33.疑問と推測
城へと戻ったエルヴィスは、一緒に連れてきた五人の人物を衛兵へ引き渡した。
武術大会で騒動を引き起こし、捕らえられた者たちである。
全員が闘技場内で目を覚まし、ギルバルトが話を聞き、そのあとでエルヴィスが引き取った。
聞けば、試合中に魔術を繰り出し、ケガ人を出したり闘技場をめちゃくちゃにしたことは、誰一人として覚えていないという。
皆、混乱したように「知らない」「覚えていない」と繰り返すだけだった。
ひとまず、騒動を引き起こしたことは事実のため、一旦は城の地下牢へ入れられることになる。
「……団長…」
捕らえられたうちの一人、第二騎士団のジャスパーが泣き出しそうな顔でエルヴィスを見ていた。
第四試合でアイラと対戦し、最初に魔術を使ったのはジャスパーだ。
それが引き金となったかのように、他の四人も一斉に魔術で攻撃を始めたことを、エルヴィスは自身の目で見ていた。
エルヴィスは努めて冷静な表情で、ジャスパーに向かって頷く。
「心配するな。すぐに出てこられるように最善を尽くす」
「……はいっ…」
「ジスランも俺も、お前の言い分を信じているからな」
ジャスパーは震えながら何度も頷いたあと、衛兵に促され歩き出そうとした。そこでハッとしたようにエルヴィスを振り返る。
「……団長!そういえば、一つだけ思い出したことが…!」
「何だ?」
「大したことではないのですが…第四試合の前に、手洗いに行ったのです。そこで確か、転がってきた何かを拾いました。それから記憶がありません」
ジャスパーの言葉に、他の四人も思い当たるような顔をしていた。
彼らは一般人であるが、第四試合まで勝ち上がる強者たちだ。騎士団には所属していないが、どこかで衛兵として雇われている者かもしれない。
そのうちの一人の青年が、遠慮がちに手を挙げる。
「あの…僕も発言してもいいですか」
「何か思い出したのか?」
「思い出したといいますか…混乱していて、不思議なことだと今の今まで思わなかったのですが…」
その青年はごくりと喉を鳴らすと、驚くべき発言をした。
「……僕、魔力がほとんど無いんです。魔術を唱えたことすらありません。それなのに…僕は魔術を使っていたんですよね?」
エルヴィスは自室に戻ると、扉に寄りかかりながら眉間を押さえた。
突然の情報の波に、頭が痛くなる。
さらに、机の上にある山積みの書類が目に入る。朝から闘技場にいたせいだ。
フィンに会ったときに「机仕事が落ち着いた」と言ったのはもちろん嘘である。
これから急ぎで片付けなければならない。
「……やることは山程ある…」
呟きながら、エルヴィスは机に向かった。
椅子に腰掛けると、その時初めてこの部屋に他人がいることに気付く。
「……いたのか、ロイ」
「いたのか、じゃないだろぉ~!?」
ソファの上であぐらをかいているのは、密偵のロイだった。ものすごく不機嫌そうである。
「お前、俺じゃなくて暗殺者が待ち構えてたらどうすんだよ?机の上の書類見て突っ立ってる間に人生終わってるぞ!?」
「………」
「おーい!華麗に無視して仕事を始めるな!」
書類を捲りながら、エルヴィスはロイを見る。
「悪いが、今はお前に付き合っている暇はないんだ。仕事が山積みだし、これから更に増えるし、謎は深まるばかりだ」
「ん、ん?謎って何だ?武術大会のか?」
ロイが興味津々で訊いてくる。エルヴィスが城にいない間、ロイには城内に潜んでもらっていたので、彼は武術大会で起きた騒動の詳細は知らない。
だが、それをまた一から説明するのは骨が折れる。
「………」
よって、エルヴィスは無言になった。もちろん、ロイはそれを許さない。
「おーい、エルヴィス!俺への恩を忘れたか!?」
「……今、忘れようかと思う」
「はあ!?そこまでの事件が!?」
大げさに驚いたロイが、無精髭を撫でつける。何かを考えているようだ。
もう少し身だしなみを整えれば、精悍な顔立ちが引き立つのに、とエルヴィスはぼんやりと思う。
これを言えば、「密偵が顔立ち気にして、誰に見せびらかすんだ」と笑われそうだが。
「……分かったぞ。その事件には間違いなく、お姫さまが関わっているに違いない」
「………」
「そうだな?そうなんだな?」
しつこく訊いてくるが、エルヴィスは無言を貫く。すると、ロイの中で確信が持てたようだ。
「は〜〜〜、あのお姫さま、前世で悪事でも働いたのか?」
「……おい」
「いや、ものの例えだって。そんな射殺せそうな視線向けるなって。だってそうだろ?」
ロイはピシッと人差し指を立てる。
「まず爆発と火事に巻き込まれるし、少し人生遡ってやり直しても、魔犬に遭遇する、盗賊と戦う…それから今回の闘技場だろ?お姫さま、何か取り憑かれてんじゃねぇの?」
