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ジャッキール王都居留記 —シャルル=ダ・フール異聞—  作者: 渡来亜輝彦


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30.願わくばその色相は移ろえど【色相】-1


「しかし、あんな交渉であっさりまとまるとはな」

 帰路、俺は思わずそうつぶやいた。

「あんな、って失礼だなー」 

「いや、ほぼ脅しだけで交渉したような気がしていて」

 と俺はあっさり話がまとまったことに、実は少し肩透かしを感じていた。

「オレもちょっと頑張ったけど、ダンナも大概ヤバイやつ感出してたじゃん。あんな奴らでも関わったらダメなやつとの会話は、早めに打ち切るに限るのよ」

「それは俺の悪口か?」

 確実に褒められてはいない。三白眼はその質問を流しながら、

「ま、それはそれとして、大体、現実を教えてあげたのは間違いないわけ。あんな奴らに香料なんて繊細なモン取り扱えるわけないんだよ。どうせ保管方法間違えてカビはやして終わりだって。それがわかってるから、あっちも取引に応じたんだと思うよ」

 三白眼がそう言いながら前を歩く。

「お兄さんだって、わかるでしょ? あんなずさんな奴にくれてやるにはもったいないって。まったく、頼る相手が悪かったね」

 俺と三白眼の間には、ロバを連れたエンデル青年がとぼとぼ歩いていた。

 ロバが引く荷車には、満載とは言わないまでも、連中に預けていたであろう荷物が大量に乗せられていた。

 自分の手元にも保管してしているのだろうが、おおよそのところ、これで全てなのだろうか。原材料のままのものは筵などで丁寧に包まれており、精油の瓶は木箱に入れられている。

「頼る相手、もうちょい選べば良かったのに、人を見る目がないんじゃない?」

 三白眼がチラッと嫌味を言う。

「こら、そのようなことを言うでない」

 俺は口の悪い三白眼をたしなめる。

 三白眼は普段はそこまで、口が悪いわけではない。本当は毒舌なのは知っているが、それは気を許した相手か、本当に敵対している相手のみだ。そんな彼がエンデル青年にやたら絡むのが、どうも理解できない。

「何をつっかかっているのだ?」

「別につっかかってるつもりはないけどさ」

 と、三白眼がやや不機嫌に言った。

「本当、このダンナが優しくて良かったよな、って話。本当ならこんなもんじゃ、済まされないんだぜ? アンタ、このオッサンに感謝した方がいいよ」

 どうも三白眼は、不貞腐れているエンデル青年に苛立ちを感じているらしい。

「わかってるさ」

 エンデル青年がようやく返答する。

「あいつらに袋叩きにされなかっただけでも、ツイてるところだもんな。多分、旦那のことを追跡するまで、泳がせてただけだろうし。旦那がヤバそうな相手じゃなきゃ、俺をシメて早々に聞き出されてたろう」

「それもあるけど、ダンナがマジで荒っぽい傭兵なら、オタク、ここ歩く前に二、三発殴られてるとこだぜ。髪の毛焦がされてるのに、許すつもりになってるの、このオッサンが心広いからだからな」

「まあ、それくらいにしておけ。あまり絡むものではない」

「ちッ。ダンナは、なんかと餓鬼に甘いんだよ」

(お前もそんなに年は変わらんだろうに)

 どうも三白眼は、昨日の俺のこともあって、エンデル青年に腹を立てているらしい。それはありがたい話だが、ここでエンデル青年に萎縮されるのは困る。

「エンデル。先程奴らに告げた通りで、俺は荷が取り戻せればそれで良い」

 俺は彼に改めて話しかけた。

「俺が依頼されたのは、それだけ。強いて言うなら、バニラを取り戻せと言われたのだから、目的は達成している。ただ、後の余計な面倒ごとを避ける意味で、お前の身柄は、俺に仕事を依頼した商人には引き渡すつもりだ。このままでは、あいつらを裏切ったことにもなるし、何かしらの禍根が残る。しかし、お前を役人に引き渡さないようには、交渉しようと思う」

 というと、エンデルは、顔を上げた。

「お前のやったことは罪は罪ではあるが、俺が取り立ててどうこういう話でもないしな。俺は部外者であるし、無闇な正義感で、その悪事を暴くつもりもない。俺は依頼人から金がもらえれば良い話。その依頼人が良いといえば、今回に限り、前途ある若者ということで寛大に処置してもらえるようにしよう」

