ストレスフルだよ武藤くん!
龍行高校の二学期は八月の最終週から始まる。今日は二学期の始業式だ。
「昔はさあ、九月の一日から始まってたらしいんだよ? 何でボクらは違うのかな」
「イッヒーが馬鹿だから先生が授業時間を増やさないと大変なことになる、って焦ったんだろ」
通学路を行くいつひがぼやいた言葉に対し、重光は適当かつ辛辣な回答を返す。いつひは重光に背を向けると、身体を左右に回し、通学リュックに付けた大小さまざまなキーチェーンを重光の腕にぶつけた。がちゃがちゃとうるさい。
「おいー、イッヒーのオシが可哀想だろー」
「変なイントネーションで言うな! 沼の主の発音じゃんそれ」
「何が不満なんだよ」
眉を寄せた重光に、いつひは「さっきからの武藤くんの言動全部!」と頬を膨らませる。
「武藤に賀川、初日から元気だな。おはよう」
やいのやいの言い合いながら龍行高校の正門をくぐった二人に朗らかな声で挨拶をしたのは光汰だ。「あいさつ運動」と書かれた襷を掛け、にこにこと満面の笑顔を浮かべている。
「おはよーございまーす。もうすぐ会長じゃなくなるね〜」
いつひがひらひらと手を振りながら通り抜ける。重光は無表情で黙り込んで光汰の横を通った。それから、光汰に悟られないようにちらりと視線を送る。大助からは何も吹き込まれていないのだろうか。吹き込まれていたとしても構わないが。
始業式が終わった直後、教室に戻るかそのままどこかへ散歩に行こうかと考えていた重光の前に立ちふさがるように現れたのは光汰だった。
いやに真剣な顔をしている。露骨に鬱陶しそうな顔をして、重光は光汰をまっすぐに見据えた。目線を外してしまうと負けた気がするからだ。光汰も同じように重光の目を捉えた。
周囲を歩いていた他の生徒たちは少し緊張したような面持ちをしてそそくさと行ってしまう。自然と人払いが済んだ空間で光汰は切り出した。まだまだ夏の厳しい日差しが二人の横顔を刺すように照らし、足元には黒い影が出来ている。
「武藤。何か、困ったことでもあるのか?」
「……は?」
たっぷりと間を取って、重光は短い声を返した。光汰は「えーと」と言葉を探すように言い淀んでから、「朝、俺に不安そうな視線を送っていただろう」と答える。
しばし凍りついたように固まった重光は、こめかみを痙攣させ、額に青筋を立てた鬼のような形相で光汰を睨みつける。
「やっぱり。俺で良ければ話は聞くし、解決のために俺が出来ることがあるなら尽力しよう」
即座に否定しなかった重光に光汰は一歩近づくと手を差し出す。口元を歪めた重光は──もしかしたら笑ったつもりなのかもしれない──「お前に出来ることなんかミリもねえよ」と吐き捨てるように零した。そうして話は終わったとばかりに立ち去ろうとする。
「まだ何も」
光汰の横を通り抜けざま、重光は更に続けた。
「お前が今更何かしたところでもう終わってんだからよ」
一年棟へ向かう途中の渡り廊下で、重光は大助に出会う。恐らく待ち伏せされていたのだろう。厭悪、警戒、拒絶。重光が纏う負の感情を目の当たりにした大助はしかし凪のような表情で重光に話しかける。
「やっぱり武藤は羽澄光汰のこと、殺したがってると思うけどなあ」
にこにこと微笑みを浮かべた大助は重光が言葉を発するよりも先に「壁に耳あり、って言うでしょ」と指先からあの黒い影を出現させ、耳を象った。教室で新学期の連絡が行われている時間のため、周囲に人はいない。
「おえ」
心底嫌そうな顔をする重光だったが、不意に表情をニュートラルに戻し「そいや、お前にはこの前の借り返してなかったな」と指の関節を鳴らす。大助は少し困ったような顔を作ると「いいの?」と確認するように問うた。
「何がだよ」
「賀川の首くらい、いつでも掻っ捌けるんだよ」
大助は自身の首に指で横に一文字を描くジェスチャーをしながら薄く微笑む。黙って動きを止めた重光の前で、大助は歌うように続けた。
「アンタを絞め上げてから、賀川を解体してもいいな。ずっと気になってるんだ。賀川の中が──」
重光の腕が大助の胸ぐらを掴み上げた。いとも簡単に宙に浮かされ、無理矢理重光と同じ視点に立たされる。苦しそうに顔を歪める大助に、重光は「させるわけねーだろ」と凄む。
「アンタがそうやって強がってる今、賀川がどうなってるか分からないのに」
──壁に耳あり。そう言って能力を使った大助の姿が重光の脳裏に閃く。こいつの能力の範囲は不明だが、校内くらいは効果範囲だとしたら──。自分ならば適当にあしらえるだろうが、いつひはどうだ?