「そんなわけ…」
ないだろ、と続けようとしたエルヴィスは、ふと気付き疑問に思った。
そういえば、闘技場で操られたと思われる最後の一人を倒す寸前、何故アイラが狙われたのだろうかと。
目の前にいたエルヴィスではなく、わざわざアイラを目掛けて炎の玉を放った理由は、何なのだろうか。
「………」
「おおーい、考えを口に出せ、口にー」
「……最初から、それが目的だった…?」
「……口に出せとは言ったが、それが何を指すのかサッパリ分からん」
エルヴィスの耳に、もうロイの文句は届いていない。自らが口に出した最悪な想定の言葉に、嫌な予感しかしなかった。
―――最初から、アイラを狙うことだけが目的だとしたら。
そんなことは考えたくはないが、エルヴィスの頭によぎるのは、炎に包まれ、本棚に押し潰されたアイラの姿だった。
過去を遡ることにより、今回の人生では、あの日の出来事は事前に阻止することができた。
それは、あの火事が何らかの事故で起きたものでは無く―――故意に起こされたものだと、エルヴィスが知っていたからだ。
そのおかげで、火事を起こされる前にロイをタルコット家に送り込み、事前に待ち構え、実行犯を葬ることに成功したのだ。
けれどもし、その実行犯の陰に、別の人物がいたとしたら。
今回の闘技場の事件の黒幕が、その人物と同じだとしたら。
―――同じ“炎”によって、アイラを葬り去ろうとしているのだとしたら―――…。
「……ス、エルヴィス!!」
パン!と目の前で両手を叩かれ、エルヴィスはハッと我に返った。眉間にシワを寄せたロイと目が合う。
「一人で考え込むの、お前の悪いクセだからな」
「………っ、」
「いいか、ゆっくりでいいから…しっかり深呼吸して、少しずつ話してくれ。俺も、一緒に背負ってやるから」
真剣なその瞳を見て、エルヴィスの動悸が徐々におさまっていく。
言われたとおりに深呼吸をすると、まずは闘技場の事件について話し出した。
ロイは、話の途中で茶々を入れてくることはなかった。珍しく、ずっと真面目な顔をしてエルヴィスの話を聞いている。
事件のあらましを話し終え、アイラが狙われているのではないかという推測を口にすると、ようやくロイが声を出した。
「分からん!」
「……………は?」
思わぬ第一声に、エルヴィスは目が点になる。
「まず、話がややこしい上、真相は現段階で不明。そこにお前の推測が加わったところで、どうにもならんだろ。よって俺の感想は、分からん!だ」
「ロイ、お前………ははっ」
偉そうにふんぞり返るロイに、エルヴィスは思わず笑った。
自身の心配事を、分からん、で一蹴されてしまうとは、さすがに思ってもいなかった。
「……確かに、まだ分からないな。下手に決めつけていると、動きが鈍る」
「そうそう。まぁ、警戒するのは必要だけどな。あとは裏で俺が調べるから」
「いつも助かる、ありがとうな」
素直にお礼を言ったエルヴィスに、ロイはケラケラと笑い出す。
「ほーんと、お前はお姫さまに関することだけは素直になるよなぁ。いつかピンチを助けたら、感謝のあまり跪いて求婚されるかな?いや困った、俺には心に決めた女性が…いないけど」
「……さて、仕事に戻るか」
「おおーい、おじさん寂しいぞー」
書類の山に手をかけながら、エルヴィスの口元は笑っていた。
闘技場にいた騎士団が戻って来たのは、夕方のことだった。
ノックと同時に扉が開き、フィンが入って来る。
それはいつもと同じだったが、違ったのはその後ろからぞろぞろと三人続いて入ってきたことだった。
ジスラン、セルジュと副団長が続き、最後に入ってきたのは意外な人物だった。
第一騎士団の新人、リアムだ。
表情が強張り、水色の瞳はじっと床に向けられている。
「団長、報告に参りました」
「……お疲れ。副団長が揃って来たということは、何か重要なことが分かったのか?」
エルヴィスが問い掛けると、フィンは神妙な面持ちで頷いた。
「まず、被害状況から申し上げます。武術大会の参加者、十名が負傷。一名重症ですが、命に別状はありません。観客は逃げ出そうとした際に転倒したなどの軽症者が数名です」
「……観客は大勢いたのに、よく数名で済んだな」
「はい。一定間隔で配置していた騎士たちが、上手く宥めたり誘導していましたから。魔術師も協力的で助かりました」
フィンが満足そうに頷くと、隣に立つジスランが口を開く。
「続いて闘技場内の状況ですが、防護壁のおかげでほとんどの被害が地面に集中していたので、魔術師の力により元通りに戻りました。場外に異常はありません」
