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8.第一騎士団



「じゃ、改めて。俺は副団長を務めている、フィン・ディアスだ。第一騎士団の指揮を任されているから、どうぞよろしく」



 騎士団の宿舎、一階にある談話室。

 そこに第一騎士団に所属することになったアイラたち十人は連れて来られ、まばらに配置されたソファに座っていた。


 フィンはその中央に立ち挨拶をすると、にこりと笑う。



「いやー、嬉しいな。全員、俺が第一騎士団に入って欲しいなと思っていたメンバーだから」



 副団長であるフィンにそう言われ、皆が嬉しそうに照れている。アイラも口元を綻ばせた。

 隣に座っていたデレクがアイラを肘で小突き、小声で「やったな!」と言ってくる。


 アイラはデレクに笑顔を返す。デレクと同じ第一騎士団になれたことが、素直に嬉しかった。

 そしてまた視線を感じ、アイラは戸惑いながら視線の主をちらりと見遣る。



 ―――また、嫌悪の視線だわ。私のことをよく思っていないのは確かだけど……女だから?



 リアム・オドネル。

 入団式のときに呼ばれていた名前を、アイラはしっかりと覚えていた。


 金髪に水色の瞳の美少年。アイラやデレクと同年代に思えるが、デレクのしっかりと鍛え上げられた体と比べたら、リアムは小柄で華奢だった。

 だが、フィンに選ばれたということは、よほどの手練れなのだろう。


 アイラがリアムの視線の理由を気にしている間にも、フィンの話は続いている。



「ここは第一騎士団専用の談話室で、自由に使って欲しい。他の先輩騎士たちは今は訓練場にいるから、戻ってきたらだいぶ狭くなると思うけど。あと、第二・第三騎士団の談話室は同じ階の別の場所にあるから、間違えないように」


「……第二・第三とは、仲が悪いのですか?」



 誰かの問いに、フィンは苦笑した。



「いや、悪くはないよ。でも他の団員が出入りしていたら気になるやつもいるし、いざこざが起こらない保証はない。不要な争いで君たちに処分を下すのは俺だからねー、できれば気をつけて欲しいかな」



 縄張り意識が強い、とでも言うのだろうか。

 フィンは、騎士団の任務は基本的に第一・第二・第三騎士団で分かれて行い、よほど人手が必要でなければ合同で任務に当たることは無い、と付け加えた。



「まぁでも、宿舎の部屋割りはごちゃ混ぜだし、何よりエルヴィス団長のもとに集う仲間だからね。仲良くしてもらえると嬉しい」


「……お言葉ですが、僕は誰とも馴れ合うつもりはありません」



 突然響いた声に、その場にいた誰もが声の主を探した。

 その人物は談話室の片隅にある小さな椅子に腰掛け、両腕を胸の前で組んでいる。

 先程から、アイラを睨むように見ていたリアムだった。



「……リアム。どういう意味かな?」



 失礼な物言いをされたはずのフィンは、特に気にしている様子はなく、むしろ楽しそうに口の端を持ち上げていた。

 対して、リアムは無表情で素っ気なく言い放つ。



「そのままの意味ですよ、フィン副団長。仲間なんて、いざって時に邪魔になるだけです。それに、嫌いな相手とわざわざ仲良くなりたいなんて思いません」



 綺麗な水色の瞳が、アイラへと向けられた。アイラは自然と口を開く。



「……私、貴方に何かした?」



 アイラの声に、リアムを見ていた見習い騎士たちは「えっ」という顔をして振り返った。

 隣のデレクは眉を寄せ、アイラとリアムに交互に視線を向けている。


 問い掛けられたリアムは、一瞬意外そうにアイラを見た。直接訊いてくるとは思っていなかったようだ。



「アイラ・タルコット。僕は君の存在そのものが嫌いだ。関わり合いたくもない」


「それは、どうしてなの?」


「いちいち言わないと分からない?君が魔術師の家系の、男爵令嬢だからだよ」



 リアムがそう言うと、皆が動揺したのが空気で分かった。アイラはまだ誰にも、自分が男爵令嬢だとは話していない。

 リアムが知っているのは恐らく、貴族だからだろう。それならば、タルコット家を知っていてもおかしくはない。

 

 デレクが口をポカンと開けてアイラを見ているのが分かった。別に隠していたわけではないが、デレクには自分から話したかったと悔しく思いながら、アイラはリアムを見据える。



