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37.魔術具開発局③


「……今の言葉、撤回していただけますよね?」



 アイラの言葉に、リアムの兄二人は揃って片眉を吊り上げた。

 顔が似ている上、仕草までそっくりだ。


 長男のレナードが、アイラをじろじろと見る。



「……ほう?お前がドルフの言っていた娘か」


「あー、ドルフが好きそうだな」



 三男のフェンリーもアイラを見て、両腕を組みながら続けた。



「顔だけが良くて、中身が空っぽの女」



 その言葉に、リアムとエルヴィスはほぼ同時に弾けるように立ち上がった。

 リアムはアイラを庇うように立ち、テーブルを挟んで向かい側にいたエルヴィスは剣の柄に手を掛けている。

 この場で剣を抜くことはしないだろうが、威嚇の意味を込めているのだろう。


 そんなリアムとエルヴィスの反応を、レナードとフェンリーは意外そうに見ていた。

 アイラも驚いた顔でリアムとエルヴィスを交互に見ている。間に挟まれ一人座っていた局長のスタンリーは、「……食事、冷めちゃいますよ?」とボソリと言った。


 リアムはレナードとフェンリーをキツく見据え、口を開いた。



「……僕に出て行けと言ったことは、撤回しなくて良い。その代わり、彼女を侮辱したことは謝れ」


「な、なんだよ…」


「俺からもお願いしよう。ちなみにどちらの言葉も撤回してくれ。……この場で、俺が剣を抜く前に」



 エルヴィスを纏う怒気が強くなり、それに反応するように紅蓮の瞳がギラリと光る。

 冷ややかな声音は、リアムが今まで聞いたことのないものだった。


 その気迫に、ごくりと喉を鳴らし後ずさったフェンリーとは違い、レナードは表情を変えずにその場に立っていた。



「……分かった。撤回しよう」


「レナード!?」


「ここで騒ぎを起こせば、父さまと母さまに迷惑がかかるだろう。そこにいるスタンリー局長にもな。……それに、騎士団を敵に回すと厄介だ」


「……そうだな…悪かった」



 バツが悪そうに、フェンリーが謝罪の言葉を口にする。

 昔からそうだ、とリアムは思った。昔から、ドルフとフェンリーは、レナードの言うことは素直に聞いていた。


 今でこそ高圧的な態度を崩さないレナードだが、幼い頃はとても無邪気だった。

 遊びを考える発想が柔軟で、ドルフ・フェンリー・リアムの三人の弟たちは、兄のレナードにくっついて邸宅内で遊び回っていたのだ。

 それはリアムにとって、儚くも楽しかった日々の思い出だ。


 レナードは、リアムが背後で庇っていたアイラへ視線を向ける。



「……どうやらドルフが気に入ったこの娘は、騎士団長と我らが弟に庇われるほどの者らしい」


「……私は、ただの騎士です」



 アイラはそう言うと、リアムの前に腕を出した。今度は、アイラがリアムを庇うように立っている。



「いくらリアムのお兄さまでも、リアムを傷つけることは許せません」



 ピクッとレナードの眉が動いた。リアムは目の前に伸びるか細い腕に手を添え、そっと下ろす。



「……僕のことはいいから。それに、君に守ってもらうほど弱くはないけど」


「リアムが強いのは知っているわ。でも、背中を守るくらいはいいでしょう?」



 そう言って笑うアイラに、リアムはフッと笑った。アイラの芯の強さにはどこからくるのだろうと、羨ましく感じる。

 そんなリアムを、フェンリーが信じられないような目で見ていた。



「リアム、お前…」


「―――おい!お前ら!」



 ずっとざわついていた食堂に、一際大きな声が響いた。

 声の主が怒ったようにズカズカと向かってくる様子を見て、リアムは途端に笑みを消す。代わりに頭を抱えたくなった。



 ―――どうしてこう、次から次へと―――…。



「お前ら、俺を差し置いて天使…じゃない、アイラさんと話すとは何事だ!羨ましい!」



 次男のドルフがあっという間に近くまでやって来た。

 レナード、ドルフ、フェンリー。そっくりな兄三人がリアムの目の前に揃う。


 アイラが三人を順に見てから、リアムに視線を移す。もう何度も言われていることだが、似ていないと言われるとリアムは思った。

 けれど、アイラは楽しそうに笑いながら言う。



「ふふ、リアムとお兄さまたち、似ているわね」



 似ていると言われ驚いたのは、リアムだけではなかった。兄三人も互いに顔を見合わせている。

 エルヴィスもアイラの笑顔に毒気を抜かれたのか、顎に手を添えてリアムたち四兄弟をまじまじと見ていた。



「……そうだな。よく見れば似ているな」


「エルヴィス団長もそう思います?」


「……待って。一度も言われたことないんだけど、どこが?」



 リアムは思わず訊ねた。アイラが答えようとする前に、ドルフが奇声を上げる。



