31.武術大会⑥
デレクの第三試合の相手は、予想していた通りとなった。
赤毛の騎士と向かい合うデレクの表情は、緊張が滲んでいる。前回の優勝者と知れば、警戒して当然だろう。
アイラは席に座り、膝の上で両手を握っていた。
試合開始の合図が出され、デレクと赤毛の騎士が同時に動く。
二度、三度と剣がぶつかり合う様子を、アイラは瞬きせずに見つめていた。
デレクの動きは、いつもより少し固い。
素直なデレクは、普段の訓練でも感情が剣に出やすく、度々フィンに注意されていた。
本人も分かっているだけに、感情がなかなか抑えられないと嘆いていた。
けれど、生き生きと戦うデレクは、とても強いことをアイラは知っている。
デレクの攻撃を、赤毛の騎士は軽く躱していく。背中に羽でも生えているのかと思うほど、軽い身のこなしだった。
そんな相手を追いかけようと必死に剣を振るデレクを、アイラは見つめている。
―――デレク、そのままじゃダメだわ。力任せに剣を振るっても、あの人には届かない―――…。
アイラが思った通り、そのあとのデレクの剣は、赤毛の騎士に届くことは無かった。
足元を払われ、尻もちを着くように倒れたデレクの顔の目の前に、切っ先が向けられる。
悔しそうに表情を歪めたデレクが、降参したのが分かった。
足をケガしてしまったのか、デレクはそのまま医者が待機している方へとぼとぼ歩き出す。
平然とした顔で戻って来た赤毛の騎士は、やはりアイラをちらりと見ると、何も言わずに席に着いた。
「………」
次の試合に勝てば、恐らく赤毛の騎士と対戦することになる。
正直、勝てる気は全くしなかったが、少しでも納得してもらえる戦いができればいいとアイラは思った。
第三試合がすべて終わり、第四試合の準備が行われる。その間に、手当てを受けたデレクが戻って来た。
「……デレク!大丈夫?」
「ん、打撲程度だった。……あー、悔しい、負けちまった」
デレクはドサッとアイラの隣に腰掛けると、天を仰いで嘆く。
「体が強張ってたんだよなぁ。分かってたんだけど、やっぱ強くて焦った…あー悔しい」
「ちゃんと自己分析できてるなら大丈夫、次は負けないわよ」
「ありがとアイラ。……っていうか、あの強さで騎士じゃないってどういうことだ?」
訝しむように、デレクが赤毛の騎士に視線を送る。アイラもそこが疑問だ。
「……デレク、手当てを受けているとき、エドくんはいた?」
「あー、聞いたらエドは救護室に移ったらしいぞ。そこで休んでるって…行くのを散々ごねてたみたいだけどな」
アイラさんの試合を見る!と言って騒ぐエドマンドが容易に想像でき、アイラは苦笑した。
「……あとで、お見舞いに行かなきゃね」
「そうだな〜…お、準備が終わったみたいだぞ」
第四試合の準備が整い、アイラはまたデレクと拳を交わしてから闘技場に出た。
参加者が姿を見せると、観客から大きな声援が上がる。
大勢いた参加者は、随分と少なくなっていた。勝ち上がっているのは、騎士団の団員が多いように見えるが、一般の参加者もそれなりにいた。第一騎士団の先輩は、一人残っている。
次のアイラの相手もまた、騎士だった。
見たことのない騎士だったが、何だか少し様子がおかしいことに気付く。
「―――…」
顔色が悪く、口元がずっと動いている。何かを呟いているようだ。
剣を持つ腕はだらりとぶら下がっていて、構える素振りはない。
「………?」
アイラは眉を寄せ、周囲に視線を走らせる。この騎士だけではなく、同じような状態の参加者が何人かいることに気付いた。
嫌な予感がした。
アイラが遠くにいた審判を呼ぼうとしたそのとき、突然目の前の騎士が声を張り上げる。
「―――破壊せよ!」
「!?」
騎士の手から、大きな光の玉がアイラを目掛けて勢い良く飛んできた。
