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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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27.武術大会②



「……以上、第三騎士団からの報告を終わります」



 エルヴィスは副団長のセルジュの報告を聞き終えると、手元の書類に目を通した。

 現在、副団長三人と会議の真っ最中である。

 主な議題は、武術大会についてだ。



「今年は随分と、大会の参加者が多いな」


「そうですねー。騎士たちの間でも話が盛り上がっているみたいですよ」



 フィンが楽しそうにそう言うと、隣に座る第二騎士団の副団長のジスランが、ふん、と鼻を鳴らした。



「俺はつまらない。参加できないからな」


「そりゃあ、貴方が参加したらすぐ大会が終わっちゃうでしょう」


「第二騎士団は、俺にすぐやられるような鍛錬はしていない」



 腕を組みながらイライラとそう言うジスランは、騎士団一の好戦的な男だ。


 焦げ茶の髪は短く揃えられ、黄土色の瞳は鋭く光っている。団服の上からでも鍛え上げられた肉体が分かる。


 ジスランは隙あらば肉体を鍛え上げ、ところ構わず鍛錬をしている。

 突然戦いを申し込まれ、日が暮れるまで付き合わされた騎士もいたという。

 実力は申し分ないが、戦いのこととなると、少々自制が効かなくなるのが欠点だ。



「……僕は、例年通り城で待機していますので、何かあれば…」



 聞き取りづらい声量で、第三騎士団の副団長のセルジュがもごもごと話す。


 青い髪は、特に前髪の部分が長く、ほとんど目が見えない。たまに、隙間からちらちらと同じ色の瞳が覗く。


 セルジュは、とても内気な男だった。腰が低く、できれば一人でひっそりと鍛錬したいと思っている。

 それでも副団長という立場に選ばれたのは、剣を持つとたちまち人が変わったように 好戦的になるからだ。


 剣を持てば、セルジュとジスランはとても相性が良い。ただし、普段は性格が合わず、会話は必要最低限しかしない。



 そんな二人を上手くまとめてくれるのが、第一騎士団の副団長のフィンだった。



「第一騎士団の参加者は、今年はいいところまで行くと思いますよ。期待の新人も出ますしね!」



 頭の後ろで一つに束ねられた銀髪、真珠色の瞳。

 城で働く女性たちに人気があり、話術に優れているフィンは、ジスランとセルジュの扱いも上手い。



 エルヴィスは個性豊かな副団長たちの会話に耳を傾けながら、大会参加者の一覧をずっと見ていた。

 そこには、やはり予想通りの名前が載っていた。



 ―――“アイラ・タルコット”。



 エルヴィスは、その文字をそっと指でなぞる。副団長たちは、去年の剣術の部の優勝者の話をしていた。



「本当に、誰だったんでしょうね?騎士団に誘おうと思ったら、表彰式のときにはもういないし、報酬も受け取らなかったんですよね」


「あの動きは、相当の手練れだったぞ。俺も一試合お願いしたかったのに…今年もいたら絶対捕まえてやる」


「ちょっとジスランさん、間違っても試合中に乱入とかしないでくださいね?」


「……ジスランさんならやりそうだね…頑張って止めてあげてね、フィンくん」


「ええ?俺ですか??」



 去年の、剣術の優勝者。

 当日の飛び込み参加で、名前も名乗らずに勝ち進み、優勝した男。

 忽然と姿を消し、そのあとしばらく騎士団では話題となっていた。


 そしてエルヴィスは、その男の正体を知っている。



「……話を戻すぞ。まとめると、フィンとジスランは、それぞれ団員たちを割り振り闘技場の中と外をそれぞれ警備。セルジュは城に残って、城に残る団員たちに任務の割り当て。間違いないか?」