力が緩んだ重光からするりと抜け出した大助は「あんたがおれに手を出さないなら、おれは賀川に手を出さない。これでどう?」と重光に微笑みかけた。穏やかそうに細めた目は笑っていない。重光は睨みつけながらも、僅かにその頬を引き攣らせた。
「ま〜た騙してんじゃん。大助にそんな能力ないだろ。……あったら怖えよ」
明らかに苛ついた様子の重光が立ち去った後、二人のやり取りをこっそり見ていた通が大助のすぐ後ろに現れ、呆れたような言葉をこぼした。大助は振り向かないまま肩を竦める。
「嘘は言ってないよ。武藤が勝手に勘違いしただけ。そもそも『また』って何。人聞きが悪いなあ」
「……いい性格してるよなぁ」
大助の顔を覗き込むように移動し、通は嘲笑った。
「ああ。性格が悪かったら『おれが武藤に手を出さないとは言ってない』とか言って武藤のことを思う存分嬲ってただろうね。今のあいつ、賀川のことなら口約束でも本気にするだろうし」
声色も表情も変えぬまま、淡々と答える大助。背筋に冷たいものを感じた通は微妙な顔をして押し黙った。
◆◆
いつひが重光に恨みを持った者から危害を加えられることは何度もあった。
全方位に喧嘩を売っている重光だ。その腰巾着がいかにも狙ってくださいと言わんばかりの華奢で貧弱そうな能力未発現者とならば、拐って人質にしようと凡俗どもは考える。無論、激怒した重光から心の傷になるレベルの暴力を受け、学ぶ。
賀川いつひに手を出すことは武藤本人に喧嘩を売るよりも遥かに危険な行為であると。
「武藤くん、なんかあったー?」
散々殴った相手を川の方へ投げ捨てていた重光にいつひは不安そうに尋ねた。高架下の河川敷である。素行の悪い人間が集まることで有名だ。
学校を出てからの重光は、目に付いた星憑きに挑発を仕掛け、乗ってきた相手を完膚なきまでに叩きのめす、という行為を繰り返している。メンツを大事にしていそうな人種ばかりを狙って煽るため、重光の下手くそな挑発でも面白いように成功し、彼の被害に遭うのはこれでもう三組目になるだろうか。
いつひの問いかけを無視する重光に、僅かに声色を強張らせたいつひは「中学生のときみたいじゃん」と続けた。特に一年生の頃は酷かった。徒党を組んだ星憑きの集団に挑んでは能力を使わずに制圧することが当時の重光のライフワークだったと言っても過言ではない。学年を重ねる毎に重光は落ち着いたのだが(重光の相手をしようと思う星憑きが居なくなったのかもしれない)、今日の重光は当時の再来とも思えるほどだった。
「なんもねーけど、イライラすんの」
「こーねんき?」
イライラしている自覚はあるのか、と思いながらいつひはCMか何かで耳にした気がする単語を呟く。重光は反応を示さない。ただ、黙っていつひが待っている土手の方まで上がってくると「もう飽きたからやめる」と首をぐるりと一周回した。
最近の重光を苛つかせることと言えば、恐らく相馬大助か羽澄光汰の言動だろうということは想像に難くない。そして、それを指摘すれば重光がますます不機嫌になるということも。
「いま五月女くんたちが喧嘩売りに来てくれればちょうど良かったのにね」
そんなことを宣ういつひにちらと視線をやった重光は「誰だよそいつ」とどうでもよさそうに呟いた。
「でも五月女くんって暴れ方がクソだから星憑きへの風当たりが強くなるんだよなあ。ボクらの世代しかいないわけじゃん、星憑きって。数では絶対負けるから……」
いつひは重光の反応などまるで無視して持論の展開を始めた。いつものことである。重光は適当に聞き流していたが、ふと視線を上げた先に怪しい人影を認め、その眉間に皺を寄せる。重光の纏う空気の変化に気が付いたいつひは立ち止まると重光の体の影に隠れた。こそりと重光の視線の先を窺い見ると、ふらふらと今にも倒れそうな覚束ない足取りでこちらに向かってくる小柄な少年の姿があった。病的なまでに青白い肌を見たいつひは「熱中症かな」と呟く。重光が「暑かったら顔赤くなんだろ」ともっともな答えを返した。他人を平気で殴る人間に正論をぶちかまされ(いつひと重光の間では珍しいことでもないが)、無性に腹を立たいつひはむすりとした表情で黙り込んだ。
「……あいつ、見たことあるよーな」