とっさに地面を蹴って躱すと、光の玉はアイラがいた場所で爆発する。ドォン、と音が響き、地面が揺れた。
爆発で起きた強い風で、アイラは耐えきれずに倒れてしまう。
「………っ」
ドォン、ドォンと四方から爆発音が響いた。同時に、観客の悲鳴が聞こえてくる。
砂埃が舞い、隙間から光の玉がぶつかった場所が見えた。
地面がごっそりと抉れており、避けなかったらどうなっていたか、とアイラはぞっとする。
すると、今度は赤い光が揺れるのが見えた。次の攻撃かもしれないと、アイラは急いで立ち上がる。
その予想は当たっており、小さな炎の玉が複数アイラに向かって来た。
しっかりと見極め、丁寧に躱す。剣で斬れるかと試してみたが、無駄だった。
そのことから分かる。先ほどの光の玉と、今の炎の玉。
間違いなく―――魔術の攻撃だった。
どうして、とアイラが思考を働かせる間にも、魔術の攻撃が飛んでくる。
砂埃が邪魔で、相手の姿が見えないのが厄介だった。
―――参加者は、魔力封じの腕輪をしていたはず。それを外した?でも、そんなことをすれば失格だし、自分では外せないようになっていたはずだわ。
それに、相手の騎士は様子がおかしかった。それは一体どうして…?
魔術に対抗するには、魔術しかない。それか、対魔術用の剣だ。
だが、今のアイラにはどちらも使えなかった。せめて外し方が分かれば、と腕輪を見る。
相手は、先ほどから炎の玉を無数に打ってくる。この数なら魔力が切れるのが早そうだが、アイラの体力も無限ではない。
飛んでくる炎の玉を見極め、ひたすら避けるという動作に、だんだんと疲労が蓄積されていく。
周囲からは絶えず爆発音と悲鳴が聞こえるが、状況を把握する暇も無かった。
「………っ!」
一つの炎の玉が、アイラの肩を掠った。ピリッと焼け付くような痛みが走る。
その瞬間を狙うかのように、炎の玉の後ろから大きな光の玉が迫ってきた。
アイラは先ほどの抉れた地面を思い出し、体が強張る。
―――避けきれないっ…!
アイラはぎゅっときつく瞼を閉じた。
けれど、一向に痛みに襲われる気配は無い。
「………?」
恐る恐る目を開けると、アイラの前に誰かが立っていた。
その赤毛を見た瞬間、思わず息を飲む。
―――どう、して…?
アイラが呆然としている間にも、炎の玉が飛んできた。それを、赤毛の騎士は驚くことに自らの剣で斬り伏せている。
その手に握られている剣は、大会用に渡されたものとは違っていた。
おそらく、対魔術用の剣だと思うが、そもそも対魔術用の剣は希少で、とても高価なものだ。
それを何故、赤毛の騎士が持っているのか。アイラを庇ってくれている目の前の人物に対して、次々と疑問が浮かんでくる。
別の場所で響いた爆発音に、アイラの思考が中断された。この疑問は、後回しにすることにした。
アイラが今、できること。それはこの混乱を引き起こしている人物を、止めることだ。
「……騎士さま!」
アイラが叫ぶと、赤毛の騎士は剣を振るいながらも視線を向けてくれた。
「お願いです、その剣でこの腕輪を壊してください!」
「………」
「私は、補助魔術が使えます!身体強化をして、この魔術を放つ人物を捕らえますので!」
アイラが腕輪の着いた腕を前に出すと、赤毛の騎士は僅かに動揺を見せた。けれどすぐに、唇を横に結ぶと行動に移す。
向かってくるの魔術の攻撃を斬り伏せ、次の攻撃までの僅かな隙に、赤毛の騎士はアイラの腕輪を目掛けて剣を振るった。
見事にヒビが入り、そこから腕輪が壊れて落下する。
アイラはすぐに魔術を唱え、自身を強化すると地面を蹴った。
砂埃は変わらず舞っているが、魔術を使えるおかげで相手の居場所を確実に探ることができる。
相手にそれを悟られるかもしれないが、対策されるよりも早く倒せばいいのだ。
―――あそこだわ!
