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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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56.戦いの始まり①


 ―――真っ暗で、何も見えない。



 アイラが意識を取り戻したとき、目隠しをされているのか、視界には何も映らなかった。


 体は横たわっており、不規則な揺れによって背中に痛みが走る。

 どうして痛いのか。そう考えたところで、ああ、斬られたからだとアイラは思い出した。


 冷えた空気が肌を刺す。

 視界は奪われ、手足は縛られ、口元も塞がれている。なにも抗うすべは無かった。



 ―――エルヴィス、団長…。



 アイラは声を上げずに涙を流し、どうしてこうなってしまったのか、記憶を辿るのだった―――…。






◇◇◇



 ウェルバー侯爵邸で開かれる夜会の当日。


 アイラは朝から邸宅へ戻り、ゆったりとした時間を過ごしていた―――わけでもなく。



「もう!アイラお嬢さまっ!」



 侍女のベラが眉をつり上げながら、アイラを呼ぶ。



「なぁに?ベラ」


「もうすぐお支度の時間なのに、どうして剣を振るっていらっしゃるのですか!」



 中庭で剣を握り、アイラは体を動かしていた。外の空気はひんやりとしていたが、いい感じに体は温まっている。

 アイラは剣を鞘に収めると、ベラが差し出してくれたハンカチで額を拭う。



「ごめんね、ベラ。どうしても体を動かしておきたくて…本当はドレスを着て動きを確認したかったのだけど」


「どうしてドレス姿で剣を振るう必要があるんですか!夜会に決闘をしに行くわけじゃありませんよね?」



 眉を寄せたベラにそう返され、アイラは慌てて「そ、そうね」と笑ってごまかした。

 アイラが命を狙われており、今日の夜会で囮役を担うことは、邸宅内では両親と兄のクライドしか知らないのだ。


 ベラはアイラの態度を不審に思ったのか、じいっと視線を向けてくる。

 そのとき、助けの声が掛けられた。



「アイラ。ここにいたのか」


「お兄さま!」



 アイラはホッとしてクライドに駆け寄る。クライドは今到着したようで、大きなトランクを持っていた。



「久しぶりだな。……気分はどうだ?」


「元気ですよ。お兄さまは毎日のように手紙をくれたので、あまり久しぶりな気はしませんけれど」


「アイラの返事は回数も少ないし、素っ気ないからなぁ。俺は久しぶりだと感じる」


「そ、それは…」



 もごもごと口ごもるアイラを、クライドは笑って見ていた。



「ははっ、冗談だよ。アイラの手紙が用件のみなのは今に始まったことじゃないしな。それより、少し待ってろ。俺も魔術具を試したいんだが、付き合ってくれるか?」


「魔術具ですか?ぜひ!」



 アイラが顔を輝かせると、近くに控えていたベラが眉を寄せた。



「クライドさままで、夜会の直前にどうされたのですか?」


「うん?いやぁ、俺はもうすぐ魔術師の試験があるだろう?少しの時間も有効に使いたいんだよ」



 サラリと笑顔で答えたクライドに、アイラは感心する。ベラに心配をかけたくなければ、上手くごまかさないといけないのだ。

 とはいっても、クライドが魔術師の試験を間近に控えているのは本当である。

 魔術学校の最終学年であるクライドの成績はすべて最優秀らしく、試験は間違いなく合格するとアイラは思っているが。


 ベラは納得したような、していないような顔で、ちらりとアイラを見た。



「では、お嬢さま。そのあとはすぐに体を流しますからね。それからきちんとケアをして…」


「分かったわ、ベラ。お兄さまと少し遊んだら、ちゃんと準備するから」


「……約束ですからね。私は先にお湯の準備をしてまいります」


「ありがとう」



 軽くお辞儀をして、ベラが湯浴みの準備へ向かった。クライドはアイラの隣でくっくっと笑っている。