「武藤くんがそんなこと言うなんて珍しい」
ゆっくりとだが確実にこちらへ近づいて来ている少年を睨むような調子で観察していた重光が零したのを、いつひはからかうように返した。
「思い出した。せんぱい虐めたやつだ」
せんぱい──桜庭湊叶を虐めている筆頭が何か言ってる、といつひは重光の言葉に一瞬白けた表情を浮かべたものの「あー、だから覚えてるんだ」と納得の声を上げる。
「気持ちわりーやつだから、イッヒーちょっと下がってろ」
「……うん」
確か身体をスライム化させる能力を持った子で、龍行で騒ぎを起こした際に総能研に引き渡されたと聞いている。確かにスライムは気持ちが悪いし、一般的なイメージで考えると拳一筋物理党の重光とスライムは相性が悪そうだ。
いつひの中で元々信用の低かった総能研だが、五月女率いる厨二グループにも関わっていることが五月女本人から暴露されたこともあり、このスライム少年──確か名前は岩口慎吾──も故意に放流されたのではないかと疑ってしまう。いつひが手に入れた情報によると、能力を気味悪がられて親戚の家や施設をたらい回しにされていたらしい。慎吾の親戚の気持ちも理解できるが、不憫な生い立ちであることは確かだ。
慎吾から視線を外さずに数メートル後退りしたいつひは一度大きく息を吸うと、踵を返して一気に走り去る。それを確認した重光は慎吾の前に立ちはだかった。慎吾は二人の動きにも特段の反応を見せない。まるで亡霊のようだ。
そんな慎吾は重光の真正面に立つとぴたりと足を止めた。それから顔を上げると見開いた瞳で重光の顔を凝視する。やはりその口角は不自然に上がっていて、重光は不愉快そうに顔を歪めた。
「喧嘩売ってんなら買うし、何なら俺から売りつけてやっても良い。拒否返品不可」
いつひがすっかり遠くに逃げたことを確認した重光の腕に紫電が迸る。これまでほとんど使う機会がなかったと言うのに、一度使うと癖がついてしまうのか、まるで息をするような感覚で異能を発現させてしまう。そういえばせんぱいもよく燃えるようになったもんな、と炎を操る湊叶のことを思い出す。
慎吾は重光の能力に興味がないのか、目の前の事象に気が付いていないのかは不明だが、微塵の反応も見せなかった。以前相対したときと同じ、溶けたような笑みを顔面に貼り付けたまま、重光の前に立っている。
「キモ。総能研帰れよ」
元々そう乗っていなかった興が相手の態度により削がれ、ほぼ無と化したところで重光は慎吾の頭を雑に叩く。ばちっと大きな破裂音とともにスライムの破片が飛び散った。慎吾は衝撃に対してほぼ自動的にスライム化を発動させる。頭の上部が半分欠けた状態の慎吾はぽかんと口を開けて重光を見上げた。断面はゼリーのようだ。脳みそとか無いのか、と重光はしげしげと慎吾の頭を見下ろす。慎吾の背が小さいこともあり、ちょうど重光の胸辺りに慎吾の頭頂部が来るのだ。
ふと思いつき、そこに手を突っ込んでみた。バケツプリンに手を突っ込んだらきっとこういう感触だろう。温度は少しぬるい。慎吾は先程と同じ顔で重光を見つめ続けていた。
「人間じゃねーじゃん」
おえ、と気分の悪そうな顔をした重光は慎吾の頭から手を離した。放心状態の慎吾はその衝撃でバランスを崩し地面に倒れる。水風船をアスファルトの上に叩きつけたときのような音を数百倍に増幅させたような音と、飛沫。地面と直接ぶつからなかった右上半身だけを残し、慎吾の身体は溶け出していた。もはやスライムというには粘度があまりにも低いそれは地面を広がり、残っていた右半身も溶けた身体に沈むように慎吾としての形を失っていく。
「うえー」
あとでいつひに見せてあげよう、とスマホで撮影していた重光は慎吾だったものが作ったシミの中に何か落ちていることに気がついた。日差しを反射してきらきらと光っているのは、五センチ四方ほどの包装フィルムであった。両端にノッチが付けられ、厚みはほとんど無い。ちょうどキャラもの菓子パンについてくるオマケシールのようである。
何となく気になった重光は爪の先を使って拾い上げる。陽に透かしてみるも、銀色の遮光フィルム製包装の中身は見えない。
