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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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36.魔術具開発局②


 ―――何を言い出すんだろう、この男は。



 実の兄に対して、リアムはそう思った。


 頭を下げ、右手を差し出す兄。

 困惑して固まっている、同期の女騎士。

 鋭い眼光で兄を睨んでいる、騎士団長。


 そして、きょとんとしている魔術具開発局の局長と、局員たち。



 研究室が沈黙に包まれたのはほんの一瞬で、ドッと空気が震えた。



「えっ!?突然の求婚!?」

「あのドルフさまが!?」

「天使って、“戦場の天使”!?あの子が!?」



 ざわざわと興奮して騒ぐ局員たちの反応に、リアムは頭が痛くなった。

 調査の前に、このままでは次男のドルフがエルヴィスに斬られる予感がしたリアムは、アイラに向かって伸ばされていた腕をパシッと叩く。



「ちょっと、やめてよ。身内のそういうの見たくないんだけど」


「なっ、リアム!邪魔するな!」


「邪魔するよ。こっちは仕事中だし、それはドルフ兄さんも一緒でしょ」



 呆れたようにそう言えば、ドルフがリアムをキッと睨んだ。



「お前に兄と呼ばれたくない。俺は…」


「そうですか。では公私混同する局員の方、仕事に戻ってはどうですか?」


「ぐっ…!」



 押し黙ったドルフを見て、局長のスタンリーが今だとばかりに間に割って入ってくる。



「まあまあドルフくん!ほら、仕事が終わったらゆっくりと話せばいいじゃないですか!」


「……そ、そうか…」


「そうですそうです!ね?アイラさんっ!」



 スタンリーに笑顔でそう問われ、アイラはぎくっと体を強張らせた。

 エルヴィスはアイラの隣で背筋の凍るような笑みを浮かべており、リアムは余計なことを言わないでほしいとスタンリーを恨みがましい目付きで見る。


 けれど残念なことに、ドルフはスタンリーの言葉を受け入れたようだ。



「天使……、いえ、アイラさん!お互いの仕事が終わったら、俺と話してくれますか!?」



 気迫を背負い、ドルフがアイラに向かって言う。必死なその表情は、リアムが今まで見たことのない表情だった。


 最も、兄弟で顔を合わせ話をすること自体、今まであまり無かったのだが。

 それはリアムの魔力がほとんど無いと分かった、あの日から。


 不意に思い出してしまった過去の映像が、リアムの表情を消した。そんなリアムを見たアイラが、覚悟を決めたように口を開く。



「……分かりました。お約束します」


「!!……あ、ありがとうございます!楽しみにしています!ほらお前ら、アイラさんに迷惑かけるなよ!仕事に戻れ!」



 自分の行動は棚に上げ、ドルフは周りの局員たちにそう言いながら、緩みきった顔で研究机に戻って行った。

 リアムは信じられない思いでアイラを見る。



「……ちょっと、本気?絶対ろくなことにならないけど」


「大丈夫よ。リアムのお兄さまでしょう?」



 アイラはそう言って笑うが、リアムは違う答えが返ってきたことに頭を振った。



「違う、僕が言いたいのは…うちは伯爵家で…」


「求婚を、受けるのか?」



 リアムの言葉に被せるように、エルヴィスがそう問い掛ける。

 アイラはポカンとしたあと、慌てて首を横に振った。



「ち、違います!ただお話をしてみたいなぁと思いまして…!」



 否定しているように見えるが、言葉だけ捉えればドルフに興味を持っているとも取れる。

 リアムは冷や汗を流しながらエルヴィスを見ていた。


 詳しい話は聞いていないが、エルヴィスがアイラに好意を持っていることは誰が見ても分かる。

 そこで慌てているアイラ本人が、気付いていかは別として。


 アイラは助けを求めるように、ちらちらとリアムに視線を送っている。

 けれど、救いの手を差し伸べたのは、先ほど余計な提案をしたスタンリーだった。