「はい」



 副団長三人が声を揃えて頷く。

 今まで、当日に事件が起こったことは無かった。たまに一般の参加者同士の小競り合いがあるくらいだ。

 それでも、大勢の人間が集まる場所で、気を抜くわけにはいかない。



「団長は、去年と同じで城に残りますか?」



 フィンの問いに、エルヴィスは書類を揃えながら頷いた。



「ああ。当日、何かあれば報せを送ってくれ。今日はこれで解散だ」



 エルヴィスの言葉で、三人は席を立ち、一礼して部屋から出て行った。

 ふう、とひと息吐いて椅子の背もたれに寄り掛かると、いつものように窓から密偵のロイが滑り込んで来る。



「お疲れさん」


「ああ…お疲れ」



 やたらぐったりとした様子のエルヴィスを見て、ロイは肩を竦めた。



「どうした、辛気臭い顔して」


「……アイラが…」


「ああ。参加することにしたのか」



 名前を出しただけなのに、ロイは理由を言い当てた。

 アイラが武術大会に出るか悩んでいたことを知り、それをエルヴィスに報告したのはロイだった。

 ロイには、定期的にアイラの様子を観察してもらっている。



「一度手合わせしてみたいんだが、変装して俺も参加しちゃダメか?」


「……………ダメだ」


「えー、まさか、俺以外の男とは剣を交えることすら許さない!みたいな感じか?おいおい、それは愛が重すぎるぞ」



 エルヴィスはじろりとロイを睨みつける。からかっているだけだと分かるのだが。



「……アイラがやり直す前の記憶を持っているとしたら、お前は彼女と顔を合わせるのはダメだ」


「……ん?つまり?」


「彼女が魔術学校に通う人生のとき、お前は彼女に会っている」



 エルヴィスの言葉に、ロイは目を丸くした。



「俺が、お姫さまと?」


「そうだ」


「何でそんなことに??」



 ロイが驚くのも無理はなかった。

 密偵とは、基本は影として裏で動く。簡単に人前に姿を現すものではない。

 だから、人と…特に、アイラと会ったことがあるなど、すぐに信じられることではないのだ。


 エルヴィスは理由を言うか一瞬迷ったが、首を横に振った。



「彼女の人権に関わることだから、悪いが話したくはない」


「……ほお〜。余程のことがあったと見た。それで?別の世界線の俺は、何かの役に立ったのかな?ん?」



 ロイが偉そうな体勢でソファに座り、ニヤニヤと笑っている。自分の能力を信じて疑っていない様子は流石である。



「ああ、助かったよ」



 どこか呆れたようにそう言って、エルヴィスは笑った。

 