「なんだよ」

 エンデル青年が、俺を暗い瞳で睨み上げた。

「結局、アンタは『いいやつ』なわけだ。そんなことして、自分だけいい気分になってさ。後味悪いまま去るのが嫌なだけだろう」

「おい、てめえ。ひねくれんのもいい加減にしろよ。世間知らずの餓鬼がよ!」

 嘲笑うように言うエンデルに、三白眼が珍しく本気で睨む。

「ダンナがいなきゃ、どんな目にあってたかもしれねえのに。オレだって、ダンナが止めるからこうやって」

「ま、待て待て。俺は良い。揉めるなというに」

 三白眼の説教が入ると、俄然、話がややこしくなる。

 俺は反抗的なエンデルの様子に、ため息をつきつつ続けた。

「俺のことをそう思うのなら、別に構わない。どのみち、俺は雇われただけだし、お前から見ての通りのカタギでもない、見た目通りの流れものだ。ただ、俺は、お前を連れ戻してくると約束をしている」

 と、俺は言った。

「報酬のままに約束をした。しかし、それは依頼主の隊商とでなく、お前の弟であるサリフとだ」

 そう言われて初めてエンデルが、驚いたようだった。

「サリフが?」

「あの親玉に渡した紫水晶は、サリフ少年の持ち物だ。あれと引き換えに、彼は俺にお前の所業を許して欲しいと謝罪してきた。そして、できればお前を助けて欲しい。あんな連中との付き合いを断ち切って欲しい、と」

 俺は言った。

「お前の出自は大まかには聞いている。面倒を見てくれた養母のために金が必要だったこともな。しかし、分不相応に危ない橋を渡ることは、弟妹のためにも感心できん。今回、俺は弟妹のことは雇い主には秘密にしておく。だから、連座させられる可能性のあるようなことは今後はやめておけ」

 エンデル青年が俯いた。それは、先程までの反抗的な態度と違うようだった。

「なんにせよ、俺はサリフ少年に依頼されただけの仕事はする。それに対して、どう思おうが自由だがな」

 俺は言った。

「本当は悪いことだと知りながら、お前に加担した、あの少年の気持ちは汲んでやれ」

 エンデル青年は、悄然としていた。

 流石に弟妹、ひいては母親ことを持ち出されたのは、身にこたえたのだろう。逃亡の危険はなさそうになり、俺はひとまず安堵する。

「ちッ、マジでダンナは、甘いよなぁ。全く、恐いツラしてる割にお人好しがすぎるんだよ」

 三白眼が舌打ちする。

「顔のことは余計だろう。第一、貴様もひとのことは言えないだろうが」

 そう言ったところで、三白眼が唐突に、ぴんと、猫が髭を張り詰めさせて上を見るような反応をした。

 やつの方が早いが、その反応の理由は、俺にも思い当たりがあった。

「あーあ、やっぱ、逃がしてくれないかあ」

「どうもそうらしいな」

 どうやら尾行されている。しかも、道ゆく先にも、気配があった。

「あのオッサン強欲そうだったもんね。それとも、アレかな。これはあれがバレたかな? あー、いや。それはないか。あんな短時間でバレるほど、賢くないよな」

「ん?」

 戦闘の準備をしようとした時、三白眼が思わぬことを言った。

 もしかして、貴様、何かしたのか?

 俺はそういう視線を彼に向けたが、

「おっと、お客さんが来ちまったよ。あーあ、気が短いなあ」

 やつの視線を追うと、尾行してきていた者たちはもはや姿を隠さなくなっていた。道に十名ほどの男が現れていた。

「どうするつもりだ?」

「どうするって、こうなると仕方ないでしょ。でも、ダンナは派手にやらかさないでね。すーぐ頭に血が上るんだから、アンタはさ。できなら斬らない方向でよろしく」

 釘を刺されるようにそう言われて、俺はやつを睨んだ。

「何を言う。俺とて、できるだけ荒事は避けたい」

 そんな会話をしているうちに、後ろにいた男たちは雄たけびを上げてとびかかってきていた。服装や装備からしても三下。とるにたりぬ相手であるが、人数が多いのはいただけない。

「死ねやあ!」

「まったく」

 と俺は今日は背中に背負っていた魔剣フェブリスに手をかけた。とびかかってきた男の曲刀をそれではじき返すと、相手は剣の重みもあって後方に吹っ飛んでいた。


「カタギ生活半年継続がかかっているのだからな。あまり本気にさせないでもらいたいのだが?」

 正直、小剣で相手してもよいような相手だが、あんまり数が多いと俺の方がだんだん苛立ってきて、三白眼の言う通り、”やりすぎて”しまっては困る。フェブリスは俺にある程度の冷静さをくれる剣ではあるし、相手を威圧するのにちょうどいい。

 多数の相手をするのもあって、彼らには精神的に委縮してもらわねば。

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