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28.武術大会③


 クライドは笑顔でアイラに駆け寄ってくると、デレクに目を止めた。

 そしてアイラの手を掴んでいることに気付くと、翡翠色の瞳が鋭く細められる。



「……君は?」



 その声の低さと、視線の先にあるものでクライドの気持ちを察したデレクが、慌てて手を放した。



「は、初めまして!デレク・アルバーンです!」


「お兄さま、デレクは同じ第一騎士団の同期です。とても強いですよ」


「……そうか。俺はアイラの兄で、クライドという。よろしくな」



 クライドとデレクが握手を交わす様子を見届けてから、アイラは首を傾げた。



「ところでお兄さまは、何故ここに…もしや、大会に出るのですか?」



 久しぶりに、兄の魔術を見ることができるのかとわくわくしているアイラに、クライドは首を横に振った。



「いや、俺はアイラたちと同じで、警備で来たんだ。魔術の防護壁で試合会場を区切ったり、観客を守ったりね。今日はもしかしたら会えるかなと思っていたんだ」


「……お兄さま。私とデレクは、警備担当ではありませんよ」


「ん?」


「武術大会の参加者です」


「……ん!?」



 クライドは冗談だよな?とでも言いたげな視線を送ってきた。アイラはとりあえず笑顔を浮かべる。



「ではお兄さま、受付の時間ですので」


「……アイラ」


「お仕事頑張ってくださいね!」


「〜アイラ、無茶はするなよ…!」



 笑顔で手を振りながら受付へと歩き出すアイラの背中に、クライドの声が届く。

 慌てて追いかけて来たデレクは、まじまじとアイラを見ている。



「……アイラお前、驚くほど誤魔化すのがヘタだな」


「言わないで…」



 はぁ、と溜め息を吐いたアイラは、ちらりと後ろを振り返る。心配そうに眉を寄せるクライドが、じっと見つめ返してきた。


 もともと心配性なクライドだったが、前回のウェルバー侯爵家の夜会騒動から、より拍車がかかってしまったようだ。

 手紙が送られてくる頻度も増え、毎回些細なケガでも報告しろ、と書かれていた。



「お兄さんに、大会に出ること言ってなかったのか?」


「……絶対に心配されるし、観戦に来ると思ったから…でも、結局会ってしまったわね」



 騎士である以上、ケガは避けられない。アイラ自身も、それは覚悟の上だ。

 けれど、クライドが心配する理由も分かる。兄の中の妹は、まだ魔術師になる夢を追い掛けていた、か弱い少女のままなのだ。



「はい、参加者の方はこちらに名前を記入してくださいね!そのあと控室へ!」



 アイラは受付で名前を書きながら、ふと思った。おそらくクライドは、アイラが大会に参加すると知ってしまった以上、試合を観戦するだろう。

 それならば、アイラはケガを負わずに勝てばいいのだ。



 ―――私は騎士なのだと、心配しなくても大丈夫だと、お兄さまに証明するチャンスだわ!