「ほぉらあぁぁぁ!言ったろ!?彼女は天使なんだって!」


「ほう?まあ、悪くはなさそうだな」


「確かに。ドルフに同意するのは癪に障るけど」



 レナードとフェンリーが、アイラを天使だと言い張るドルフの言葉に、何故か頷いている。

 似ていないだろ、と否定の言葉を投げかけられると思っていたリアムは、わけが分からずに動揺した。


 そんなリアムの耳元で、アイラがこそっと呟く。



「……リアム。今なら、お話聞けるんじゃないかしら…?」



 リアムはハッとする。兄三人の登場と変なやりとりに、すっかり本来の目的を忘れていた。

 ここへ来た目的は、オドネル伯爵家の人間が闘技場の事件に関与しているのか、調査することだ。


 リアムはぐっと拳を握る。エルヴィスに視線を向けると、ずっとリアムを見ていたのか、すぐに口の端を持ち上げて頷いてくれた。



「……レナード兄さん、ドルフ兄さん、フェンリー兄さん」



 名前を呼ばれた兄たちが、それぞれリアムを見た。

 真っ直ぐに視線を交わしたのはいつぶりだろうか、とリアムは頭の片隅で思う。



「―――少し、僕に時間をください」





***


 ざわつく食堂から、一行は場所を移動した。提案してくれたのは、意外にもレナードだった。


 レナードは周囲の局員たちに騒がせたことを丁寧に詫び、スタンリーにリアムとの時間を少しもらえるか訊ねた。すると、スタンリーはすぐに笑って了承してくれた。



「兄弟の時間は大切にしなくちゃね!僕は局長室にいるから、話が終わったら騎士の皆さんで来てもらえれば大丈夫です!」



 そのあとリアムとアイラは、レナードたちに連れられて彼らの共同研究室へとやって来た。


 ちなみに、エルヴィスは別行動となっている。

 大きな声では話せなかったが、リアムの両親である、オドネル伯爵と伯爵夫人の元へ向かうようだ。


 アイラも別行動を申し出たが、リアムがそれを引き止めていた。アイラには、そばにいて欲しかったのだ。



「……それで、」



 研究机に片手を乗せ、レナードがリアムを見た。



「俺たちの時間を何に使うつもりだ?」



 ドルフとフェンリーは、並んで研究机に寄りかかっている。向かい合うようにリアムが立ち、アイラはその一歩後ろにいた。



「………」



 リアムは、なかなか言葉が出て来なかった。事前に質問する内容はエルヴィスたちと話し合っているのに、いざ兄を目の前にすると、訊くことを躊躇ってしまう。


 リアムが声を発する前に、フェンリーが口を開いた。



「その前にさ、リアム。教えてくれるか?」


「……え…」


「ちょっと待てフェンリー!お前、まさかアレを訊くつもりか?」



 ドルフが隣にいるフェンリーをギョッとしたように見ている。フェンリーは肩を竦めた。



「だって、今がまたとない機会だろ」


「そ、それはそうだけど…!レナード、フェンリーを止めなくていいのか?」



 眉を下げるドルフを一瞥したあと、レナードが息を吐く。

 何が訊きたいのか分からないリアムは、じっと言葉を待った。



「……リアム。お前はどうして、騎士となった?」



 レナードの口から発せられた言葉の意味が、リアムにはすぐに理解できなかった。

 ゆっくりと言葉を飲み込むと、体の芯から冷えていく感覚に支配される。



「……どうして、騎士になったかって?」



 自分でも驚くほど低い声が、リアムの口から出た。

 ドルフがほらみろ、とでも言いたげにレナードとフェンリーを睨んでいる。



「そんなの、兄さんたちが一番知っているじゃないか」


「……魔力が無いからか?」


「そうだよ。優秀な兄さんたちと違って、僕は落ちこぼれだからね!」



 それは、リアムの心からの言葉ではなかった。


 魔力があるから偉いとか、魔力がないからダメだとか、そんなことは思ってもいない。

 騎士団には、魔力がなくても立派に戦う騎士はたくさんいる。


 けれど、リアムの中に、まだ幼かった頃に感じた絶望感が蘇ってくるのだ。

 家族の中で、一人取り残されたような、あの絶望感が。



「魔力がなくても、設計図は書けるだろう。局員には魔力が無く、設計のみに携わる者もいる」


「……そんなの、知ってるよ…!」



 リアムは声を荒げる。そして、思い出すのは母親の言葉だった。


 ―――『ねえ、リアム。魔力がなくても、設計などに携わることはできるわ。でも私はね、違う職を目指したほうがいいと思うの』


 今でも、あの時の母親の憐れむ表情が、リアムの瞼の裏に焼き付いている。



「違う道を歩めと言われて、みっともなく同じ道に縋り付けると思う!?そんなの、滑稽に見えるだけじゃないか…!」



 リアムの悲痛な叫びに、三人の兄は眉を寄せていた。フェンリーが寄りかかっていた研究机から離れる。



