ば圧倒されているのに気がつくと「いやだ、ごめんなさい。べらべらと」と恥じ入るように言って、けれど俯くことはせず、にっこりと微笑んだ。

「楽しいです。こんなに楽しいって思ったの、私、久し振りかも。この街コン、企画してくださって有り難うございます」

「いえ、私は」


 そもそもこの企画は晴臣が立てたもので。

 自分は軽く失敗すればいいのに、なんて思ってて。

 それどころか贅沢に相手を選ぼうとしてるノンケなんて滅びればいいと思ってた。

 彼女がマイナス評価をどこかに書き込んでくれればな、なんてことまで考えていたのに。


 また俺だけこんなふうに感謝の言葉を直接もらってしまうなんて――なんだかもう、肌に合わない化繊のセーターでも着てしまったときのようにちくちくする。心と体の至る所が。


 彼女は手の中の恋守りを見つめて呟く。

「今日は勇気出して参加してみてほんとに良かった。これ、夕日のとき渡せたらいいな……」


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