「まあまあ、話もまとまったようですし、ぜひ見学を開始してください!僕は少し別の仕事をしたらまた合流しますね。昼食をとったら、魔術具の試作品をお見せします!」



 そう言うが否や、スタンリーは明るく手を 振って去って行った。相変わらず自由だな、とリアムは思う。


 スタンリーは、リアムが物心ついた頃から魔術具開発局の局長だった。その朗らかな性格と童顔が相まって若く見えるが、四十代である。

 両親と仲が良く、信頼もされている。知識も技術も申し分なく、スタンリーの元で働きたいと局員になる者も多くいる。


 けれど、この開発局の実権を握っているのは、リアムの父親である、オドネル伯爵なのだ。

 自身も開発に携わりながら、開発局に投資し、より役立つ魔術具の開発と、局員の技術向上に力を注いでいる。


 リアムはそんな父親の姿に憧れ、この場所でいつかは働くのだと信じて疑っていなかった。



「……アム、リアム?」


「あ…、ごめん、ぼうっとしてた」



 アイラに肩を叩かれ、リアムは現実に引き戻される。気付けばエルヴィスの姿が近くに無かった。



「あれ?団長は?」


「エルヴィス団長は、リアムのお兄さまから最初に話を聞くって。自分に一番本音を話してくれそうだからって言っていたわ」


「そう…」



 確かに、嫌っている弟より、意中の相手より、騎士団長の方がまだ話せるだろう。

 先ほどのドルフの態度から、あまり会話の期待はできなさそうではあるが。


 それに、エルヴィスがその役目を買って出たのは、別の理由があるとリアムは思った。

 心の中でドルフに健闘を祈ると、リアムは研究室内を見渡す。



「それで、僕たちはどうする?」


「そうね…開発の様子を見て回って―――騎士団で役立ちそうな魔術具を探さなきゃね」



 アイラが表向きの仕事内容を口に出したのは、周囲の局員たちがそわそわとこちらの様子を窺っていたからだ。

 聞き耳を立てられている状況では、迂闊に本来の目的に関する話はできない。


 エルヴィスが調査対象であるドルフの話を聞いている間、リアムとアイラはとりあえず表向きの行動を取ることにした。



 研究室内をうろうろと歩きながら、開発中の魔術具を見て回る。

 途中で分かったのは、この研究室では戦闘用の魔術具開発に特化した局員が集まっているということだった。



 魔術にも種類があるように、魔術具にも様々な種類がある。生活に役立つものから、戦闘に役立つものまで。

 騎士団のために、スタンリーはこの研究室に案内してくれたのだろう。



「これは、何の魔術具ですか?」



 アイラにそう訊ねられた男性局員は、手を止めて固まった。かと思えば、ドルフがいると思われる方向にちらちらと視線を向け始める。


 どうやら、ドルフが求婚した相手と話していいものかと悩んでいるようだ。

 余計な面倒を起こしてくれる兄だと、リアムがため息を吐く。



「……この設計図だと、魔術の威力を上げたりするような物じゃない?」



 男性局員の手元にあった設計図を見ながらそう言うリアムに、アイラが感嘆の声を上げた。



「わあ、リアムは設計図を見ただけで、どんなものなのか分かるの?」


「……そんなに複雑なものじゃなきゃ分かるよ」



 リアムはまだ幼い頃、絵本の代わりに魔術具の設計図を毎日のように眺めていた。

 もう眺めることはないが、未だに全て頭の中に残っている。

 リアムの答えが正解だったのか、男性局員は目を丸くしていた。



「……リ、リアムさまの言う通り、これは魔術の威力を上げる効果があります」


「威力を上げるって、具体的な数値は分かるのですか?」


「……こ、これは先に使用者の魔力を溜めておき、再度使用するときに溜めていた魔力を上乗せさせるのです。よって、溜めていた分だけ…魔術の威力が上がります」


「わあ…すごいですね!リアム、聞いた?」



 顔を輝かせるアイラに、リアムは思わずフッと笑みを溢す。そんなリアムを、男性局員は物珍しそうに見ていた。



「聞いてるよ。……ここって、そんなに楽しい?」


「ええ、楽しいわ!魔術具ってたくさんの可能性を秘めているじゃない?魔術より複雑で、手もかかるし…魔術具の授業を受けたとき、開発してるところをこの目で見たいなと思っていたの!」