 そう閃いた瞬間、アイラの顔がパアッと輝く。

 目の前の受付の男性が、思わず見惚れて言葉を失っていた。それに気付かず、うきうきと受付から離れようとしたところで、アイラは誰かにぶつかった。



「……す、すみません」


「……………」



 ぶつかったのは男性で、大会の参加者のようだった。帽子を目深に被り、口元を布で覆っていた。顔がほとんど見えない。

 男性はアイラを一瞥したあと、声も出さずに視線を逸らし、受付にあったペンを取る。


 謝罪を無視されたアイラに、デレクが肩を叩いて離れるように促した。

 人混みを掻き分け、少し離れた所で立ち止まる。



「……あの男、態度悪かったな。何だあの格好?お尋ね者か?」


「分からないけど…私がぶつかったのが悪いから。もし機会があればまた謝ってみるわ」


「機会って?」


「あの人、剣術の部に名前を書いていたみたいだから」



 アイラの名前のすぐ下に記入しているのが、少し見えていたのだ。

 名前までは読み取れなかったが、何となく気になってしまう。アイラはそれが不思議だった。



「強かったら、そのうち対戦するのかぁ~。俺とアイラが戦う可能性もあるし、楽しみだな」


「うん。そのときはお互い手加減なしね?」


「当たり前だろ!」



 大会は、トーナメント方式だ。最初は一つの試合で何組もが同時に対戦するらしい。

 勝つごとに一試合の組数が減るので、だんだんと注目が集まるようになっている。


 剣術、武術、魔術それぞれの部が順に試合を行う予定で、剣術の部はもう間もなく始まる。

 受付で番号札を渡されており、これから向かう控室で対戦相手が分かるそうだ。



 アイラとデレクが控室に入ると、騎士団の見知った顔が何人かいて、二人に挨拶をしてくれる。団員は、団服を着ているので分かりやすい。


 それ以外は一般の参加者だが、アイラには誰も彼も強そうに思えた。皆目がギラついている。

 優勝者に与えられる賞金を狙って、大会に参加する人も多いはずだ。


 そして分かっていたことだが、女性は今のところアイラ一人のようだった。



「……デレク」


「ん?」


「ちょっと、その…後ろに隠れさせて…」



 小さい声でそう言って俯くアイラを見て、デレクは察してくれたようだ。自身の背中に庇うように、アイラを移動させてくれる。


 久しぶりに、大勢の視線がアイラに突き刺さっていた。

 声に出す者はいないが、その目にいろいろな感情が宿っていることが分かる。

 そして、それが良い感情ではないことも。


 緊張感に包まれた部屋の空気を、突然響いた明るい声がかき消した。



「……アイラさん!?」



 名前を呼ばれ、アイラは「えっ」と小さく声を漏らした。さん付けでアイラを呼ぶ相手に、覚えが無かったのだ。


 デレクの背中越しにそっと声の主を覗くと、アイラは目を見開く。

 そこにいた少年に、見覚えは無かった。だが、似た人物なら知っている。

 紫の髪に、桃色の瞳。その少年は、カレンにそっくりだった。



「もしかして、カレンの…?」


「そう!そうです!分かりますか?」



 にこにこと笑いながら近付いてくる少年は、カレンに似てとても美しい顔立ちをしている。

 デレクも驚いたように少年を見ていた。



「……すげえ、カレン先輩にそっくり…」


「あは、よく言われます。俺はエドマンド・ウォード、カレンの弟です。アイラさんのことは、姉からよく聞いています」



 エドマンドは爽やかな笑顔を浮かべたまま、デレクの後ろにいたアイラの両手をそっと握った。



「会いたかったです、アイラさん」


「え…?」


「俺のことはぜひ、エドって呼んでください!」



 その距離感の近さに、アイラは目を見開いて固まった。綺麗に整った顔が、目の前で微笑んでいる。

 デレクも同じように固まっていた。


 そのときだった。

 控室の扉が、バタン!と勢い良く音を立てて閉められる。

 全ての参加者の視線が、扉から入ってきた人物に向けられた。



 ―――あの人…。さっき受付でぶつかってしまった人だわ。



 先ほどと変わらず、目深に被った帽子と口元を覆う布で、顔がほとんど隠れてしまっている。

 隙間から覗く茶色の瞳は、少し怒気を含んでいるように見えた。


 静まり返った室内で、エドマンドが最初に口を開く。



「……あの人、もしかして…」


「……エドくん、知ってる人?」



 妙にあの男性が気になっていたアイラがそう訊くと、エドマンドが顔を輝かせた。



「アイラさんが、俺のことエドって呼んでくれた…!今日はもう俺、無敵になれる気がします!」


「あ、あの。私の言葉にそんな効果は…」


「……アイラ、諦めた方がよさそうだ。カレン先輩の弟にこんなこと言いたくないけど…ヤバいやつだぞ絶対」



 困惑するアイラの耳元で、デレクがぼそりと囁く。

 少し…いやかなり、エドマンドのアイラを見る輝く瞳には、熱が籠もりすぎていた。

 カレンは一体どんな話をしたのだろうかと、アイラは不思議に思う。



「アイラさん、俺、頑張りますので見ていてくださいね!」


「う、うん。ええと、私も大会には出るけれど…」


「分かっています!アイラさんにも勝って、いいところ見せるつもりなので!」


「ちょっと待った。アイラに勝っていいとこ見せるのは俺だ」


「え?……ていうか、誰ですか?」


「どんだけ俺に興味ないんだよ!」



 そのあとすぐ「デレク・アルバーン!覚えておけっ!」とちゃんと名乗るのがデレクらしい。

 これがリアムなら、「ああ、別に気にしないで」と言ってどこかへ去って行くだろう。そもそも、リアムならエドマンドと張り合ったりはしないだろうが。



