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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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54.ドレス選びと城下街


 よく晴れた昼下がり、アイラは城下街へ出ていた。

 バージルが開催する夜会のための、ドレスを選びに来たのだ。


 前回の夜会のときは両親が贈ってくれたが、今回はアイラが自分で用意すると言い張った。

 せっかく贈ってくれるドレスをまた汚すのは嫌だったし、できるだけ動きやすいドレスを探したかったのだ。


 アイラにとって次の夜会は、いかに華やかに着飾れるかではなく、いかに動きやすく戦えるかが重要だ。



 ―――まだ、夜会で敵が現れると分かったわけではないけれど…それでも、動きやすいに越したことはないわよね。



 オーダーメイドなら要望は叶うが、どうしても値が張る。

 汚れたり破れたりする可能性を考えて、既存のものを買いに店を訪れていた。


 アイラはずらりと並ぶドレスを眺め、気になったものを手に取っていく。



「わ、綺麗な真紅のドレス!」



 横からひょいっと顔を出したカレンが、アイラの手元のドレスを見て言った。



「……でも、だいぶ装飾がすごいけど平気?動きやすさ重視よね?」


「こ、これは見ていただけよ」



 アイラはササッと真紅のドレスを戻す。

 エルヴィスの瞳と似た色だと思って手を伸ばしたとは、口が裂けても言えなかった。


 自分の気持ちを自覚したアイラは、特にいつもと変わらない毎日を過ごしている。

 エルヴィスの姿を目で探すようになり、遠目で見つけると嬉しくなって口元が緩んだりするが、この気持ちは大切に心にしまっていた。


 カレンには散々質問攻めにあったが、アイラは打ち明けなかった。

 初めてのちゃんとした恋心を、一番最初に伝えるのは本人がいいと思ったからだ。


 けれど、いつ気持ちを伝えるかは、アイラは今のところ考えてはいない。

 まずは目の前の問題を、早く片付けなくてはならないからだ。



「アイラさま、こちらのドレスはいかがですか?」



 そう言って眩い金色のドレスを持ってきたのは、クローネだ。

 確かにシンプルで動きやすそうだが、とくかく光の反射で目がチカチカする。



「クローネ、これは…少し目立ちすぎると思うわ」


「そうですか?輝かしいアイラさまにピッタリだと思ったのですが」


「これじゃあアイラの髪の色と似すぎよ。黄色系はやめたほうがいいわ」



 カレンの指摘に、クローネがしょんぼりと肩を落とした。


 今日は、アイラとカレンとクローネ、騎士団の女騎士三人でドレス選びに来ている。

 といっても、実際にドレスが必要なのは夜会に参加するアイラとクローネの二人なのだが、強い要望によりカレンも同行している。



 カレンとクローネは、あまり仲が良くないと聞いていた。

 そこで少し前、アイラはクローネとの稽古の時間に、カレンも誘ってみたのだ。


 そして剣を交えながら話してみれば、クローネは決してカレンを嫌っているわけではないことが分かった。



『……私、このキツイ性格のせいで、友人と呼べる人がいなくて…同性でも、どうすればいいのか分からなかったのです』



 そう言って申し訳無さそうに眉を下げたクローネの姿が、カレンの心を射止めたようだ。

 そこから二人は距離が縮まり、今日もこうして一緒に城下街へ出掛けることができるようになっていた。



「カレン先輩、アイラさまの瑠璃色の瞳に合わせるのはどうでしょう?」


「それは良い案だと思うわ。……でもクローネ、あなたはまず自分のドレスを選んだら?」



 二人が会話する様子を、アイラは微笑みながら見ていた。

 こうして女同士で買い物をすることは久しぶりで、とてもわくわくしている。



「……あ」



 アイラの目に留まったのは、また赤いドレスだった。派手な装飾は無く、裾のドレープが可愛らしい。



「―――アイラちゃんて、赤が好きなの?」