「……地下牢にいる者たちですが…皆落ち着きを取り戻しています。何かを拾ったときから記憶がない、という点以外の有力な情報はありませんが…」
セルジュがボソボソと話していた言葉を区切り、リアムに視線を投げた。
俯いていたリアムは、ゆっくりと顔を上げてエルヴィスに視線を合わせる。
何かを決意したような表情で、ずっと結んでいた唇を開いた。
「……おそらくですが、魔術具が使用されたものと思われます」
「………」
エルヴィスは黙ったまま、続けるようにと促した。
リアムは一度声を出したことで、いくらか緊張が緩んだようだ。丁寧に話し出す。
「人を操る魔術は禁術であり、術者に負担がかかると聞きました。なら、その魔術と同様の効果を持つ魔術具を作り出し、対象者に使用させることができれば、術者は何の負担も無く使用者を操ることができます」
「……そんなことが可能なのか?」
「魔術具を一から開発するのは、簡単ではありません。けれど、魔術具の設計図とそれに見合う魔力があれば、知識がある者なら作るることが可能です」
エルヴィスは顎に手を添えて考えた。
魔術具開発局の中枢を担う、オドネル伯爵家の息子であるリアムの言葉には信憑性がある。
「では…君は、その人を操る魔術具の設計図があると?」
「はい、思います。これは…あまり公には言えないことですが…」
リアムはぐっと拳を握り、続ける。
「……魔術具開発局には、この世に出してはならないと判断した設計図や魔術具を、保管している場所があります」
「………!」
「そこには、限られた人物しか入れません。逆を言えば、その人物は危険な設計図や魔術具を、盗むことができるということです」
副団長三人は、真剣な顔でリアムを見ている。この先の言葉を聞けば、あとには戻れないと分かっているのだろう。
それはエルヴィスも同じだったが、ここまで話を聞いた以上、この先を無視することなどできない。
「……そこに入れる人物というのは?」
リアムの体が強張ったのが、見ていて分かった。それでもリアムは、奥歯をギリ、と噛み締めたあと、か細い声で言葉を紡いだ。
「―――オドネル伯爵家の人物です」
そう告げたリアムの眼差しは、とても悲しそうに揺れていた。
***
闘技場の事件から、三日が過ぎた。
リアムの話を聞いたあと、エルヴィスと副団長たちはリアムを交えて何度も話をした。
オドネル伯爵家を…魔術具開発局を、調査するかどうかだ。
そもそも、リアムの話の内容も、まだ仮定の話でしかない。
人を操る魔術具の設計図というものが、存在するかどうかも分からない。
操られていたジャスパーたちが言っていた、“拾った何か”がその魔術具を示すとしても、確かめようがないのだ。
人を操り、魔術で戦わせることができる魔術具。
魔力の無い人間に、魔術を使用させることができる魔術具。
そんな魔術具が、本当に作れるのか。それが可能ならば、まさに禁忌と言えるだろう。
さらに、疑いの可能性があるのが、あのオドネル伯爵家の人物だという。
魔術具開発局は、オドネル伯爵家の協力があってこそ、機能している部分が多い。
リアムを除く家族全員が、現在もそこで働いている。
魔術具は、魔術師だけでなく、騎士にも必要不可欠な存在だ。
使用できるのは魔力がある者に限られるが、エルヴィスは何度も魔術具に助けられてきていた。
魔術具開発局やオドネル伯爵家の調査…しかも、闘技場の事件に関する調査となれば、世間に混乱を招くかもしれない。
ただでさえ、闘技場の事件は今では大々的に国で取り上げられてしまっている。
そこに騎士団が踏み込んで調査をし、結果的に実行犯はそこにはいなかった―――などとなれば、騎士団の立場が一気に危うくなるだろう。
慎重に考え、決断しなければならない。
この国の王すらも、今一番に頭を悩ませている問題である。
そしてエルヴィスには、この件の他にも、向き合わなくてはならない問題があった。
「……エルヴィス」
カタン、と窓が揺れ、ロイが少しだけ顔を出す。
「ついさっき、廊下で姿を確認した。もうすぐ来ると思うぞ」
「ああ、分かった」
「頑張れ、負けるなよ」
「……戦うわけじゃない。あと、くれぐれも覗くなよ。それと…」
「聞き耳も禁止。わーかってるって、ハイ退散〜」
ロイはサッと姿を消した。エルヴィスはため息を吐くと、椅子にもたれる。
その少しあと、扉が控えめに叩かれた。
「……入ってくれ」
エルヴィスがそう言うと、一拍置いて扉が開かれる。一人の騎士が部屋に入り、扉が閉まると、凛とした声を出した。
「―――失礼致します、エルヴィス団長」
瑠璃色の綺麗な瞳が、エルヴィスを捉える。
まず先に向き合わなくてはいけない問題である、アイラがそこに立っていた。




