不幸な観測者Sheet4:姿なき声
「玄関ドアが開いたので、BとCは中へ入って行きました」
石森は続きを話し始めた。
「そこで床に倒れているAを発見します。息をしてないのを確認するとBは心臓マッサージを始め、Cが119番に電話をします」
「その時点で二人は、Aが倒れたのはドアを開けた直後って思うだろうね」
川口が言う。
「部屋の中にいたのはAただ一人。鍵を開けたのは彼と考えるのが普通ですからね」
石森は話を続ける。
「救急隊員が駆け付けその場で死亡を確認。孤独死で不審な点があれば隊員が警察に連絡する事になってます。発見した二人は彼の死を直接見た訳ではないので、やはりこの場合も孤独死と言えるでしょう」
アキラがドリンクを差し入れながら言う。
「まるでさっきのシュレディンガーの猫みたいな話だな。ドアを開けたタイミングで生死が決まった様にも聞こえる…」
「そう、そうなんですよ。私がこの話を今しようと思ったのが正にそれなんです」
石森が言う。
「検死の結果、アナフィラキシーショックによる呼吸不全とみられてます。現在も事件と事故の両面から……あぁ、すいません。…これ、あくまで仮定の話ですからね」
そこにいるエル以外の全員が、この話がどういう事なのか、石森の自称公務員が具体的にどんな職種なのか察しは付いていた。
ただそれを口にした途端、この話が終わってしまう事も心得ていた。
「仮に事故だとした場合、BとCがやって来る直前にアナフィラキシーを発症し、それでも何とかして鍵だけ解錠した事になります。ただその場合、呼吸不全だったので、音声による解錠とは考えにくい。また制御出来るスマホもデスクの上で充電器に繋がっていて、倒れている所から離れてました」
話を聞きながらエルはカチャカチャ魔道具をいじっている。
知らないワードでも調べているのだろうか。
「一方事件とした場合、誰かが故意にアレルギーの原因となる食品を食べさせた事になります。もちろんBとCが訪れる数時間前にです。そこで問題になるのは、誰がドアを解錠したかです。」
「鍵なんて最初から掛かってなかったとか?開いた音っていうのも勘違いだったりして」
育美が言う。
カミングアウトのダメージから立ち直ってきた。
「いえ、二人はノブを回して開かない事を確認してます。嘘を付いてなければですが」
「まあ、B,C二人が共謀してるんなら何とでもなるけどな。最初から部屋にいて犯行に及んだとかさ」
川口が身も蓋もない事を口にする。
「彼らのそれ以前のアリバイは?」
アキラが尋ねる。
「Bは付き合っている彼女と一緒だった様です。Cの方は自宅にずっと居たそうです。一人暮らしなので証明する手立てはありません」
「そこでご教授いただきたいのが、例のIoTドアの件です。仕組み的には簡便なものらしく既存のドアに後付けするタイプでスマホのアプリとアレクサの音声認識による連動に対応してます。これをA以外の第三者が何らかの手段を使って開ける事が可能か否かです」
「はい」
育美が胸元で挙手をしている。
「はい、"育ちゃん"どうぞ」
川口がちょっとフザけた感じで指名する。
「そのドア、音声でも解錠出来るとの話でしたが、例えば外から大声で『アレクサ!ドアの鍵を開けて!』って言えば開きませんか?どうかな?」
主に薔薇筆に向かって尋ねる。
「昔、"集合住宅の中庭で『アレクサ、食塩10kg注文して!』って大声で言うイタズラ楽しすぎ"って書き込みあったな。その話の真偽はともかく反応する可能性はあると思う。ただそれこそ近隣の人に聞かれるリスクが大きいからなぁ」
「じゃあさ、家電に電話して留守電のメッセージで言うのはどう?」
アキラが割って入る、
「いや、それだと証拠がバッチリ残っちゃうだろw」
川口のツッコミにアキラも「そりゃそうだw」と笑った。
その時、エルの方から
「アレクサ、ドアの鍵を開けて」
と声がした。
エルの声ではなかった。