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番外編5.楽しく幸せな時間


 その時間が、今日もやって来る。



「リアムゥゥゥゥーーー!!」



 勢い良く開けられた扉から、半泣き状態のデレクが入って来た。

 椅子に座って勉強をしていたリアムは、ため息と共に本を閉じる。



「うるさい。早く扉を閉めて」


「優しさをどこかに置いてきたその言葉が、今の俺には沁みる…」


「ねえ、ケンカ売ってる?」



 売ってません、とピシッと背筋を正したデレクは、後ろ手で扉を閉めた。

 そして、当たり前のようにソファに腰掛ける。


 リアムはそれを見ただけで、咎めようとはしなかった。

 なぜなら、ここのところ毎晩のように、デレクはリアムの部屋に駆け込んでくるからだ。



「それで、今日はどうしたの」


「面倒くさそうにしながらも、ちゃんと話を聞いてくれるリアム…」


「拝んでないでさっさと話して」



 とりあえず訊いたリアムだったが、もう内容は大体分かっている。デレクの想い人、アイラ絡みなのだ。

 案の定、デレクはアイラの話を始める。



「今日は久しぶりにアイラと一緒の任務だったから、俺めっちゃ楽しみにしてたのにさぁ…。エドに邪魔されたんだよぉぉぉ!」


「それは残念だったね」


「話聞いてくれるなら、もうちょっと感情込めてくれよぉぉぉ!」



 先輩騎士であるカレンの弟のエドマンドは、入団試験に合格し、本人の強い希望の元、第一騎士団の所属となった。

 隙あらばアイラに話しかけ、猛烈にアピールをしている。既に婚約者がいるにも関わらず、である。



「エドマンドの情熱を、少しは分けてもらったら?いつまでもグチグチと…さっさと当たって砕けた方が、次に目を向けられるんじゃない?」


「……お前…本当にどこに優しさを置いてきたんだ…?」



 恨みがましい目でデレクが見てくる。が、リアムは肩を竦めた。慰めたところで、デレクのためには一つもならないのだ。

 もしかしてチャンスがあるのでは、なんて希望は持たないほうが本人のためであると、リアムは思っている。


 アイラは、騎士団長であるエルヴィスの婚約者。その事実は決して覆らない。



「……恋人の立場なら、まだ君にもほんの少しなら間に入れる希望があったかもしれないけどね。婚約者となると、横から奪うには相応の地位がないと無理だよ。諦めな」


「分かってるけどさぁ…それができたら、二年も想い続けてないんだよな…」



 重い空気を纏いながら、デレクが肩を落として項垂れた。

 アイラと出会って、もう二年。彼女が婚約して、“女神作戦”を実行してからは一年が経っていた。



「二年も想い続けて、よく我慢できるね。僕には分からないけど、うっかり気持ちを言っちゃいそうにならないの?」


「……正直、言ったことはある」


「え、あるの?」


「エルヴィス団長といちゃつき合うアイラを見るのに耐えられなくて…でも、アイラの返事は想像つくだろ?」



 はあ、とデレクがため息をついて続けた。



「―――“私も好きよ”」


「あー…容易に想像つくね。すごい笑顔で言いそうだね」


「かっわいい笑顔で言うんだよなぁ~…」



 デレクはまた項垂れると、手のひらを額に当てた。



「……この気持ちを、諦められるなら早く諦めたい。別の子を好きになって、恋人同士になって、母ちゃんに紹介したい。……でも、今すぐは無理だ…無理なんだよ」


「………」



 今日のデレクは、いつになく弱気だった。

 リアムはため息を吐くと、椅子から立ち上がり、その背中をバシッと叩く。



「い゛っ…!?」


「ほら、シャキッとする。元気だけが取り柄なんだから。それで、その取り柄を好きになってくれる人が、いずれ絶対現れるから」


「………絶対…?」


「うん、絶対。僕の言葉、信じられない?」