 急に背後から声を掛けられ、アイラはびくっと肩を震わせた。



「ギ、ギルバルト先輩!いつも急に現れないでくださいっ!」


「あはは、アイラちゃんの反応が可愛くてつい。ごめんね〜」



 ギルバルトはとても軽く謝った。店員がちらちらと見ているのが視界に映る。

 アイラたちは休暇で来ているので私服だが、ギルバルトは団服を着ていた。



「先輩は、どうしてこのお店に?男性のものはありませんけれど…任務か何かですか?」


「そう〜任務任務。護衛だよ、き・み・の」


「君の……えっ、私ですか!?」



 何も聞いていなかったアイラは、驚いて声を上げる。それに気付いたカレンがやって来た。



「なーんだ、そういうことだったの。後ろでちょろちょろしてるのが見えたから、ストーカーかと思った」


「え、ひどくない?そしてクローネちゃんは安定の無視〜」



 クローネはその言葉も聞こえていないかのように、黙々とドレスを選んでいる。

 アイラはきょろきょろと視線を巡らせた。



「ギルバルト先輩、お一人ですか?」


「そうそう。アイラちゃんが出掛けることを聞いていたデレクとリアムが、フィン副団長に言って、そんでオレが抜擢されたというわけだよ」


「それは……とんだご迷惑を…」



 多方面に心配をかけていることを申し訳なく思い、アイラは眉を下げた。

 ギルバルトがケラケラと笑う。



「みーんなアイラちゃんが好きで心配性なのがいけないんだよ。オレも邪魔しないように、黙って遠くから見守ろうと思ったんだけど…」


「あんたには無理でしょ」


「そう、無理でした〜」



 カレンにズバッと言い切られ、ギルバルトがまた笑う。つられてアイラも微笑んだ。



「では、ギルバルト先輩も一緒に選んでくれますか?私は、このドレスが気に入ったのですが…動きやすいでしょうか?」


「うーん、ドレスに動きやすさを求めて選ぶのはアイラちゃんくらいだろうねぇ。でも、いいんじゃない?」


「そうね、とっても綺麗な赤だわ。素材も軽そうだし」



 良い返事が返ってきたので、アイラはクローネにも聞いてみようとドレスを持って振り返った。

 クローネは既にアイラを見ていて、こくこくと頷きながら親指をぐっと立てている。このドレスは合格のようだ。



「良かった。すぐ決まりました。お会計に行ってきます」



 アイラは支払いを済ませ、ドレスは邸宅へ送ってもらうことにした。

 夜会の当日は、邸宅で侍女のベラに支度を手伝ってもらい、馬車に乗るつもりだ。クライドも一緒に参加してくれるとの返事が届いていた。


 クローネもすぐに気に入ったドレスが見つかり、購入していた。ギルバルトを視界に入れないようにしながら戻って来る。



「アイラさま、カレン先輩、このあとはどうしますか?」


「そうねぇ、お茶の時間にはまだ早いし、少し街を歩きましょうか?」



 カレンの提案に、アイラは顔を輝かせる。

 よくデレクとリアムと休みの日は街を歩いているが、カレンとクローネと女同士で歩くのは初めてだった。



「私、みんなと歩きたいわ!」


「やだ、嬉しそうにしちゃって可愛いわね〜アイラは」


「ねぇねぇ、それってオレも並んで歩いていいの?」


「さ、早く行きましょうアイラさま」


「ねぇねぇ〜」



 カレンとクローネに腕を引かれ、アイラは笑顔で歩き出す。後ろから「ねぇってば〜!」と言いながらギルバルトがついてきた。



 街を歩いていると、どうやらこの集団は人目を惹くということが分かった。

 アイラの両脇には、美女が二人。体のラインに添った華やかなワンピースを着ているカレンと、上質な生地のシャツと長い脚を引き立たせるパンツ姿のクローネ。


 その数歩後ろには、騎士団の服を着て周囲の女性に愛想を振りまく、容姿端麗なギルバルト。



 アイラもクローネと同じく、いつものようにシャツとパンツを合わせている。

 完全に動きやすさ重視で選んでいたので、可愛らしさも何もないシンプルな格好だ。


 通りすがる人々から視線を向けられ、アイラはもう少し身なりに気を遣えば良かったな、と思い始めていた。



「何なの、あの人たち。綺麗すぎない?」

「後ろにいるのは騎士さまでしょ?かっこいいわ…」