「確かに私は、男爵家の娘よ。父は有名な魔術師だったし、兄は魔術学校に在学しているわ。だけど、それと何の関係が?」


「関係だって?魔力と環境に恵まれた君が、どういうわけか騎士を目指している。本気で騎士になりたいと努力している立場からしたら、不愉快だと感じるのは当然でしょ」


「騎士を目指すことの、何がいけないの?私は本気よ」


「本気?……はは、笑わせてくれる。周囲に男を侍らせて、いい気になってるんじゃないの?」


「おい!」



 アイラが言い返すより先に、声を荒げたのはデレクだった。睨むようにリアムを見ている。



「アイラに謝れ」


「嫌だね。悪いけど、バカみたいに彼女に丸め込まれてる君も、僕は嫌いだから」


「あっそう。お前に嫌われたって痛くも痒くもないね。でもアイラに謝れ。これだけは譲れない」


「……デレク」



 自分のために怒ってくれているデレクに、アイラは胸がじんと温かくなる。かつての友人の姿が重なり、涙が出そうになった。


 睨むような視線がぶつかり合う中心の位置で、フィンが「どうする?止める?」とでも言うように二人を小さく指差している。アイラはそれに気付くと、首を横に振った。


 フィンの話を中断させてしまったのは悪いし、すぐにでも謝るべきだ。だが、アイラはここで自身の気持ちをちゃんと伝えなければと思った。



 ―――こういう感情は、嫌ってほどぶつけられてきた。前は耐えられずに引きこもったけど、もう負けていられないわ。



 アイラは立ち上がると、デレクとリアムの視線を遮るように前に出た。



「貴方が、私のことが嫌いなことは分かったわ。でも、これだけは譲れないの。私は本気で騎士になるために努力したし、これからも上を目指すつもりでいる」


「へえ。そこまで思い上がれるのもいっそ才能だね」



 吐き捨てるようにリアムが言う。随分な嫌われようだが、他にもアイラに同じ感情を抱く騎士は現れるだろう。



「そういう貴方は、どうして騎士に?」


「なに?」


「私が覚えている限り、試験の時にはいなかったと思うけど…」



 そこでちらりとフィンを見ると、何でもないことのようにけろりと言う。



「ああ、リアムは推薦枠で入団したんだよ。オドネル伯爵家のね」



 ざわり、と皆が顔を見合わせた。その反応を見る限り、アイラとリアム以外は平民出身なのだろう。


 オドネル伯爵家。爵位で言えば、アイラの男爵家よりは上だ。

 今まで全くと言っていいほど、夜会などのパーティーには出席していなかったアイラは、昔の知識を呼び起こす。


 すると、唐突に蘇る記憶があった。



「……あっ」



 思わず声が出てしまい、アイラは慌てて口元を押さえた。その仕草が癇に障ったのか、リアムが眉根を寄せる。



「何?伯爵家の人間が、騎士を目指すのはおかしい?」



 そんなことは一言も口にしていないし、思ってもいないが、アイラは咄嗟に言葉に出せなかった。

 魔術学校に通っていたときの記憶を思い出し、衝撃を受けていたからだ。



 ―――『アイラ。オドネル伯爵家から、婚約の打診があったんだって?』



 兄のクライドの台詞が蘇る。

 あれは、魔術学校に入学して一年が過ぎた頃。廊下ですれ違いざまに声を掛けられ、アイラはため息をついてこう答えていた。



『ええ、お兄さま。四男の…ええと、リアムさまだったかしら。家業の才能を受け継げなかったようで、騎士となったらしいのですが…魔術師の家系と繋がりくらいは持て、という先方の意図があるとお父さまが…』


『なるほど、オドネル伯爵家は立派な魔術具開発の技術者ばかりだからなぁ。息子が魔力が無く、開発に携われないのは思うところがあるんだろう。でも、だからって魔術師と婚約したところで…ああ、狙いはアイラの子どもか?確実に魔力は遺伝するだろうしなぁ』


『もう、お兄さま。私はまだ誰とも婚約するつもりはありませんから。お父さまにもそう伝えてあります』



 当時の記憶を、アイラは鮮明に思い出していた。


 オドネル伯爵家の四男、リアム。

 魔力がほとんど無く、家業の魔術具開発に携われず、騎士となった。そして、アイラに婚約の話が持ち上がる。


 恋愛ごとに関心がなかったアイラは、その話をすぐに記憶の片隅に追いやっていた。リアムの顔も知ろうともしないままだった。

 そして騎士の道を選んだ今のアイラには、リアムとの婚約の話は持ち上がっていない。けれど。



 ―――こうして同じ騎士として向かい合っているのは、何の運命なのかしら…。



「………」


「急に黙るのやめてくれない?まあ、ここでは爵位なんて関係ないし、僕も気にしない。気になるのは、君みたいな不愉快な人間が、同じ騎士として存在しているってことだけだ」