「遊んだら、ね。鍛錬とか特訓とか、そういう言い方じゃないのか?」


「ふふ。お兄さまと魔術を試したりすることは、幼いときから私にとっては楽しい遊びなのです」


「そうか。なら存分に遊ぼうか。今夜に備えてな」



 クライドは一度自室へ戻ると、すぐに魔術具を持って戻って来た。

 どれもアイラが見た中では小さいサイズで、持ち運びがだいぶ楽そうだ。


 魔術具はとても便利だが、構造上大きくなってしまうものが多い。

 アイラがこの間レナードたちから貰った魔術具もそれなりに大きいので、どうやって持てばいいか未だに迷っていた。ドレスの中に隠すにも、限界がある。



「わぁ、すごい。この魔術具は、腕輪型ですか?身につけられていいですね」


「ああ、それはアイラのものだ。預かってきた」


「え?レナードさまからですか?」


「レナード?……ああ、オドネル伯爵家の。違う違う、それはトリシアからだ」


「トリシアですか!?」



 アイラはトリシアの名前に目を輝かせるが、ふと疑問に思う。



「……お兄さま、トリシアのことは知りませんでしたよね?会ったのですか?」


「ああ、偶然な。そこから何度か会って情報交換をしたり、こうやって魔術具を作ってもらって、俺が試したりしていた」


「そうなのですね。トリシアは元気ですか?とても可愛くて良い子でしょう?」



 トリシアとは、数回手紙のやり取りをしていた。エルヴィスの話題も上がったが、アイラの恋心はまだトリシアにも秘密にしている。


 あの魔術具開発局の事件から会えていないので、アイラは何気なくそう問い掛けたのだが。



「……あ、ああ、元気だ。か、可愛い女性だ、うん」



 どこかぎこちない様子のクライドに、アイラは首を傾げる。ほんのりと耳が赤くなって見えるのは、気のせいだろうか。



「お兄さま、どうし…」


「は、早く試そう!時間も無いしな!」



 クライドは魔術具を一つ手に持ち、スタスタと中庭の中央へ歩いて行く。

 アイラはまた首を傾げながら、後を追った。




 それから、クライドが魔術具を使用しつつ魔術を使って攻撃し、アイラは対魔術の効果がある魔術具で強化した剣で攻撃を防ぐ、という流れを続けた。


 すでに第一騎士団の団員たちで試した訓練方法ではあったが、魔術具を使用した攻撃の威力は、騎士と魔術学校の生徒では桁違いだった。

 魔力の使い方が違うと、こうも威力が変わるのかと、アイラは改めて驚いている。



「時間があれば、魔術師の方を呼んで皆で訓練しておきたかったです」


「俺も今、逆を思った。こうも魔術を剣で斬られるなんて体験、普通は出来ないからな」



 クライドが放った雷の魔術を、アイラは自身の剣で薙ぎ払った。

 雷がすべて消えるわけではないが、斬った部分は綺麗に消えていた。これなら魔術の直撃は避けられるし、上手く利用して威力を分散させられる。


 ただ、問題は持続時間だ。何度か試したところ、剣に対魔術の効果を付与できるのは、一度の使用で数分ほどだった。

 さらに、魔術具へ込める魔力の量はかなり多めでないと発動しない。

 戦いの中で効果が切れれば、また魔術具を使用する隙を作らなくてはならなくなる。



 そして効果が切れる瞬間は、とても分かりやすい。魔術具を使用すると剣の刀身に光が纏い、効果が切れると消える。


 分かりやすく作ってくれたのは、効果が切れたことに気づかず戦い続ければ危険だからだろう。

 ただその分かりやすさは、戦う相手にも同じだろう。効果が切れた瞬間に、集中攻撃される可能性も考えられる。



「……それ、難点だな。効果が切れる前に相手を倒すか、大体の時間を把握して、切れそうになったら隠れてかけ直すか…」



 アイラの刀身から光が消え、クライドが眉を寄せて言った。アイラもうーんと唸る。



「とっさの判断が命取りになりますね。相手が複数人で、さらに全員魔力を持っていた場合、より戦いが困難になりそうです」


「……アイラ一人で戦わせるなんて、そんなことさせるつもりはないけどな」