炎の玉が飛んでくる位置に目星をつけていたため、すぐに相手の居場所が分かった。
アイラは素早く距離を詰めると、手加減はせずに思い切り剣を振るう。
剣は相手の銅を捉えた。相手はそのまま飛ばされるように倒れ、ぐったりして動かなくなる。
普通の剣ならば銅が斬れていただろうが、大会用の剣なので打撲で済むだろう。
ただ、アイラはいつものように腕も補助魔術で強化していたため、もしかしたら骨が折れてしまったかもしれないが。
倒れて動かない、対戦相手だった騎士を見ながら、それでも仕方ないとアイラは割り切った。
この騎士を倒しても、まだ会場内は魔術が飛び交っているようだ。
こうなる前に様子がおかしい参加者が何人かいたので、その参加者がまだ暴走しているのかもしれない。
アイラは一度赤毛の騎士の元へ戻ろうとしたが、その必要は無かった。
焦ったような顔をしたその人が、駆けつけて来てくれたからだ。
「騎士さま、この人は気絶させました。けれど、闘技場内はまだ混乱しています。砂埃のせいで、敵と味方の判別がつきません」
「………」
「警備に魔術師の方もいたはずですが、それならこの事態をすぐにでも収められるはずです。けれど混乱したままということは、何か妨害されている可能性が…」
早口で話していたアイラは、途中で言葉を区切った。先ほどから一言も、赤毛の騎士は言葉を発してくれない。
この非常事態でも、口を利くのも嫌なのか、とアイラは途端に悲しくなった。
問いただしたくなる気持ちをぐっと抑え、努めて冷静に言葉を続ける。
「……とにかく、私と騎士さまで協力して、騒動の根源を倒しましょう。騎士さまの剣が頼りです」
そう言いながら、アイラが剣を見る。
惚れ惚れするほど美しく輝く剣だったが、どこかで見たような気がした。
けれど、そんなわけがないと視線を赤毛の騎士へ戻す。
「それと、微力ながら私の補助魔術を、騎士さまへ使用してもよろしいですか?」
「………」
アイラの提案に、赤毛の騎士は初めて口を開いた。けれど、言葉は出てこない。
眉を下げ、何かと葛藤するように顔を歪ませたあと、静かに頷いた。
そんなに補助魔術をかけられるのが嫌なのだろうかと、アイラはまた悲しくなる。
アイラは魔術を唱え始めた。赤毛の騎士へ意識を集中し、なるべく早く補助魔術をかけていく。
そして、すぐに気付いた。
―――待って。この魔力の感覚は…。
補助魔術をかけ終えると、アイラは信じられない思いで赤毛の騎士を見た。
どうして?なぜ?という疑問がぐるぐると巡る。
そんなアイラの視線を受け、赤毛の騎士は全てを諦めたかのように微笑んだ。
「……説明は、あとでさせてもらおう」
「………!」
「君の提案通り、まずはこの混乱を収める。……俺に、ついて来れるか?」
どうして気付かなかったのだろうと、アイラは思った。この声は紛れもなく、聞き覚えのあるものだ。
アイラは唇を震わせながら、なんとか「はい」と返事をした。
そんなアイラに、赤毛の騎士は優しく笑う。それは、初めて会ったあの日と同じ笑顔だった。
赤毛の騎士が走り出し、アイラは後を追う。まずは爆発音が一番響いている場所へ向かうようだ。
それにしても、砂埃が酷い。まるで、魔術で意図的に起こされているような、そんな気がした。
「……騎士さま!」
迷った末、アイラは呼び方を変えずに赤毛の騎士を呼ぶ。
「少し乱暴なやり方ですが、魔術で水の塊を作り、雨のように上から降らせます!砂埃が収まれば、周囲がよく見えるはずです!」
そう言いながら、アイラは既に立ち止まって両手を前に突き出していた。
