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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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10.補助魔術


 アイラはリアムに抱きとめられたまま、信じられない気持ちでいっぱいだった。


 つい先程まで、嫌悪の眼差しをずっと向けてきていたリアムが、アイラを庇い、さらに笑顔を浮かべている。

 どこか変なところでもぶつけたのかと、アイラは本気で思った。


 いろいろな疑問が頭を支配しそうになるが、アイラは試合中だということを思い出し、弾かれたように立ち上がる。

 リアムに木剣を飛ばされた先輩騎士オーティスは、降参とばかりに両手を挙げた。



「剣がなければ、俺は戦えないよ。ギルバルト、お前一人で新人たちの相手をするか?」



 少し離れたところに立っていた、同じく先輩騎士のギルバルトは、構えを解いて肩を竦める。



「いや〜無理でしょう。あんな動き見せつけられちゃあねぇ。どうやったの?」


「ああ、それは俺も疑問だけど……フィン副団長、とりあえず試合は終了でよろしいですか?」



 オーティスに問い掛けられ、フィンはにこりと笑っている。また悪魔の笑みだ、とアイラは思った。



「うん、終了でいいよ。……じゃあ、アイラ」


「は、はい」


「ネタばらしをしようか?」



 真珠色の瞳が楽しそうに細められ、アイラは上手く使われたな、と眉を寄せた。

 フィンにはこの試合前に、魔術を使っても良いとこっそり言われていた。その場合、リアムにも補助魔術をかけるように、とも。


 入団試験のときは逆に、魔術の使用はしないこと、と念を押されていた。

 不正にはならないが、それをよく思わない者もいる。奥の手は取っておくものだ、とフィンはニヤリと笑っていた。


 実際、試験のときにアイラは魔術を使わなくても問題なく動けたし、無事に合格できた。

 それは、フィンから約二年の指導を受けたおかげだろう。



 それなのに、今度は魔術使用の許可が出た。

 そうしなければ、相手にならないほど先輩騎士が強いのかと思えば……フィンの狙いは別のところにあったらしい。



 ―――私の補助魔術の効果を、第一騎士団の皆の前で見せつけるためだったのね…。



 睨むようにフィンを一瞥したあと、アイラはしゃがみこんだままのリアムに手を伸ばす。



「……大丈夫?あの、庇ってくれてありがとう」


「別に、お礼を言われる筋合いはないけど」



 やはり、先程の笑顔は見間違いのようだ。リアムは仏頂面を浮かべている。

 けれど、ゆっくりとアイラの手を取り立ち上がった。

 澄んだ空のような水色の瞳が、躊躇いがちにアイラを見る。



「……僕のほうこそ、ありがとう。いろいろごめん」


「………!」



 今まで警戒心むき出しで唸っていた小動物が、少し擦り寄ってきた。そんな感覚に襲われ、思わずアイラはリアムの頭を撫でそうになる。

 うっかり可愛いなんて言おうものなら、せっかく近付いてくれた距離が瞬く間に遠ざかってしまいそうだ。



「我慢よアイラ、我慢…」


「何が?……それより、このあとちゃんと説明してもらえるんだろうね」


「あ、うん、そうね。でもリアムくんは先に医務官に診てもらわなきゃダメよ」


「もう呼び捨てでいいよ。僕もそうする。それから、ケガは別に平気だから」


「そんなわけないでしょう!あんなに綺麗な一太刀が入ったんだからっ…」


「あーはいはいそこまで。皆待ってるよー」



 ひらりとフィンが間に入ってきて、呆れたようにそう言った。その目がリアムの脇腹を見る。



「リアム、あとで必ず医務室に行くこと。いいね?」


「……はい」


「よろしい。じゃあ行くよ……談話室に戻ろう。そこで説明だ」






 談話室は、第一騎士団の全員が入るとぎゅうぎゅうだった。

 ソファや椅子は足りず、必然的に新人の見習い騎士たちは立つことになる。ケガ人のリアムは、先輩騎士が気遣って座らせてくれた。


 今は使われていない暖炉の前に、フィンとアイラが立つ。注目を浴びているアイラは、視線が定まらずきょろきょろと目が動いていた。

 一方、いつも通りの雰囲気でフィンが話を始める。



「それじゃあ、何から話そうか……あ、今回の新人は十人で…まあいっか。自己紹介は各自しといてね」



 何だか、新人の扱いが雑だ。デレクが小さく「えっ」と呟いた声が聞こえ、隣に立っていた先輩騎士がポンと肩を叩いていた。

 新人だけでなく、皆こういう扱いなのかもしれない。



「さっき、オーティスとギルバルトに試合をしてもらったんだけど…二人とも、どう感じた?」



 フィンの問い掛けを聞き、アイラは先輩騎士の二人を改めて見た。一番前のソファに、並んで座っている。



「そうですね。動きが素早すぎるといいますか、軽すぎるといいますか。あとは、小柄な二人にしては一撃が重いなと感じました」



 オーティスは、入団式の時に名前を確認して扉を開けてくれた青年だ。

 茶色の髪に、同じ色の瞳。平凡な顔立ちで、温厚そうな雰囲気を纏っている。



「オレもそう思った〜…思いましたぁ。ちょこっと動きが少年少女のソレじゃないなぁって」



 ギルバルトは、見るからに軽薄そうな青年だった。

 赤茶の髪は長めに伸ばされており、前髪が緑の瞳にかかっている。耳にはいくつものピアスが光っていた。


 背筋を正して座るオーティスに、だらんと足を組んで座るギルバルト。正反対に見える二人だが、試合中の息はピタリと合っていた、というのが剣を交えたアイラの感想だ。



「じゃあ、外野からはどう見えたかな?」



 フィンが周囲をぐるりと見渡す。団員たちは互いに顔を見合わせると、口々に意見を出した。



「目で追うのが大変でした」

「女の子なんか、すごい跳躍してたもんなぁ」

「実力派の二人に引けをとらない戦いだったと思います」

「正直、すぐ勝負はつくかと思ったけど凄かった」

「最後の新人たちの庇い合いには心を打たれました…」

「それは完全に同意する」

「俺もです」

「俺も」



 庇い合いのくだりで、アイラは気恥ずかしくなった。

 リアムを見ると、同じような気持ちなのか、視線をあさってのほうに向けている。その耳はほんのりと赤い。

 近くに立っていたデレクが、それを面白く無さそうに見ていた。



「じゃあ、違和感の正体を説明しようか。アイラがね」


「……はい。私が、自身とリアムに補助魔術をかけました」



 じとりとフィンを見てから、アイラが答えた。周囲でどよめきが起こる。



「補助魔術?限られた魔術師しか扱えないという、あの?」



 オーティスの目は、君がそれを使えるのか?と問い掛けていた。アイラは覚悟を決めて頷いた。



「私は、アイラ・タルコット。タルコット男爵家の娘です。タルコット家は…」


「あ〜なるほどねぇ。君が噂の令嬢ってワケか」



 アイラの言葉を遮って、ギルバルトがポンと手を打った。隣で、オーティスが「噂?」と短く聞く。



「タルコット男爵家の令嬢。貴族界じゃ最近噂が出回っててね。社交の場に全く顔を見せず、高い魔力を持つ魔術師の家系に生まれながら、騎士の道を選んだらしい―――ってね」