 ムッとした顔でクライドが言う。どうやら、アイラがまた一人で無茶をしようと考えているのではないかと思われたようだ。



「お兄さま、私はちゃんと仲間たちに頼るので心配しないでください。もちろん、お兄さまにも」


「……そうか。分かってくれているならいいんだ」



 クライドはアイラの頭を撫でると、小さく微笑む。



「髪、少し伸びたな」


「そうですね。ベラがどのような髪型にしようかと、楽しそうに考えてくれていました」


「それは俺も楽しみだな。さて、ベラが怒って迎えに来る前に準備に取り掛かるか」


「ふふ、そうですね」



 アイラとクライドは笑い合いながら、夜会の準備のためにそれぞれの自室へ戻って行った。





◇◇◇


「さあ、完成です。お綺麗ですよ、アイラお嬢さま」



 ベラが笑顔でアイラの背を押し、鏡の前に促す。

 そこには、ベラによって全身をピカピカに磨かれ、赤いドレスを纏うアイラが映っていた。


 複雑に編み込まれたハーフアップの蜂蜜色の髪は、ドレスと同じ赤い色の花の髪飾りが挿し込まれており、同じデザインのイヤリングが耳元で揺れている。


 胸元には白い肌に映える、瞳の色と同じ瑠璃色の宝石が光っている。右腕にはトリシアの贈り物である、腕輪型の魔術具を着けていた。


 思ったよりも赤色に包まれている自分に、アイラはエルヴィスの瞳を思い出して少し恥ずかしくなった。



 ―――なんだか、全身でエルヴィス団長が好きだと言っているみたいだわ…。



 満足そうにアイラを眺めていたベラが、くすりと笑った。



「お嬢さま、緊張しているのですか?フィンさまにも、きっと褒めていただけますよ」


「フィンさま?……あ、そ、そうね」



 一瞬きょとんとしたアイラは、すぐに微笑んだ。


 夜会でフィンは恋人役をすることになっており、このあとエスコートのために迎えに来てくれる予定だった。

 そしてベラには、恋人のフリだということは話していない。話せば、どうしてそんなことをするのかと追求されてしまうからだ。



 アイラは再度、鏡に映る自分の姿を眺めた。

 着飾った姿を、エルヴィスに見てもらいたいと、他の誰でもないエルヴィスに褒めてもらいたいと、そう思ってしまった。


 けれど、エルヴィスは夜会には出席しない。

 バージルが招待しようとしてくれたようだが、本人が断りを入れたらしい。



 騎士団長である自分がいれば、訝しむ者が現れ、アイラの覚悟が無駄になるかもしれないと…そういった理由のようだった。

 なので、エルヴィスは今夜は城に滞在し、動きがあればすぐに駆けつけてくれることになっている。



「アイラ、入るぞ」



 クライドが部屋に入って来た。その整った容姿を見て、これはまた令嬢が殺到しそうだな、とアイラは思った。



「……お兄さま、以前バージルさまの夜会でお話したご令嬢とは、その後どうなったのですか?」


「ご令嬢?どうした突然…ええと、どうもしないな。何度か連絡があったが、それどころじゃなかったし。そういえば、もう連絡は来なくなったな」


「お兄さま…」



 アイラは呆れたようにクライドを見た。

 昔からそうだった。その容姿に惹かれて寄ってくる令嬢たちを、誰一人として相手にしないのだ。

 そろそろ婚約者を見つけなくてはならないはずである。



「ベラ、私はお兄さまが心配なのだけれど…」


「お嬢さま、私も同じ気持ちです」


「……おい、二人してそんな目を向けるな。言いたいことは分かるし、俺だってちゃんと考えてるぞ」



 クライドが両腕を組み、そう言った。途端にアイラは反応を示す。



「そうなのですか?誰か、気になるお相手が??」


「こら、急に顔を輝かせるな。どうした?こういった話、今までならお前は興味なさそうだったじゃないか」



 そう訊かれてしまい、アイラは口をつぐんだ。確かに、今までのアイラなら恋愛話に深く踏み込んだりはしなかっただろう。

 けれど今は、他の人たちがどのように恋をして、その気持ちを育てているのか、気になって仕方がなかった。