 アイラが会場の警備の皆や、クライドはどうしているだろうかと考えていると、一人の男性が控室に入ってきた。

 大会の関係者の証である、赤い腕章を着けている。


 その色を見て、アイラはエルヴィスを思い出した。最近、赤を見ると思い出すことが増えて困っていた。



「えー…、そろそろ剣術の部が始まりますので、説明をしますね」



 眼鏡をくいっと持ち上げながら、男性が手元の書類を見ながら説明を始めた。


 まず、受付からランダムに渡された番号で対戦相手が決まる。

 一番対二番、三番対四番…と順に分けられるらしい。アイラは十番なので、対戦相手は九番になるのだが、今はまだそれが誰だか分からない。



 試合のルールは、まず剣術のみで戦うこと。魔術や魔術具の使用は禁止されている。

 これは事前に通知されており、アイラも知った上で参加を決めた。つまり、得意の補助魔術は使えないということだ。


 剣は試合用に特別に造られたもので、本物そっくりだが、斬れ味が鈍くなっているらしい。それでも、斬られればケガはする。


 勝つためではなく、故意に相手を傷つける行為は失格になる。各部門に数人ずつ、試合を監視する人が配置される。

 相手が動けなくなるか、負けを宣言するかで勝敗が決まる。


 そのあとは両者ともにケガをすれば手当てを受け、勝者は次の対戦相手と試合になる。敗者はその後の試合を観戦するか、会場を出てもいいらしい。

 全ての部の試合が終われば、表彰式が始まり、優勝者には賞金と記念品が贈られる。



「……説明は以上です。何か、質問は?」



 特に声が上がらなかったため、大会関係者の男性は扉を開けた。



「では、皆さん闘技場へ移動しますので、ついてきてくださいね」






 ぞろぞろと移動した先に、広い闘技場が見えてきた。

 観客席にぐるりと囲まれていて、足元は乾いた地面のようだ。城の訓練場と変わらない。



 観客席は試合が見やすいよう段になっており、既に大勢の人で賑わっていることが分かる。

 一定の距離を空け、見慣れた団服を着た騎士が配置されていた。


 魔術学校の制服のローブも見える。おそらく、魔術師もどこかにいるだろう。

 魔術学校では、最終学年になると魔術師の仕事に一緒についていくことが多い。クライドがこの大会に来ていることも、その一環のはずだ。



「ではまず、番号一〜二十の方が試合を行います。順に並んでください。それから、魔力封じの腕輪を付けてくださいね」



 観客席とは別に、参加者用の席も設けられており、呼ばれなかった人たちはそれぞれ着席する。


 アイラは列に並んだ。前の九番に並んだのは、体付きの良い男性だった。対戦相手はこの人だ。

 ちらりと視線を動かすと、身振りで応援してくれているデレクとエドマンドの姿が目に入った。二人はこの組には入っていない。


 アイラは軽く手を振り、配られた腕輪をはめた。もし魔力を込めれば、たちまち色が変わるのですぐに違反が分かるという。



 補助魔術が使えないアイラは、普段の半分も力を発揮できないだろう。

 それでも参加しようと決めたのは、自力でも勝負できるようになりたかったからだ。


 もし、魔術を使えない状況に陥ったときに、体が動かなければ意味はない。

 魔術に頼らない自分が、どの程度の強さなのかアイラは知っておきたかった。



 ―――お兄さまが見ているだろうし、頑張らないと。



 アイラは深呼吸を繰り返し、前に続いて足を進めた。


 闘技場に足を踏み入れると、ワッと歓声が上がる。アイラは不思議な気分になりながら、促されるまま配置に着いた。

 向かい合うように立っているのは、九番の男性だ。舐めるような視線に、アイラは思わず顔をしかめた。



「それでは只今より、剣術の部の第一試合を始めます。では、構え―――…始め!」



 開始の合図で、アイラは躊躇うこと無く踏み込んだ。が、振り下ろした剣の切っ先は相手に受け止められてしまう。

 やはり、補助魔術がないと速さと威力が格段に落ちる。


 剣を弾くと、相手の剣が横から迫って来た。それを受け流してから、アイラも剣を振るう。


 二度、三度と、金属がぶつかり合う音が響く。剣を合わせて分かったが、相手はなかなか強い。

 アイラが一旦距離を取ると、相手の男性がニヤリと笑った。



「……勿体無いなぁ、女騎士さん。かなりの上玉なのになぁ。どうだ、オレが優勝したら、オレの女になるか?」


「………」



 アイラは眉を寄せた。バカにされたと、そう感じたのだ。



「……優勝は、できませんよ」


「ああん?」


「この試合は、私が勝ちますので」



 カチャリと剣を構え、アイラは再び地面を蹴った。

 真正面から来ると思った男性が、慌てたように剣を横に構え、受け止める体勢をとる。

 アイラはぐっと足に体重を乗せ、右に向かって跳躍した。



「………!」



 男性の視線がアイラを追うが、それより速く背中を狙って剣を振る。その衝撃で男性はバランスを崩し、その隙に手元の剣を下から弾き飛ばした。

 男性の目は、何も持たない自身の両手を呆然と見ていた。



「う…そ、だろ……?」


「まだ、優勝を目指しますか?」



 にこりとアイラが微笑めば、男性は悔しそうに視線を逸らした。



「……降参だ」



 その言葉に、ふう、とアイラがひと息吐くと、大きな歓声が上がった。

 驚いて見上げれば、近くの観客が拍手をしたり声援を送ったりしてくれている。


 そこには、周囲と同じように拍手をしているクライドの姿があった。

 アイラの視線に気付くと、優しい笑顔を向けてくれる。



 アイラは大好きなその兄の笑顔に、同じくらいの笑顔を返した。



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