「じゃあ、騎士さまに守られるお姫さま、って感じ?三人で騎士さまを取り合ったりしてるのかな?」

「きゃあ、女の戦いね!」



 とんでもない話が聞こえてきたため、カレンがうんざりした表情で後ろを歩くギルバルトを見た。

 歩きながらひらひらと女性に手を振っている。



「……何であの女たらしが人気なのか分からないわ」


「全くです。あの人を私たちが取り合うとか…ゾッとします」


「ふ、二人とも…」



 アイラも苦笑しながらギルバルトを見た。確かに軽薄だが、優しく頼れる先輩騎士だということを、アイラは知っている。


 注目を浴び続けたまま、アイラたちは街の雑貨屋や服屋を見てまわる。

 歩き疲れた頃、露店で飲み物を買ってベンチに並んで座った。ごくごくと果実水を飲んでいるカレンが、ぷはっと息を吐いた。



「はあ〜、生き返る!おいしい!」


「ふふ、たくさん歩いたものね」


「本当ならこのあと、女同士の会話で盛り上がりたいところだけど…」



 ベンチの後ろに立つギルバルトを、カレンがじろりと睨む。

 ギルバルトはにこりと笑った。



「なぁに〜?あたしも女なんだけど〜」


「……ちょっと、本気で気持ち悪いからやめて」


「ふふふっ」



 声を高くしたギルバルトが可笑しく、アイラは笑った。カレンは冷めた目をしており、クローネは無心で飲み物を飲んでいる。


 この何気なく流れる時間が、アイラは心地良かった。




 そのとき、遠くから悲鳴が上がる。



「誰かー!引ったくりよー!」 

「そっちに逃げたぞー!」



 アイラたちは一斉に反応した。

 真っ先に駆け出そうとしたアイラの肩を、ギルバルトが引き止める。



「アイラちゃんはダメ。何があるか分からないから、オレといて」


「でもっ…」


「巡回の騎士がいるはずだから。ガマンだよ」



 ギルバルトの瞳は真剣で、アイラは黙って頷いた。カレンがスッと立ち上がる。



「あたしとクローネで様子を見てくるわ。待ってて、アイラ」


「そうですね。行ってきます」



 カレンとクローネはそう言うと、騒がしい方へ向かって走って行った。

 その後ろ姿を見ながら、アイラはベンチへ腰を下ろす。



「……私が狙われている件とは、無関係ですよね…?」


「だと思うけどねぇ。……それは、動けなくて不満な顔?」



 ストンと横に腰掛けたギルバルトの問いに、アイラは前を見据えたまま答える。



「いえ。周囲を巻き込むのは嫌だなって顔です」


「ふはっ、アイラちゃんらしい答えだね。でも君は、次の夜会で大勢を巻き込もうとしてるよね?」



 それは、誰かが聞けば棘のある言い方だと思うだろう。

 けれど、アイラは分かっていた。ギルバルトは、アイラの覚悟を確かめるために言っているのだ。



「……そうですね。私自身が囮となる種を蒔いたとはいえ、何かが起きれば必然的に周囲を巻き込むことになります」



 カレンとクローネが向かった先で、ワッと歓声が上がる。引ったくりを捕らえたのだろう。



「でも、私が怯えていては余計に迷惑ですから。できるだけ早く、私を狙う人物を捕まえたい。……周囲を巻き込んでしまったら、その周囲まで私が護ればいいのです」


「……そんな簡単に、巻き込んだ全員を護れると?」


「はい。護ってみせますよ。だって私は、騎士ですから」



 アイラはそう言って、ギルバルトに笑いかけた。



「あ、でも私一人だと限界はあるので、先輩たちの力も必要です。よろしくお願いします」


「……そこで笑えるなら、大丈夫だね。オレ、護衛と同時に様子見も頼まれてるからさぁー」


「私の様子を?……フィン副団長にですか?」


「いや、エルヴィス団長に」



 エルヴィスの名前を聞いて、アイラは危うく飲み物のカップを握りつぶしそうになった。

 動揺を悟られないように、平静を装う。



「……だ、団長ですか。そうですか」


「………ぶふっ。そうそう、団長に。こっそり様子を見てって言われて…あ、こっそりなのに言っちゃった」


「どうして笑っているのですか…」



 小刻みに肩を震わせているギルバルトは、「ん〜?」と唇の端を持ち上げる。