「……魔術具の授業?」



 リアムがふと疑問に思い問い掛けると、アイラの顔から途端に血の気が引いた。

 先ほどまでの笑顔は無くなり、口元が引きつっている。



「そ、そうなの。ほら…ええと、家庭教師に教わっていたの」



 おろおろとそう言ったアイラの言葉に、リアムを納得させる力は無かった。

 それでも、リアムは深く追求しようとは思わない。……今は、まだ。



「へえ、勉強熱心だね。……それじゃ、次に行こうよ」


「う、うん!あの、教えてくださってありがとうございました」



 リアムが話を終わらせたことで、見るからに安心した様子のアイラは、男性局員にお礼を言った。

 その笑顔は男性局員を虜にしたようで、罪作りな天使もいるものだ、とリアムは呆れる。



「……アイラ」


「うん?」


「君さぁ、よく今まで能天気に生きてこられたよね」


「……ふふ、そうかしら」



 アイラの反応を見た瞬間、バカなことを口走ったとリアムは思った。



「ごめん、今の無し。忘れて」


「……リアム?」


「本当にごめん。君がどういう人生を歩んできたかも知らないのに、軽いこと言って」



 ごめん、と何度も謝るリアムに、アイラは可笑しそうに笑う。



「気にしないで。初めてリアムに会ったときの方が、暴言だらけだったわよ」


「……あれは、本当に…ごめん、あれも忘れて…」


「ふふ、いいのよ。今こうして、リアムと友達になれたしね」



 リアムは何とも言えず、「……そう」とだけ口にした。それは照れ隠しだったが、アイラには気付かれてしまったようだ。



「リアムって可愛いわね。私に弟がいたらこんな感じかしら」


「……それ本気で言ってる?」



 じろりとアイラを睨んでから、リアムは不意に想像してしまった。そして、ポツリと呟く。



「……君が姉だったら、僕は幸せだったろうね」



 その呟きは、アイラの耳に届いただろう。アイラは茶化すことはせず、ふわりと微笑んだだけだった。




 それから、主にアイラが局員と話をし、リアムが時々口を挟む、という流れが続いた。

 分かってはいたことだが、欲しい情報は何も入っては来ない。

 エルヴィスがドルフから何か掴めていれば良いが、期待は出来ないとリアムは思っていた。



 ―――手っ取り早いのは、僕が父さまに会って、それとなく探ることだ。それができれば苦労はしないけど…。



 リアムは騎士団に入ってから、両親とは一度も連絡を取っていなかった。兄三人とはもちろんのことだ。

 今日も、騎士としてここへ来ることは伝えていない。伝えたところで、忙しい両親がわざわざ自分に会いに来るとは思えなかったからだ。


 思ったより局員から注目が集まってしまったので、リアムの存在が両親の耳に入るかもしれないが。



「エルヴィス団長、どうでした?」



 リアムとアイラの元へ、エルヴィスが戻ってくる。

 楽しそうに魔術具の話を聞いていたアイラは、気分が高揚しているのか、エルヴィスに対するよそよそしさが無くなっていた。


 普通に話し掛けられたことが嬉しかったのか、エルヴィスの頬が緩む。

 “戦場の死神”はこんな顔しないでしょ、とリアムは思った。噂されているエルヴィスの二つ名は、アイラの前では恐ろしく似合わない。



「少し探りを入れてみたが、気付いたか気付かなかったのか、話を逸らされたな」


「……気付いていないと思いますよ。二番目の兄は鈍感なので」



 少し声のトーンを落として会話をするが、騎士三人が集まるとだいぶ人目を惹くようだ。


 容姿端麗な騎士団長のエルヴィスと、同じく容姿端麗な“戦場の天使”と話題のアイラ。

 そして、オドネル伯爵家の四男にも関わらず、魔力が無く騎士となったリアム。

 今更ながら、人選が間違っていたのでは、とリアムは思った。


 けれど、他に極秘事項を知っているのは副団長三人だけだ。

 彼らが代わりに来たとして、それはまた色んな問題が起きそうだと、リアムは考えることを放棄する。


 ちょうどそのとき、スタンリーが笑顔で戻って来た。



「皆さん、どうでしたか?そろそろ全体が休憩時間に入るので、昼食へ向かいましょう!」





 スタンリーに連れられて来たのは、魔術具開発局の食堂だ。

 リアムは幼い頃に何度かここを訪れたことがある。騎士団の宿舎の食堂よりずっと広く、メニューも豊富だ。


 騎士の服を身に纏っているだけで、他の局員から注目の的になる。

 リアムは少しアイラの気持ちが分かった。女騎士というだけで注目を集めがちな彼女は、いつもこんな見世物のような気分を味わっていたのか、と。



 三人はスタンリーが勧めるメニューを頼んだ。栄養バランスの良いメニューだ。

 リアムは最初に温かいスープに口を付ける。



「皆さん、食事のあとは魔術具の試作品をお見せする感じでよろしいですか?」



 スタンリーがそう言うと、エルヴィスが頷く。



「ああ。その試作品を、使用してみることはできるのか?」


「ええ、もちろん―――」



 そのとき、ざわり、と食堂内が騒がしくなった。大勢の視線の先を辿り、リアムは内心で舌打ちをする。



 ―――ああ、最悪だ…。



 食堂に現れたのは、茶髪に灰色の瞳を持つ、ドルフにそっくりな男が二人。

 その二人は真っ直ぐにリアムたちの元へ向かってくる。


 アイラが声をひそめてリアムに耳打ちした。



「……ねえ、リアム。あの人たちって、もしかして…」


「……うん。一番目と三番目の兄だよ」



 リアムはため息を吐いてそう答える。どうやら、ドルフがリアムの存在を伝えたようだ。

 それは予想していたことだが、まさか会いに来るとは思わなかった。しかも、こんなにすぐに。



 兄二人は近くで立ち止まると、じっとリアムを見つめた。何の感情も読み取れないその瞳を、リアムは見つめ返す。

 先に口を開いたのは、一番上の兄のレナードだった。



「……リアム。まさか、本当にお前がここに来ているとはな」


「任務ですから」



 素っ気なくリアムがそう答えると、三番目の兄のフェンリーが眉を寄せた。



「リアムお前、兄に向かってなんだその態度は?」


「……二番目の方に、兄と呼ばれたくないと言われましたので」


「ドルフか…まぁいい。俺が言いたいのはたったこれだけだ」



 ふう、と息を吐いたレナードが、静かに言葉を続ける。



「一刻も早く、ここから出て行け」



 ガタン!と隣で音が鳴り、リアムは驚いた。

 フォークを握りしめたまま、アイラがテーブルに手をついて立ち上がっている。


 そのスッと細められた瑠璃色の瞳を見て、リアムの頭に今すぐ止めろ、とどこからか命令が下される。

 慌ててリアムが立ち上がろうとしたが、もう遅かった。



「……今の言葉、撤回していただけますよね?」



 不敵に微笑んだアイラが、そう言い放ったのだ。



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