「待て待て、違う道を歩めって…魔術具開発局で働くのを諦めろってことか?誰に言われた?」


「……母さまだよ」


「母さま!?どうして…、お前らは知ってたか?」



 慌てるようなフェンリーの声に、レナードとドルフが揃って首を振る。

 リアムはその反応を不思議に思った。リアムと兄三人とで、何かが食い違っているのではないかと、そんな錯覚に陥る。



「なんてこった、俺たちはてっきりあの護衛にそそのかされたのかと…」



 頭を掻きながらフェンリーが言った言葉に、リアムはすぐに反応した。ツカツカとフェンリーに近付くと、白衣の襟元を掴む。


 ドルフが「フェンリー、バカかお前!」と言ったが、リアムの耳には入らない。



「……ジョスランのことを言っているなら、その口を今すぐ閉じてくれる?」


「………」


「彼まで蔑むなら、僕は―――、」


「やめろ、リアム」



 震えるリアムの腕を、レナードが掴んだ。睨むようにリアムは視線を移したが、文句の言葉は口の中に留まる。

 レナードが表情を崩し、泣き出してしまいそうな顔をリアムに向けていたからだ。



「……っ、にい、さん…?」



 初めて見るその表情に、リアムは動揺を隠せなかった。一体、兄たちが心の中で何を考えているのか、サッパリ分からない。

 そして分からないのは、リアムが今まで知ろうとしなかったからだ。向き合うことを、避けていたからだ。


 リアムは静かにフェンリーの襟元から手を放す。

 フェンリーもドルフも、レナードと同じような感情をその瞳に滲ませている。



 ―――どうしてそんな、悲しそうな目を僕に向けるんだ?まるで、後悔でもしているような―――…。



 そんなまさか、とリアムが思うと同時に、けたたましい警報音が鳴り響く。

 リアムは反射的に腰の剣に手を掛けた。そしてアイラの姿を確認する。

 アイラも剣の柄に手を掛け、周囲を見渡していた。



「な、何だ!?」



 鳴り続ける警報音に、ドルフが片耳を押さえながら叫ぶ。レナードが素早く扉を開け、廊下の様子を確認した。



「どこかの警報が作動したな。侵入者でもいたか、開発課程で失敗して魔術具が暴走したか…どちらにせよ俺は制御室へ向かう」


「レナード兄さん!待って!」



 リアムは思わずレナードを呼び止める。



「何だ。話の続きは、悪いがまたあとでだな」


「……違う。僕も、一緒に行く」


「何?バカなことを言うな」


「だって、侵入者だったらどうするの?」


「そんなもの、衛兵がいれば…」



 リアムが譲る気がないのが分かったのか、レナードが大きくため息を吐く。



「……分かった。ドルフとフェンリー、それからそこの娘はここで…」


「いえ、私たちも行きます」



 アイラが片手を挙げてにこりと微笑む。ドルフとフェンリーは揃って「え」と声を漏らした。



「ちょっと、アイラ…」


「リアム。この警報が、無関係だと言える証拠は何もないわ」



 アイラを止めようとしたリアムは、その言葉を聞いて口をつぐむ。


 確かにその通りだった。先ほどのドルフの反応から、この警報音は滅多に鳴らないものだと分かる。

 それが何故、騎士団が訪れているタイミングで作動するのか。

 偶然なのか、それとも故意に引き起こされたものなのか。偶然ではないとしたら、一体誰が、何のために。


 分からないからこそ、調査対象である兄三人とは、一緒にいた方が都合が良いのだ。



「〜ああもう、本当に君がいるところって何かしら起きるよね!」



 リアムは髪をぐしゃりと掻き混ぜ、ドルフとフェンリーに声を掛ける。



「ドルフ兄さん、フェンリー兄さん!アイラから離れないでね!」


「……か、可憐な女性に守ってもらうなんかできるか!」


「うるさいなぁ!ドルフ兄さんよりアイラの方が何百倍も強いから!!」


「な、なんびゃくばい…?」



 ドルフが呆然と呟いてアイラを見る。アイラは微笑みで誤魔化すと、「行きましょう」と促した。

 すると、フェンリーが研究机から、何個か魔術具を取り白衣のポケットにしまい込む。



「何があるか分からないんだろ?リアムが言うなら、君は相当強いんだろうけど…俺たちには、自分で作った魔術具がある」



 そのうちの一つを、フェンリーはレナードに向かって投げた。魔術具を受け取ったレナードは、同じように白衣にしまうとリアムを見て口を開く。



「……少し出遅れた。制御室へ向かうぞ」


「分かった」



 リアムが頷き、五人は揃って廊下へ出た。警報音は、未だに鳴り続いている。



 その頭にガンガンと鳴り響く音が、何かの始まりの合図に聞こえたリアムは、小さく唇を噛み締めた。



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