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17.故郷



『ねぇねぇアイラ、アイラのお兄さんってかっこいいわよね!』


『えっ?……そうね、整った顔をしていると思うわ』


『それに妹想いで優しいし、将来有望だし…』


『なぁにトリシア、お兄さまが気になるなら、私が仲を取り持つわよ?』


『……ううん、いいのよ。私の身分じゃ釣り合わないって分かってるし』


『お兄さまだって私だって、身分なんか気にしないわ。トリシアは私の大事な大事な友だちだもの』


『……ありがと、アイラ』



 そう言って、トリシアは嬉しそうに笑っていた。



 夢から目覚めたアイラは、暫くぼうっと窓の外を見ていた。最近、よくトリシアの夢を見る。

 夢というか、実際に経験している、魔術学校の日々の記憶だ。



「おはよ、アイラ」


「……カレン。おはよう」



 今日もカレンは美人だった。優雅な仕草で長い髪を頭の上の方で結んでいる。

 思えば、トリシアが出てくる夢をアイラがよく見るようになったのは、カレンと会ってからだった。


 無意識の内に、二人を重ねて見ていたのかもしれない。



「どうしたの、ぼーっとして」


「うん…少し、懐かしい夢を見たの」


「あら、男?」


「違うわ。……大事な友達の夢よ」



 アイラが笑ってそう言うと、カレンは少しつまらなそうな顔をした。恋愛の話が大好物なのだ。



「その友達は、今何してるの?」


「……魔術学校に通っていると思う。しばらく会えていないから、分からないけど…」



 しばらくどころか、魔術学校へ通う人生を選ばなかったアイラは、トリシアとの出会いは無かったことになってしまっている。


 トリシアの記憶の中に、アイラはいない。そのことを考えると、胸の奥がズキンと痛む。

 それでも、元気でいてくれたらそれでいい、とアイラは思っていた。



「魔術学校にいるなら、そのうち会えるんじゃない?」



 カレンの言葉に、アイラは着替えようとしていた手を止める。



「……どうして?」


「魔術学校から任務を依頼されることもあるもの。魔術師の講習会での護衛とかね、いろいろ」



 トリシアに、会える。

 アイラはそう思った瞬間、会いたいという強い思いが湧き上がった。けれど、それは同時に、アイラが二度と戻りたくないと思った魔術学校へ、足を踏み入れるということだ。



「………」


「アイラ、遅刻しちゃうわよ?ご飯食べに行きましょ〜」


「う、うん。ごめんね」



 アイラは素早く着替えると、手櫛で髪を整えてカレンと一緒に部屋を出た。






 早いもので、アイラが騎士となって二ヶ月が過ぎていた。


 見習い騎士としての生活にも慣れ、周囲もアイラの存在に慣れたのか、あまりじろじろと見られることはなくなった。

 第一騎士団の団員は、アイラを一人の騎士として、仲間として迎え入れてくれている。



 一度、第三騎士団の団員数人が、通りすがりにアイラに悪口を投げ掛けてきたことがあった。

 確か、親の敷いたレールの上を歩けばいいのにとか、色仕掛けで団員をたぶらかしているんじゃないかとか、そんな感じのものだ。


 アイラは気にしなかったが、一緒にいたデレクは怒って殴り掛かり、リアムはそれを止めることなく傍観していた。

 慌てるアイラの元に、他の第一騎士団の団員たちが駆けつけ、デレクを止めてくれるかと思えば、なんと乱闘に加わったのだ。



 そこへ副団長のフィンとセルジュが仲裁に入り、その場は収まったのだが。

 アイラに害をなそうとすると、第一騎士団が総出で攻撃してくる、と妙な噂が流れてしまった。


 その噂を知った皆は、「そのとおりだ」とケラケラと笑っていた。

 アイラは、それがたまらなく嬉しかった。




 食堂へ入ると、モナの元気な挨拶が飛んでくる。