 デレクはリアムを見ると、口元を緩ませて笑った。



「すげぇ。めちゃくちゃ信じられる」


「でしょ?……それで、君はいずれその人をアイラより好きになるよ。だから、それまでは無理に忘れなくてもいいんじゃない?」


「そうだな…ありがとな、リアム」


「別に、お礼言われるようなことじゃないよ」



 リアムは相変わらずの返事をしてしまったが、デレクは嬉しそうに笑っている。

 少しだけ元気を取り戻したようで、リアムは小さく笑った。


 デレクがパン、と両手を叩く。



「……よし、俺の話は終わり。アイラへの想いは無理に忘れようとしないで、一番の友人でいる。んじゃ次、リアムの話な」


「僕の話?話すようなことは何もないけど」


「嘘つくなよ!この前、クローネ先輩と城下街歩いてたって噂になってるぞ?本当なのか?」


「……ああ、あの日か」


「や、やっぱ本当なんだな?俺何も聞いてないんだけど!?」



 耳元で大声を出され、リアムは眉を寄せながら口を開いた。



「別に、ただ食事をして、次のパーティーのエスコート役をしてほしいって頼まれただけだよ」


「……お前、それが“別に”?“だけ”?」


「そうだよ。他に頼める人がいないからだよ…だってクローネ先輩は、僕のこと好きなわけじゃないからね」



 その言葉に、デレクが口をポカンと開けて固まった。やはり勘違いしていたか、とリアムは呆れる。



「あの人の好意は、尊敬に近い好意だから。僕の頑張りを見て、騎士団に入ってもいいかなと思ったんだって」


「そ、そういうもん…?」


「そういうもの。クローネ先輩は僕を使って、男嫌いを克服しようと頑張ってるところだから」


「……そっか…じゃあ、しばらくは俺たち男同士の会合は続きそうだな」


「嫌だよ。なにその暑苦しい会合は。一人でやって」


「一人じゃ会合じゃないだろぉぉぉ!?」



 デレクの叫び声と、リアムの笑い声が開け放たれた窓から闇夜に溶けていった。







***


「で?アイラと団長はどんな感じなの?」


「………どんな?」



 わくわくと目を輝かせたカレンの問いに、アイラは瞬きを繰り返す。その隣で、クローネが片足を組んで紅茶を飲んでいた。



「私も気になりますね。団長って色気はあるくせに奥手そうですけど、どうなんですか?」


「ク、クローネ…」



 アイラは口元を引きつらせながらも、最近のエルヴィスとの時間を思い出す。



「……エルヴィス団長は、とても優しいわよ」


「あら、そうなの?意外と激しいのかと思ったけど」


「激しい…?そうね、手合わせしているときは結構容赦ないわね。私のためを思ってくれているのは分かるのだけど」


「………手合わせ?ちょっと待ってアイラ、何の話??」



 カレンが眉をひそめて訊いてくる。



「え?何って、デートのことでしょう?」


「え、アイラと団長ってデートで手合わせしてるの?」


「わぁ、さすがアイラさま!鍛錬に妥協なしですね!」


「さすがにデートで手合わせはないでしょ!?……じゃなくて、あたしが聞きたいのはそれ以上のことよっ!」



 クローネはパチパチと手を叩いてくれたが、カレンは怒ったように眉をつり上げている。

 それ以上のこと、という言葉に、アイラは顔に熱が集まったのを感じた。



「……そ、それ以上のことは私の口からは言えないわ。む、無理よ」


「ふふ、照れるアイラさまは可愛らしいです」


「もー、気になるのにぃ~」



 頬を膨らませたカレンを、アイラはちらっと見た。



「……そういうカレンは?男性に人気なのに、恋人はいないの?」


「んー?恋人っていうか…友達以上恋人未満の人はいるんだけどねぇ…」



 そう言って、カレンがため息を吐く。そんな相手がいたことを知らなかったアイラは、驚いて目を丸くした。



「し、知らなかったわ…クローネは?知っていた?」