「いやぁ、面白くなってきたなぁと思って」


「………」



 これ以上余計なことを言わないよう、アイラはだんまりを決め込んだ。

 けれど、変なところに鋭いギルバルトには、もう全てがバレてしまっているような気になる。


 楽しそうな視線を受け止めないようにしていると、カレンとクローネが戻って来る姿が見えた。



「あ、カレン!クローネ!どうだっ…」



 ベンチから立ち上がったアイラは、言葉を止めた。

 カレンの隣にいるのは、クローネではなかったのだ。



「……エ、エドくん!?」


「アイラさん…!」



 アイラに名前を呼ばれ、カレンの弟のエドマンドがパアッと顔を輝かせた。

 武術大会で会って以来だが、相変わらずカレンに似て美男子である。



「え?誰?カレンにそっくりだけど」


「あたしの弟。エドマンドよ」



 瞬きを繰り返すギルバルトに、カレンがため息と共に答える。



「引ったくりを捕まえたのが、まさかのエドだったの」


「エドくんが?」


「はい!全く、白昼堂々とよくやりますよ。俺は剣を見に街へ来ていたところで、ちょうど騒ぎが起きたんです」



 エドマンドは肩を竦めると、ちらりとギルバルトに視線を向けた。



「ところで、アイラさんの近くにいるこの方は?見たところ騎士ですよね?」


「あ、ギルバルトだよ。初めまして〜カレンの弟くん」


「……姉さんの嫌いな人種だ。そして俺も嫌い」


「えっ、初対面でひどくない??」



 エドマンドが冷ややかな声を出し、ギルバルトは酷いと言いながらも笑っている。

 アイラは気になっていたことをカレンに問い掛けた。



「カレン、クローネはどうしたの?」


「ああ、引ったくりを捕らえたエドを見つけて声を掛けようとしたら、急に用事を思い出したって帰ったわ。たぶん、周りが男だらけだったから嫌だったんじゃないかしら。やけに野次馬が集まってたしね」


「そう…それなら仕方ないわね」



 アイラはホッとした。何かに巻き込まれたのかと思ったのだ。

 ぐいぐいと話し掛けているギルバルトを押しのけながら、エドマンドがアイラを見る。



「アイラさん!俺、もうすぐ入団試験なんですよ!」


「えっ。……もう、そんな時期?」


「絶対に合格するので、そしたら俺と…デートしてください!」



 とても爽やかな笑顔でそう言ったエドマンドに、アイラは固まる。

 どこまで本気で言っているのか、どう断ればいいのか分からなかったからだ。


 エルヴィスへの想いを自覚したアイラは、他の男性とデートをする気にはなれない。

 カレンがエドマンドの肩を優しく叩いた。



「エド、アイラは諦めなさい。望みはないわよ」


「どうして?……まさかアイラさん、誰か…」


「あーそうそう。アイラちゃんは副団長の恋人だからね〜」



 ギルバルトが平気で嘘をつく。

 貴族界に流した、アイラとフィンが恋人同士だという噂は、第一騎士団の皆には嘘だと説明してあった。


 その嘘を利用しようとしたのか、ギルバルトはアイラに向かって片目を瞑って親指を立てている。

 一方で、エドマンドは魂が抜けたように呆然としていた。



「うん、もうそういうことにしましょう。エドは面倒くさいし」


「……それでいいの?エドくんに嘘をつくのは…」


「いいのいいの。それでも諦めるかは分かんないけどね。それより、お腹空いたし食事でもしましょう」


「いえ〜い賛成〜」


「当たり前のようにあんたも行くのね…」



 カレンが未だに呆然としているエドマンドを引きずって歩き出し、ギルバルトがアイラに手招きをする。



「行こ、アイラちゃん」


「……はい」



 エドマンドには申し訳ないが、カレンがそう言うのであれば黙っておこう、とアイラは決めた。


 ギルバルトの呼び掛けに頷いてから歩き出そうとしたアイラは、ぞくりと嫌な気配がして振り返る。

 そこには、城下街を楽しそうに行き交う大勢の人々がいた。嫌な気配は、もう感じない。



「………?」



 アイラは眉をひそめながらも、カレンたちの元へ駆け寄った。



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