 アイラとカレンはサンドイッチを選び、定位置の窓際に向かい合って座った。



「ねえ、最近は楽な任務が多いと思わない?」



 もぐもぐと口を動かしながら、カレンがアイラに問い掛ける。口元についたソースをぺろりと舐める仕草に、近くにいた騎士が見惚れていた。


 アイラもサンドイッチを食べながら、最近の任務を思い出す。

 一番最近の任務は、城下街の警備だった。特に何事も起きなかった。

 北の森で魔犬の群れに遭遇して依頼、身の危険を感じた任務は無い。


 楽と言えば楽なのだろうが、そもそも大変な任務とは何なのだろう。アイラはうーん、と唸りながら首を傾げる。



「平和なのが、一番よね?」


「それはそうなんだけど、こう、あたしの中の女騎士としての血が騒ぐというか…」



 カレンはもどかしそうにそう言った。

 カレンの家系は代々女騎士として活躍しているらしく、母親は戦場を駆ける戦乙女と呼ばれていたとか。



「五〜六年前は、他国との戦や国内の小競り合いはあったのにねー。ほら、ちょうど団長が…」


「おい、カレン」



 カレンの小さな頭が、大きな手のひらにがしっと掴まれた。すぐに誰なのか分かったようで、桃色の瞳がじろりと上を向く。



「……ちょっとジスラン副団長、あたしの頭を何だと思ってるんですか?」


「?お前の頭だと思っているが」


「そういうことじゃなくって!」



 カレンと副団長のジスランは、同じ第二騎士団の所属である。


 カレン曰く、ジスランは“真面目過ぎる筋肉バカ”らしい。

 上司へ向ける言葉ではないような気がするが、カレンは普段から似たような言葉をジスランへ投げ掛けているため、気軽な間柄なのだろうとアイラは思っている。



「というか、何の用ですか?」


「お前に任せたい任務があるから、迎えに来た」


「それを早く言ってくれます!?」



 カレンはガタッと立ち上がり、空の食器に手を伸ばした。アイラがそれを止める。



「カレン。私が片付けておくから、行っていいよ」


「ごめんねアイラ、ありがとう大好き!」



 女神の笑みを浮かべたカレンは、ジスランと食堂を出て行った。

 アイラは二枚分の食器を片付けると、訓練場へ向かう。


 食堂から三つの訓練場までの道のりは、もうアイラ一人でも行けるようになっていた。途中で、肩をポンと優しく叩かれる。



「おっはよ〜、ア・イ・ラ・ちゃん」



 最後に耳元にふうっと息を吹きかけられ、アイラはぞわりと鳥肌が立った。



「〜〜〜ギルバルト先輩っ!もう、気配消すのはやめてくださいっ!」


「あっはは、オレの数少ない特技なんだから役立たせないとねぇ~」


「役立たせるのは絶対に今じゃありませんっ」



 すっかり元気でいつも通りのギルバルトは、ケラケラと笑う。

 アイラは「もう!」と怒っていて、ギルバルトのおかげでアイラに群がろうとしていた男の使用人たちが散って行ったことに気付かなかった。



 二人が話しながら訓練場へ着くと、いつもの光景が広がっていた。早めに着いた団員たちが自主練をしている。

 その中で、デレクとリアムの姿を見つけたアイラは、ギルバルトに断りを入れて駆け寄った。



「おはようデレク、リアム!……どうしたの?」



 アイラの視線は、地面に座り込んで頭を抱えるデレクに向けられた。呆れ顔で近くに立っていたリアムが、デレクの代わりに口を開く。



「気にしなくていいと思うよ。自業自得だし」


「自業自得?」



 アイラは首を傾げ、俯いたままのデレクの隣にしゃがみ込んだ。



「……デレク、どうしたの?」


「アイラ……俺は、お前に心配してもらう資格はない…」


「??」


「放っときなよアイラ、面倒くさいだけだから」



 ちょうどその時、フィンが姿を現した。いつものように整列するが、デレクは相変わらず元気がない。