「……はい。その通りです」



 人を値踏みするような、そんな視線がギルバルトから向けられる。噂を知っているなら、彼は貴族なのかもしれない。

 それにしても、どこにでも噂が出回るのは早いのね―――と思い、アイラは目を伏せた。



「……その噂は、今はどうでもいいだろう。俺は、その補助魔術を君が本当に使えるのか、ということが知りたい」



 どうでもいい。オーティスのこの言葉に、アイラは救われた気分になった。



「使えます。私が最も得意としている魔術です」


「なら、試しに俺に魔術をかけてみて欲しい。……構いませんか、副団長?」



 静かにソファから立ち上がったオーティスは、フィンに確認をとる。



「いいよ。話すより、実際に体験した方が分かりやすいだろうしね」


「ありがとうございます。……アイラ、君は先程の試合中、どんな補助魔術をかけたんだ?」


「はい。ええと、主に身体強化です。腕力と脚力…あとは、木剣に重さを加えました。強化した腕力で問題なく振るえる程度にですけど…」


「すごいな。物質にまでかけられるのか?」



 オーティスに目を丸くしてそう言われ、アイラは小さく「恐縮です」と返した。



「では、同じ身体強化の魔術をかけてくれ」


「分かりました。……でも、実践形式でないと効果が分かりづらいかもしれません」


「ああ、それは大丈夫だから頼む」


「?」



 何が大丈夫なのだろう、とアイラは疑問に思いながらもじっとオーティスを観察する。

 魔力は持っていなさそうだ。効果をなるべく感じられるように、多めの魔力を流すことにした。


 アイラの口元が僅かに動く。小さく魔術を唱えていた。オーティスの腕と脚に意識を集中する。



「……終わりました」


「ありがとう。……ふむ、なるほど」



 オーティスはその場で軽く跳躍してみせる。体の軽さを感じ取ってもらえたのか、その表情は嬉しそうに見えた。

 そして、ギルバルトに向かって声を掛ける。



「ギルバルト、こっちへ」


「へーい?何ですか、もしかしてオレも魔術かけてもらえ……あ痛ぁっ!?」



 気だるそうにオーティスに近付いたギルバルトが、見事に吹き飛んだ。その先にいた騎士たちがサッと一斉に避けたため、ギルバルトは床に転がる。

 アイラはパチパチと瞬きを繰り返した。



「なっ……にを、するんですかオーティスせんぱぁい!!」



 起き上がったギルバルトは、涙目で額に手を当てている。オーティスは自分の手をまじまじと見てから、アイラに視線を移した。



「凄いな。指で弾いただけでこの威力か」


「あああ、私が分かりやすいように多めに魔力を込めてしまって…!普段はこんなに強化はしていません…!」



 アイラが慌ててギルバルトを見と、ぶつくさと文句を言っている。

 周りの騎士はニヤニヤと笑みを浮かべていて、助け起こす気はなそうだった。



「質問、いいかな」



 そう言って片手を挙げたのは、リアムだ。



「さっき、その補助魔術をかけたのは、君自身と僕の二人。何人までかけられるの?」


「ええと、何人でもかけられるわ」



 ざわり、と空気が揺れた。平然としているのは、事前に話してあるフィンだけだ。

 アイラは誤解される前に、慌てて言葉を付け足す。



「私の魔力がもつまでは何人でも、って意味です。人数が増えるほど、一人当たりにかけられる補助魔術の効果は減るし、対象者が魔力を持っていて、私の魔力と反発する場合も効果は半減します」



 いくらアイラの魔力が高くても、繊細なコントロールが必要な補助魔術をかけ続けるには負担がかかる。複数人に同時にかけることは可能だが、その分効果は落ちていく。


 そして、補助魔術には対象にかけやすさがある。