「いいえ。カレン先輩はいろんな男性と後腐れなく遊ぶような人だと思っていたので」


「ちょっとクローネ!?ギルバルトみたいなやつと一緒にしないでくれる!?」



 クローネに噛みついたあと、カレンは少し迷うような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。



「……隠してたわけじゃないんだけど…。なにせ相手が、真面目すぎる筋肉バカだから…」



 “真面目すぎる筋肉バカ”。その言葉を、アイラはどこかで聞いていたはずだ。

 そして、その言葉が示す人物に思い当たった。



「………えっ!?もしかして、ジスラン副団長!?」


「うん、そうよ。……でもねぇ〜…、あたしが入団して少し経ってから、ずーっと立ち位置変わらないから。もう一生恋人未満な気がするわ」


「カレン先輩は、それで満足なのですか?」



 そう問い掛けながら、クローネがまた紅茶を飲む。カレンは唇を尖らせた。



「……満足なわけ、ないでしょ?でも、今の関係が心地良い自分もいるのよ」


「カレン…」



 カレンとジスランの間にあった物語を、アイラは知らない。それでも、大好きなカレンが幸せであってほしいと思う。



「私、今度ジスラン副団長に会ったら、早くしないとカレンが誰かに奪われますよって言っておくわ」


「……ふふっ。ありがとアイラ。あの人がそれで慌てるとも思えないけど、少し期待してみようかしら」


「それにしても、アイラさまはエルヴィス団長、カレン先輩はジスラン副団長ですか。……では私は、フィン副団長かセルジュ副団長をお相手にするべきですか?」



 真面目な顔をしたクローネの発言に、カレンが吹き出した。



「ちょっと、どうしてそうなるのよ?あたしたち基準でクローネの相手が決まるの?」


「そうね…フィン副団長はクセがありすぎてクローネの手には負えないと思うから、セルジュ副団長の方が良いんじゃないかしら」


「アイラ、真剣に答えないで!?……っていうかクローネ、あんたリアムくんは?」



 カレンの最もな問いに、そう思っていたアイラもクローネを見る。

 以前はリアムを前にすると顔を真っ赤にしていたクローネだったが、最近は普通に会話をしている様子をよく見かけていた。



「リアムさまは、憧れの存在であって、アイラさまと同等の位置にいます。最初は恋だと思いましたが、これは違うのでは?と最近気付いたことろです」



 そう答えたクローネを見て、アイラは微笑んだ。



「リアムへの気持ちが恋ではないと、気付けるような出来事があったのね?」


「……なっ、ごほっげほっ、」



 クローネが紅茶にむせ、カレンはその反応にニヤニヤと唇の端を持ち上げた。とても楽しそうだ。



「へぇ〜?男嫌いのクローネの、氷の心を溶かしたのは誰かしら?」


「ごほっ…、カレン先輩、このことギルバルト先輩には言わないでくださいね?」


「なんであたしがギルバルトに…って、え?え?まさかギルバルトなの?そうなの!?」



 カレンは目を見開き、クローネの両肩をがしっと掴んで「嘘でしょお!?」と叫んで揺さぶっている。

 これはまた、フィン同様厄介な相手を選んだなぁとアイラは思ったが、やはりクローネに対する願いも一緒だ。



「クローネ、私が今度ギルバルト先輩に会ったら、クローネがいかに素晴らしい女性かを力説しておくわ」


「だ、ダメです!急におかしいじゃないですか!あの人勘だけは鋭いから気付かれますっ!」


「確かに変なとこ鋭いわね…って、何でギルバルトなのよ!アイツにこんないい子が奪われるなんて嫌ぁ!」



 クローネがあわあわと慌てだし、カレンは悔しそうに叫ぶ。

 そんな友人二人の姿を、アイラは笑って見ていた。




 今日も、楽しく幸せな時間は過ぎていくのだった。



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