「はーい、皆おはよう。今日の任務なんだけど、最近盗賊の出没が相次いでる地域に、見回りに行くことになった。少数で班を組んだから、今から読み上げるよ」



 フィンは依頼の紙を手に持ち、町や村の名前と、そこへ行くメンバーを順に言っていく。

 そして、とある村の名前でデレクが反応を示した。



「ランツ村」


「うえっ!?」



 大きな奇声に、フィンが顔を上げてデレクを見る。そしてにこりと笑った。

 珍しく、何の含みもない笑顔だなとアイラは思った。



「デレクの故郷でしょ?メンバーに入れておいたから。班長はギルバルトで…」


「フィフィフィ、フィン副団長っ!」


「うん?」


「アアア、アイラは!?アイラは一緒ですか!?」



 えっ、とアイラは目を丸くした。必死の形相でデレクがアイラを見ている。

 フィンが生暖かい視線を向けてきた。



「……デレク、残念だけどアイラは別の場所に…」


「お、お願いします!どうかアイラと一緒に…!」



 周りはザワザワとしながら、デレクとアイラを交互に見ている。

 アイラはデレクのおかしな態度の原因を、リアムなら知っているのでないかとちらりと見たが、美少年は素知らぬ顔でそっぽを向いていた。

 アイラは唇を尖らせてから片手を挙げる。



「フィン副団長、私をデレクと一緒の班にしていただけませんか?」


「アイラ…!」



 デレクは顔を輝かせたが、フィンはまだ渋っていた。



「別にメンバー交代はできるけど…理由は言える?それ次第かな」



 その言葉に、デレクは唇をぎゅっと結ぶと、スタスタとアイラの元へ近付いてくる。そして目の前で立ち止まると、アイラの両手を取った。

 団員たちがごくりと喉を鳴らす。



「……デレク?」


「アイラ、お願いだ…俺の…」



 デレクはアイラを真っ直ぐ見据えると、一際大きな声で言った。



「俺の恋人として、家族に会ってくれ!!」






◇◇◇



 デレクの故郷、ランツ村へは、馬を走らせ三時間ほどで到着した。

 村に入る前に、ギルバルトが書類に目を通して任務内容を再確認する。



「えーっと。盗賊は、一番近くてここから二つ隣の村で出たみたいだねぇ。八人くらいのグループで、刃物有りか」


「もしこの村に現れたら、捕らえるのですよね?」


「うん。でも村人の安全が最優先ね〜。とりあえず村を案内してもらおうか、デレクに」



 そこでアイラとギルバルトは、しょぼくれた様子のデレクを見る。

 デレクは猛練習の甲斐あって、馬に乗れるようになっていた。しょぼくれている原因は、アイラが同行している理由だった。



「まあまあデレク。アイラにふられたからって、いつまでも落ち込んでないでさぁ…ぷふふ」


「ギルバルト先輩、ふったとかそういう話じゃないですよ。デレクもほら、きちんとご家族に説明をしに行こう?」



 アイラに腕を引かれたデレクは、ものすごく行きたくなさそうな顔をしていた。その気持ちも分かるが、こればかりは本人の問題だ。

 恋人になってくれ発言の理由を問いただせば、事の発端は母親との手紙だという。


 デレクの母親はものすごく心配性で、騎士となることを最初は反対していたらしい。

 その反対を押し切るようにして騎士となり、宿舎へ入ったデレクに、毎日のように手紙は届いた。


 元気か、ケガはしていないか、友だちはできたか、ちゃんと食べているか。そして長々と書かれた手紙の最後は、恋人はできたかという言葉で毎回締めくくられていたという。

 だんだんと鬱陶しく感じてしまったデレクは、つい「恋人はできたから心配するな」と返事を出してしまったのだ。


 そこから、手紙の内容は架空の恋人への質問一色へと変わり、ついには近い内に連れて来なさい、さもなければ家族総出で騎士団に詰め掛ける、と脅迫めいたことが書かれていたという。