 その嫌悪の眼差しの理由も、今ならアイラには分かった。


 魔力がありながら、家柄が示す道を歩むことができながら、それをしない。

 そんなアイラはリアムにとって、羨ましくも憎らしい存在なのだ。


 けれど、そんなことは知らない、とアイラは思う。既に用意されている道を歩いたところで、輝かしい未来が待っているとは限らないのだ。



 アイラの瑠璃色の瞳に、スッと影が落ちた。考えるほど、リアムの態度が理不尽に思えてならなかった。



「フィン副団長」



 突然名前を呼ばれ、成り行きを見守っていたフィンが首を傾げる。



「……うん?」


「このあとの予定はどうなっていますか?」


「え、訓練中の他の団員たちの所へ行って見学と、そのあと君たち新人騎士の紹介を…いや、ちょっと待って」



 答えている途中、フィンは嫌な予感がしたようだ。片手を額に当て、もう片手はアイラをその場に留まらせるように突き出している。

 アイラはにっこりと微笑んだ。



「では、ぜひその場で彼と手合わせさせてください」


「は?」


「アイラ!?」



 リアムとデレクの声が、重なって響く。アイラは笑みを浮かべたまま、リアムを見た。



「だって、貴方は私が何を言っても気に食わないのよね?なら、実力を示すしかないでしょう?」


「はっ、実力だって?この僕に勝てるとでも?頭の中が花畑のようで羨ましいな」



 先程から、あらん限りの悪態を吐かれているアイラだが、悲しいことにこの程度では傷付かなくなっていた。

 表情が崩れないアイラに、リアムが苛立ちを募らせる。



「大体、君が試験に受かったことも僕には信じられない。まさか、女の武器でも使ったの?」


「……リアム」



 アイラがカッとなり言い返そうとするよりも早く、低く冷ややかな声が発せられた。談話室の温度が急激に下がっていく感覚に襲われる。

 恐る恐る視線を向けると、不自然な笑顔を浮かべたフィンが目に入る。口元は笑っているが、その瞳は殺気すら感じられるほどに冷たい。



「その発言は見過ごせないなぁ。だって、アイラを鍛え上げたのは俺だからね」



 フィンはさらりと言う。不満の声が上がるかもしれないから、副団長に稽古を付けてもらっていたことは伏せていよう、と言ったのはいつだったか、とアイラは冷や汗を流しながら思った。



「それに、彼女の実力は試験の時にいた他の皆が証明してくれるよ。今回の合格者で、一番点数が高かったのはアイラだ。彼女を疑うことは、試験官をしていた俺や他の騎士を疑うも同然だけど、分かってる?」



 まるで、悪魔の笑みだ。フィンから発せられる圧に、皆が萎縮している。

 それはリアムも同じようで、震える声で「すみませんでした」と謝った。


 フィンがため息を吐き出すと同時に、彼を纏う空気が和らいだ。



「じゃあ皆、外へ行こうか。……アイラ、お望み通りの場を用意するけど、内容は俺が決めるよ」


「はい。ありがとうございます副団長」



 フィンが促すと、皆戸惑いながらも立ち上がり、アイラを一瞥してから談話室を出て行った。

 魔術師の家系の、男爵令嬢。副団長の指導を受け、合格者で一番点数が高い。


 一気に耳に入った情報から、アイラに対してどのような態度を取ればいいのか迷っているのだろう。

 アイラが少し寂しい気持ちになっていると、耳元で囁かれた。



「……アイラ、お前ってやっぱりすごいんだな」


「ひゃっ!?」



 耳元を押さえて振り返ると、驚いた様子のデレクと目が合った。



「わ、悪い。驚かせるつもりは無かったんだけど」


「……だい、じょうぶ。デレクは、私に普通に接してくれるの…?」


「はあ?何だそれ、俺がさっきの話聞いて、アイラを避けるとでも思ったのか?心外だなぁ」



 ムッとして口を尖らせるデレクに、アイラは感謝の気持ちがぶわっと溢れ出た。



「うう…デレク〜……ありがとう、すごく嬉しい。抱きつきたいけど我慢するわ」


「だっ!?……それはやめてもらったほうが俺のためになるけど、勿体ない気もするというか何と言うか」


「え、なんて?遅れちゃうから早く行きましょう」



 ぶつぶつと呟くデレクの背を押し、アイラは笑いながら談話室を出た。






 訓練場には、多くの先輩騎士がいた。

 フィンを先頭に、新人騎士たちがぞろぞろと足を踏み入れると、それに気付いた騎士たちは動きを止める。



「フィン副団長!お疲れ様です!」


「うん、お疲れ。ええと、当初の予定通り新人騎士たちが見学する…というわけにはいかなくなってね」


「はい?どういうことですか?」



 真っ先に駆け寄ってきた騎士は、不思議そうにフィンを見た。

 アイラは、その騎士に見覚えがあった。入団式の時に、扉を開けてくれた騎士だ。



「今からちょっとした模擬試合をしよう。オーティス、お前が一番組みやすい相手は?」


「組みやすいのはギルバルトですが…」


「よし。……ギルバルト!」



 名前を呼ばれた騎士が、フィンの元へ駆け寄って来る。周りは何だ何だと様子を伺っていた。



「はーい。呼ばれましたが何でしょう?」


「お前たち、新人騎士と試合をしてくれ。相手はあの二人、アイラとリアムだ」



 そう言いながら、フィンが手招きする。アイラは嫌な予感を感じながらも、近くに寄った。渋々とリアムも隣に立つ。



「んじゃ、実力を存分に示してくれ。……オーティスとギルバルト、アイラとリアムの二対二でね」



 ニンマリと笑ったフィンの表情を見て、人の皮を被った悪魔はこんな笑い方をしそうだな、とアイラは思ったのだった。



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