魔術を唱え、水の塊を作り出していると、赤毛の騎士がアイラの元へ駆け寄ってくる。
するりと指を絡められ、ドクンと心臓が高鳴った。
―――ああ。ランツ村のときと同じだわ。あのときと同じ、心地良い魔力が体を満たしてくれる…。
あっという間にアイラの魔力が膨れ上がり、水の塊もどんどんと大きくなっていく。
その塊を闘技場の上空へと飛ばし、ぎゅっと圧縮させてから、一気に弾け飛ばした。
ザアッ、と無数の水滴が上空から降り注ぐ。砂埃が収まると、すぐに周囲の惨状が目に入った。
地面の至るところが抉れており、倒れている参加者が複数いる。その中には、第一騎士団の先輩騎士もいた。
立っているのは数人で、皆びしょ濡れになっており、隙が生じている。
その中で一人の男性を素早く倒したのは、デレクだった。
「アイラ!あと三人は敵がいる!」
その叫び声に、赤毛の騎士がいち早く反応した。どう見分けたのか、一人の男性の元へ瞬時に近付くと、みぞおちに剣の柄を打ち込み気絶させる。
そのとき、一人の男性が闇雲に光の矢を放った。狙いが定められなかったのか、四方八方に散らばっていく。
何本かは観客席の方に飛んで行き、悲鳴が上がった。けれど、見えない壁によって光の矢は弾かれる。
おそらく、魔術師が試合開始前に観客席の前にかけていた防護壁の魔術だ。
観客が防護壁で守られているなら、アイラが守るべきは闘技場内の参加者たちだと判断する。
赤毛の騎士は、近くの光の矢を剣で薙ぎ払い、次の魔術を唱えようとしている人物へ向かって行った。
デレクは魔術を避けながら、倒れている参加者を担いで移動させようとしている。
他のボロボロだが動ける参加者は、逃げるように出入り口へ向かっていた。
逃げもせず、その場に立ったまま魔術を唱えようとしているのが敵だ。
赤毛の騎士が今倒そうとしている他に、あと二人いる。
「デレク!倒れている参加者をお願い!」
アイラはそう叫びながら、近くの一人に向かって駆け出した。
相手は虚ろな目をアイラに向け、ぶつぶつと魔術を唱えている。その手のひらから、氷の粒が飛んできた。
「………っ、」
大会用の剣は役に立たないため、アイラはその場に投げ捨てる。
大きく跳躍すると、魔術を唱えて水の玉を飛ばし、相手の目元を狙ってぶつけた。
相手は反射的に目を瞑り、魔術が途切れる。目の前に着地したアイラは、みぞおちに肘を入れた。
相手が崩れ落ちたことを確認してから、アイラは残りの敵を振り返る。
最後の一人の元に、既に赤毛の騎士が向かっていた。
赤毛の騎士ならばすぐに倒してくれるだろうと、アイラは僅かに気を緩ませた。
そこを狙ったのだろうか。
赤毛の騎士に倒される直前、その参加者はアイラを目掛け、ありったけの魔力を込めた魔術を放った。
轟々と燃える巨大な炎の玉が、真っ直ぐアイラへ向かってくる。
命を落としたあの日の記憶が一瞬で蘇り、アイラの体は固まった。
「―――アイラ!!」
誰かが名前を呼ぶ。辺りを悲鳴が包む。
アイラの体は濡れているのに、焼け付くような熱さを感じていた。
―――ああ…あの日の運命からは、やはり逃れられないんだわ…。
アイラは冷静にそう思い、全てを諦めたように炎を見つめた。
けれど、あの日とは違う今の人生で与えられたものが、アイラにはたくさんあった。
炎の玉が、跡形も無く消える。
同時にアイラを囲むように、たくさんの人物が姿を現していた。騎士団の仲間たちだ。
「―――…」
アイラを護ってくれる頼もしい仲間たちが、今の人生にはいる。
そのことを実感し、アイラの瞳から涙が零れ落ちた。