 魔力を持たない人間にはかけやすいが、魔力を持つ人間には魔力の流れがあるため、相性が悪いとかけづらくなる。

 そこが術師の腕の見せ所でもあるのだが。


 木剣などの物質には、重さを変化させる補助魔術をかけることができるが、物質の構造が複雑になるほど難易度はあがってしまう。



 アイラの説明を、オーティスは何かを考えるように口元に手を当てて聞いていた。そして、フィンを振り返る。



「……副団長、彼女はなんてことのないように説明していますが、かなりの繊細さが必要な魔術と聞きます」


「うん、そうだね」


「以前の任務で、魔術師と組んで戦う機会がありました。補助魔術を使う術師もいましたが…正直、アイラの足元にも及ばないと思います」



 えっ、とアイラは目を丸くする。あまりの過大評価に訂正を入れようと口を開くが、その前にオーティスが鋭く言った。



「副団長は、アイラをどう利用するおつもりですか?」



 ピリッとした空気が、談話室に漂った。

 真剣な顔をしたオーティスを、フィンは口元に笑みを浮かべたまま見返している。



「利用するだなんて、人聞きが悪いなぁオーティス」


「誤魔化さないでください。戦場では、上に立つ者が、いかに下の者を動かせるかで勝負が決まる。そう教えたのは貴方でしょう」


「あ…あのっ!」



 二人に挟まれるように間に立っていたアイラが、空気に耐えられなくなり声を上げた。



「オーティスさま。私は、自分に価値があるとは思っていませんし、もしフィン副団長が私の魔力を利用しようと考えていても、別に構いませんので…」


「……アイラ、君はもう少し自分の価値を考えたほうがいいな。それと“さま”は止めて欲しい。ギルバルトが今にも笑い転げそうだ」


「あっはは!そうだよ〜アイラちゃん。オレみたいにオーティスせ・ん・ぱ・いって呼べばいーの。オレのこともね〜」



 ケラケラと笑うギルバルトに、アイラは曖昧に微笑んだ。何故だか、アイラはギルバルトに苦手意識を持っていたのだ。

 だが、ギルバルトの笑い声でピリついた空気が少し和らいでいる。



「アイラは、相当な補助魔術の使い手だよ。俺はそこに惚れ込んで、騎士にするために二年間稽古をした」



 フィンがさらりと言い、アイラは驚きのあまり口をポカンと開けた。魔術の腕に惚れ込まれているとは、初耳だったからだ。



「本人に騎士になる意志がある以上、俺は彼女が生き残れる道を用意したんだ。結果的に、彼女の補助魔術で俺たち騎士団の底上げに協力してもらうことになる。……これが利用するって意味になるのなら、そうだろうね」



 ニンマリと、いつもの意地の悪い笑顔を浮かべたフィンに「嫌になった?」と聞かれる。

 アイラはすぐに首を横に振った。



「嫌になんて、なりません。私はフィン副団長に感謝していますし、私にできることなら何でもします」


「うん、そう言うと思った。……というわけで、アイラは新人騎士でまだ見習いの立場だけど、訓練のときは皆に補助魔術を試してもらうつもりでいるから」



 分かったね?と無言の圧力がある笑顔をフィンが向けると、騎士たちは「はっ!」と一斉に返事をした。デレクやリアムたち新人騎士も、同じように背筋を正す。

 その様子に心配そうな視線を向けたアイラの頭に、大きな手のひらが乗せられた。



「何を心配してるのか知らないけど、俺がいる限り大丈夫だからね」


「フィン副団長…」



 そのやり取りを見ていた騎士たちの反応は、驚くか、羨ましそうにするかのどちらかだった。

 だが、当の本人たちは注目されていることに気付いていない。



 第一騎士団の団員たちの顔合わせは、それぞれの思いを巡らせながら終了した。



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