「クライドさま、それはお嬢さまにフィンさまというお相手ができたからに決まっているでしょう?」



 何故か得意げにベラが言う。クライドはフィンが偽の恋人だと知っているため、疑わしげな視線をアイラに向けた。



「……へぇ?恋の()()()、ねぇ?」


「……………」



 アイラはだらだらと冷や汗を流しながら、必死にクライドと視線を合わせないようにしていた。



「そ、そろそろフィンさまが来ますね!玄関へ参りましょう!」


「……そうだな。今は勘弁してやろう」



 今は、という部分を強調したクライドに苦笑いを返しながら、アイラはそそくさと玄関へ向かう。


 階段を下りると、両親が揃って立っているのが見え、アイラは声を掛けた。



「お父さま、お母さま!」


「おや、アイラ。とても綺麗だよ」


「まぁ本当。クライドも素敵。二人とも自慢の子たちだわ」



 アイラが駆け寄ると、母親のセシリアが慈しむような視線を向けた。



「アイラ。私には見守ることしかできないけれど…何事もなく無事に戻ってくると、約束してちょうだい」


「……はい。お母さま」



 目を潤ませたセシリアの肩を、父親のラザールが優しく抱く。そしてアイラとクライドを交互に見た。



「クライド、アイラを頼んだぞ。くれぐれも警戒を怠らないように」


「はい、父さま」


「アイラ、もし何かあっても、決して自分一人で何とかしようとしないように。必ず周囲を頼ること」


「分かっています、お父さま」



 子どもたち二人の返事に、満足したようにラザールが微笑む。

 ちょうどそのとき、玄関の扉が開かれた。



「フィン・ディアスさま、ご到着されました」



 衛兵の報告が入り、アイラとクライドは両親に手を振って外へ出る。馬車の手前に立っていたフィンが、すぐに目に入った。


 銀髪をいつものように後頭部で結び、真珠色の瞳は愉しげに細められている。

 いつも通りの綺麗に整った顔に、いつもの団服ではなく、夜会用の白銀の正装がとても良く似合っていた。胸ポケットには瑠璃色のブローチが輝いている。



「わあ、フィンさま…!とても素敵です」


「ありがと。バージルが仕立ててくれたんだ。……アイラも、とても綺麗だね」


「ふふ、ありがとうございます」



 フィンがスッと差し出した手のひらに、アイラは自身の手を乗せる。それからクライドを振り返った。



「それではお兄さま、また会場でお会いしましょう」


「ああ。……フィン副団長、アイラをよろしくお願いします」



 クライドの瞳が、鋭く光ってフィンへと向けられた。副団長、と役職で呼んだのは、仕事を忘れるなという無言の圧力だ。

 それに気付いたアイラは、ハラハラしながら二人を見た。


 フィンはニヤリと笑う。



「ええ、お任せください。大切な恋人は、ちゃんとお護りしますよ」



 その言葉にクライドが目を見開く。フィンはアイラを押し込むようにして馬車へ乗り込んだ。

 馬車の窓から、何かを言っているクライドが見える。アイラは向かいに座ったフィンに視線を向けた。



「……フィンさま、あまりお兄さまをからかわないでください」


「はは、ごめんね。敵意むき出しにされると、戦わなくちゃってね、騎士の(さが)が」



 フィンは楽しそうに笑うと、足を組んだ。



「こうして馬車に二人きりでバージルのところへ向かうなんて、つい最近を思い出すね」


「……そうですね。あのときの恋人のフリが、延長になるとは思いませんでしたが…」


「あの日はそんな恋人らしいことできなかったからね。今日は頑張るよ」



 恋人らしいことを頑張るとは、どういう意味だろうか。

 首を傾げたアイラに、フィンはふと真面目な顔を見せる。



「じゃあ、夜会という未知の戦場へ向かうよ。何事もないといいけどね…準備はいい?」


「……はい、もちろんです」



 アイラは真剣な表情で頷く。


 ウェルバー侯爵邸を目指し、馬車がゆっくりと動き出した。



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