 アイラが魔術学校で男子生徒に襲われそうになったとき、騎士に成りすまして魔術学校を巡回してもらっていたロイがいた。

 あのときはロイより先に、男子生徒を魔術具で捕らえるという活躍してくれた人物がいたが、ややこしくなるので黙っておく。


 ロイは「さすが、俺」と満足そうに言いながら頷いていた。



「あ〜でも、残念だな。お姫さまを間近で見れたのに覚えてないしなぁ。いや、見れたのは別の俺で…ややこしいなコレ」


「安心しろ。もう会うことはないから」


「そんなの分かんないだろー?ほら、お前がお姫さまの恋人になったりしてさぁ」


「………」



 思わず、エルヴィスは無言になった。アイラと寄り添う自分の姿を、つい想像してしまったのだ。

 そんな自分をたしなめるように右頬を殴ると、ロイが慌てて駆け寄って来る。



「ちょい、エルヴィス!何やってんだ!」


「……お前のせいであり得ない未来を想像をした」


「いや、何を想像したかなんとなく分かるけど、あり得なくはないぞ」



 そんなに強く殴らんでも、とロイがぶつぶつ言いながらエルヴィスの頬を見ていた。



「全く、お前はこじらせすぎだな。もっと単純に考えてみろ」


「………?」


「お姫さまの隣に、お前じゃない誰かがいるのを想像してみろ。そんでもって、その誰かに笑顔を向け、抱きついて、なんならキスを――――…」



 ガタン!と大きな音が響いた。

 エルヴィスが机に両手を着き、勢い良く立ち上がったからだ。あまりの勢いに、椅子が倒れて転がっている。



「……ほら、な。それが答えだろ?」



 困ったように笑うロイは、エルヴィスの黒髪をくしゃりと撫でた。

 今、自分がどんな顔をしているか分からないが、きっと情けない顔だろうとエルヴィスは思った。

 それくらい、心が掻き乱されたのだ。


 ロイは倒れた椅子を戻すと、エルヴィスの両肩を押し込むようにして座らせる。



「それで、武術大会はどうするんだ?」


「……どうする、って…」


「お姫さまが心配なんだろ?だから、今年も参加するのか、って」



 エルヴィスの背後で、椅子の背もたれに腕で寄り掛かりながらロイが訊ねた。

 それは、騎士団からの参加者一覧表にアイラの名前を見つけたときから、ずっと考えていた問題だった。


 最初は、参加するつもりはなかった。

 けれどエルヴィスは、先程のロイの言葉で自覚してしまった。


 アイラの隣にいるのが、他の誰かでは嫌だ、と。



「お。その顔は決めた顔だな」



 横から覗き込んできたロイは、いつもより三割増ニヤけて言った。



「お前とお姫さまが勝ち進んで手合わせするの、楽しみにしてるぜ?なあ、去年の謎の優勝者さん?」


「………」



 エルヴィスは返事の代わりに、ロイの頬を思い切りつねってやった。






***



 武術大会当日、アイラは緊張していた。


 朝食が喉を通らず、ほとんど食べないまま移動の時間になってしまい、カレンとデレクに心配される。



「アイラ、大丈夫?」


「やばそうだったら、棄権もできるって先輩が言ってたぞ?」



 アイラはふるふると頭を横に振った。



「ううん、大丈夫。剣を握れば、集中できるから」


「いざとなったら、俺が助けに入るからな!」


「いや、それは普通に二人とも失格になるから」



 デレクの言葉に、リアムが冷静にツッコミを入れる。

 この中で大会に参加するのは、アイラとデレクだ。リアムとカレンは大会の警備で、会場内の配置が決まっている。



「応援してるからね、二人とも!けど無理はしないように…あ、あたしの弟と対戦することになっても、遠慮はしないでね!」



 カレンはそう言って、ぐっと拳を握った。カレンの弟も騎士志望で、今回の大会に参加するらしい。

 弟の存在は話には聞いていたが、アイラは実際に会えるのを楽しみにしていた。



「じゃあ、またあとでね!」


「うん、またあとで」



 闘技場までは、それぞれ騎士団ごとに移動することになっている。

 カレンと分かれ、アイラたち三人は事前に指定された中庭の一角へ向かう。そこには、フィンが一人立っていた。



「新人三人組、おはよう」


「おはようございます。私たちが最初ですか?」



 他に誰もいないので、アイラは視線を周囲に巡らせながらそう訊いた。

 すると、フィンがニヤリと笑って背後に隠していた箱を見せてくる。



「じゃーん!これ、何だと思う?」



 三人は揃って箱の中を見る。最初に答えたのはリアムだった。



「……魔術具ですね。転移用の」


「さすがリアム。大正解」



 フィンは魔術具を一つ取り出すと、アイラを手招きして渡した。片手に収まる大きさで、三箇所取っ手のようなものが付いている。



「副団長、これは…?」


「そこを握るんだよ。三人まで同時に使える転移用の魔術具でね、誰か一人でも魔力があれば使える優れものだよ。これで皆移動してもらうから」



 フィンの説明に、顔を輝かせたのはデレクだった。魔術具を覗き込んでまじまじと見つめている。



「すっげえ…!俺もついに転移が経験できるのか…!」


「先に言っておくけど、慣れるまで気持ち悪くなりやすいから。デレクは絶対酔うと思うよ」


「え゙…」



 デレクが急に顔を引きつらせて固まる。アイラもリアムの言葉に、小さく頷いて同意した。

 フィンはデレクを励ますように背中を叩く。



「さ、早く転移しちゃってね。転移先にオーティスがいるはずだから、着いたら指示に従うこと」


「分かりました。……デレク、リアム、準備は良い?」



 アイラは魔術具の取っ手を握り、腕を伸ばす。残りの二箇所をデレクとリアムが握り、「……覚悟は決めた」「いつでもどうぞ」とそれぞれ返事が来る。


 アイラはゆっくりと魔力を込めた。途端に、体がゆらゆらと魔力に包まれる。



 ―――あれ…?この魔力は…。



 次の瞬間には、アイラたち三人は別の場所にいた。デレクがよろめき、膝を地面に着ける。やはり酔ったようだ。


 フィンの言葉通り、近くにいたオーティスがアイラたちを見つけて近寄って来る。



「おはよう。無事に着いたな…デレクを除いて」


「うえぇ…オーティス先輩、助けてくださいぃ…」


「頑張れ、慣れと気合いだ」



 オーティスはサラリと返すと、アイラから魔術具を受け取った。渡した魔術具を見つめながら、アイラは乾いた唇を開く。



「あの…、オーティス先輩」


「ん?」


「この魔術具は、どこかで購入したものですか…?」



 アイラの問いに、オーティスは僅かに首を傾げた。



「いや、支給されたものだが。恐らく、魔術具開発局からじゃないか?毎年この時期に団長が用意してくれている」


「魔術具、開発局…」



 アイラの心臓が、どくどくと脈を打つ。逸る気持ちを抑えようと、胸のあたりをぎゅっと握りしめた。


 魔術具は、開発者が最後に魔力を込めて完成する。そして、使用者が魔力を込めて発動させる。


 そのため、補助魔術と同じように、魔術具によっては開発者と使用者の間での魔力の相性が重要となる場合がある。

 魔術具の効果が高まるため、相性が良い開発者が見つかれば、使用者がその人物に直接開発を依頼するという事例も多い。



 アイラは転移用の魔術具に魔力を込めたとき、懐かしい魔力を感じた。

 それは、魔術学校に通っていたときの友人―――トリシアのものだった。



 ―――トリシアは、やり直す前の人生で、魔術具開発局で働くと手紙で言っていたわ。もし、その道が変わっていないのなら…トリシアが魔術具を作った可能性はじゅうぶんにある…。



 じわりと目頭が熱くなり、アイラは唇を噛んだ。ここで泣いては、皆が混乱してしまう。



「あの、ありがとうございます。少し気になっただけです」


「……そうか?では、アイラとデレクは向こうの参加者受付に、リアムは配置通りの場所に移動してくれ」



 ちら、とリアムがアイラに視線を向けた。

 リアムの家は魔術具の開発を仕事にしているため、アイラの態度が気になったのだろう。


 アイラが心配させないように微笑むと、リアムは軽く手を挙げて決まった場所へ向かって行った。



「よしアイラ、行こう!」



 デレクは酔いが治まったようで、アイラの手を取り、引っ張るように受付に足を進める。


 受付には人だかりができていて、参加者が多いことが一目で分かった。

 これは今日中に終わるのだろうか、とアイラが考えていると、人だかりの中に見知った顔を見つけ足を止める。



「……アイラ?どうした?」



 デレクが不思議そうに振り返る。

 アイラの視線の先にいた人物は、アイラに気付くと大きく手を振った。



「アイラ!」


「……お兄さま…!?」



 そこには、魔術学校の制服に身を包んだクライドが立っていた。



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