 そうして頭を抱えていたデレクに、最悪のタイミングで村へ行く任務ができてしまい、必死にアイラに縋った…というのが事のあらましである。



 デレクの衝撃の理由を聞いたアイラは、恋人のフリをするという条件を、丁重にお断りした。

 ショックを受けたデレクに、アイラはこう言った。


『デレク。その嘘は、自分も心配してくれるご家族も苦しめるだけだわ。きちんと話せば、きっと分かってもらえるはずよ』


 恋人のフリは出来ないが、自分も一緒に同行するとアイラは言い、デレクは涙目で頷いたのだ。



 けれど、実際に村にたどり着くと、どうしても足が言うことを聞かないようだ。



「ごめん、アイラ…ギルバルト先輩。全部俺の余計な嘘が招いたことなんだけど…だけど、気が進まないんだよおぉぉぉ」


「もう、デレク…」


「アイラちゃん、どいて。こうなったらオレが引きずってでも…」



 ぶんぶんと腕を回し近付いてきたギルバルトに、デレクがひいっと悲鳴を上げたときだった。



「……兄ちゃん?」



 背後から響いた声に、アイラは振り向く。

 そこには、デレクにそっくりな男の子が…三人。さらには、女の子も三人いる。



「わあ、ほんとだ、デレクにいちゃんだあ!」


「兄ちゃんどうしたの?お洋服かっこいいー!」



 わらわらと子どもたちが駆け寄って来る。アイラとギルバルトは目を丸くして、子どもたちに笑顔を向けているデレクを見た。


 デレクは一番小さい女の子の緑の髪を撫でながら、眉を下げて笑った。



「……俺、七人兄弟の長男なんだ」






 デレクの兄弟たちは、みんなデレクのことが大好きなようだった。

 奪い合うように腕を引き、早く家に連れて行こうとしている。


 そこから数歩後ろで並んで歩いていたアイラとギルバルトは、その光景を物珍しそうに見ていた。



「すごい…小さいデレクがいっぱい…」


「いやぁ、本当にそっくりだね〜。そして多い。アイラちゃんはお兄さんがいるんだっけー?」


「はい、兄が一人います。ギルバルト先輩は?」


「オレは一人っ子。どうせなら可愛い妹が欲しかったけどねぇ」



 お兄ちゃんって呼ばれてみたいなぁ〜とちらちらと視線を送ってくるギルバルトを無視して、アイラは逞しいデレクの背中を追った。



 デレクの家は、お世辞にも立派とは言えない小さな家だった。

 ここに両親と子どもが七人いたら、とても狭いだろう。

 庭に立派な畑があるが、育っている作物は豊作とは言いがたかった。


 体の大きさから、次男だと思われる少年が先に家に入って行った。

 「兄ちゃんが来たよー」と声が聞こえ、すぐにバタバタと家から誰かが飛び出して来る。



「デレク!?」



 小柄な女性だった。その髪の色で、すぐにデレクの母親だということが分かる。

 小走りで駆け寄って来たデレクの母親は、アイラの姿を見つけると、ハッと両手で口元を覆った。



「あらまあ…!まさかこの可愛らしいお嬢さんが、貴方の恋人なの?デレク!」


「や、母ちゃん、ちが…」


「兄ちゃんの恋人ー!?」


「わあ、きれーなひとー!てんしみたーい!」



 子どもたちがわらわらとアイラの周りに集まり、ギルバルトは笑顔で遠ざかって行く。アイラはデレクに視線で助けを求めた。

 意を決したように、デレクが両手を握りしめたのが見える。



「……っ、嘘なんだ!」



 ピタリ、と一斉に動きが止まる。すうっと表情を無くした母親が、デレクに視線を向けた。



「…………嘘?」


「ご、ごめん母ちゃん…」


「どういうことか、家の中で聞かせなさい」



 その笑顔の後ろで、揺らめく怒りの炎がアイラには見えた。




 アイラとギルバルトは、デレクの家に入るのを遠慮した。

 他人がいないほうが話しやすいだろうと思ったし、そもそもの目的である、村の見回りをしなければならないからだ。


 デレクの寂しそうな視線を受け、アイラはこっそりと拳を握って応援の態度を示した。



「さーてと、いつもなら分かれて見回りするんだけど…」



 そこでギルバルトがちらりとアイラを見る。何か悩んでいるようだ。



「……アイラちゃん一人にすると何かに巻き込まれそうだから、一緒に行動しよ」


「えっ」


「言っておくけど、君はだいたい事件の渦中にいるからね〜」



 ギルバルトはそう言ったが、小さな村の見回りは何事もなくすぐに終わった。

 途中で村人に話を聞くと、五年くらいはずっと平和な日々が続いているという。


 では、五年前に何かあったのかと問えば。

 村人は皆暗い顔をして、「盗賊に襲われた」と答えるのだった。



「……デレクも、きっと知っているはずですよね…?」


「そうだねぇ。……あとで聞いてみるといいよ」



 ギルバルトのその言い方で、彼は知っているのだとアイラは思った。

 ちょうどそのとき、背後で気配がしたので振り返ると、デレクがいた。母親との話が終わったようだ。


 その何とも言えない表情から、今のやり取りが聞こえていたのだと悟る。

 少し気まずそうに、デレクが微笑んだ。



「……隠してたわけじゃ、ないんだけど。五年前、この村は盗賊に襲われて…一人、命を落とした」



 デレクのものとは思えない小さな声は、少し震えていた。



「―――俺の、父ちゃんだった」



 ザアッと吹き抜けた風が、枯れ葉を散らした。



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