慎吾が人型を保っていた時点で身につけていた衣服は溶けてしまっているのに、この銀フィルムだけが残っているのは不自然な気もするが、星憑きの能力のことであるから「衣服は身体の一部として扱うが、持ち物は別」というような解釈を慎吾本人がしていたとすれば──そうおかしいことでもないのかもしれない。衣服も身体と同じようにスライム化していた慎吾の姿を脳裏に映した重光はそう納得することにした。どうだっていいことだが。
「武藤くん、終わった感じ?」
慎吾の痕をぼんやり眺めていた重光の後ろからいつひの声がかかる。どうやら重光の動きが分かる距離には居たらしい。あからさまに嫌そうな顔をした重光は「これやる」と銀フィルムをいつひに向けて放り投げた。
「わ、わ」
ひらひらと落ちる銀フィルムを慌てて追いかけたいつひは手をバタバタと振り回して何とかキャッチする。勢い余ってたたらを踏むも、何とか転倒を免れたいつひは手元の銀フィルムをしげしげと眺めた。
「なにこれ」
「Pモンパンシール」
適当なことを返した重光は「スライムが勝手に溶けた後にこれだけ残ってた」と伝える。
「じゃあちょっと濡れてるのってスライムくんの体液ってこと?!」と悲鳴を上げたいつひは腕を精一杯伸ばして銀フィルムを出来るだけ身体から離した。
「キモい言い方〜」
カラカラと笑った重光は目を細めると「開けんの?」と尋ねた。いつひは一瞬逡巡するような素振りを見せた後、「うん」と頷いた。
「開けてほしそうに切り込みも付いてるし」
親指と人差指だけを使って銀フィルムの端を破き、口を広げる。中には、向こうが透けそうなくらい薄い紙のような何かが入っていた。恐る恐る爪先でつまんで取り出した。カサ、と小さな音を立てたそれは2cm×3cm程度の薄いオブラートに見えた。
「なんだろ、これ」
「俺が知るか」
ふん、と重光は鼻を鳴らした。
「ボクの怪しい取得物コレクションに加えるかあ。この前保見くんが持ってた錠剤も結局そのままだし」
「ホミ……誰……」
「黒光りするあいつに変身するやつ。学校に乗り込んできてボクの悪評を流した大罪人だよ」
当時を思い出して気分を害したのか、いつひは眉間に皺を寄せて口をとがらせた。
「あー。終わったことだから忘れてた」
重光から返ってくるのは棒読みでの答え。いつひの説明を聞いてなお、全く思い出せていないことは明らかだった。
いつひはリュックを下ろし、全く整理されていない中から器用にポリ袋を取り出すと、銀フィルムをその中に入れた。ポリ袋の口を適当に縛るとリュックの中に放り込む。
「このまま入れるとなくなっちゃうからね」
「……いつも思うけどイッヒーのリュック、やべーな。怖」
整理整頓の出来るボク、と得意顔を上げると重光は半笑いでそれを迎える。何だその反応は、と不満げないつひのリュックに手を伸ばした重光は吊り紐でリュックを持ち上げ、「重っ」とその重量に吹き出した。
「武藤くんが何も持ってなさすぎなだけでしょ! タブレットとかテキストとか入れてたら普通はこのくらいになるよ!」
顔を真赤にして喚くいつひを「おー、どうどう」と適当に諌め(ちっとも諌められていないが)重光は「スライム、死んだ?」と慎吾が液状化した跡に視線を遣った。既に太陽に灼かれ蒸発し始めている。
「それこそボクに聞くなって」
意趣返しだとばかりに即答したいつひは「さっき『勝手に溶けた』とか言ってたけど、本当?」と疑いの目を重光に向けた。重光は僅かに視線を泳がすと「頭の中に手は突っ込んだ」と返す。
それを聞いたいつひは愕然とした表情で重光を見上げた。瞬きも忘れて、じっと重光の目を見ている。
「手を? 頭の中に?」
重光は頷く。「スライムだったから」
そこに穴があったから、とヘアピンをコンセントに突っ込む小学生か。いつひは呆れて倒れそうになるのを堪え、努めて冷静な声色で返した。
「いやそれ殺ってるじゃん。確実に殺ってるよ」
淡々と言いながらいつひの手は重光の服を強く掴んで揺さぶっている。
「この前相馬くんに『武藤くんは他人に不可逆な怪我をさせたりしない』って啖呵切っちゃったのに〜!」
「そこかよ」
「ばか〜〜〜〜」
重光は無抵抗で揺さぶられ続けている。「まあ、正当防衛的なアレが効くだろ。つーか生きてっかも。スライムだし」
「スライムが溶けたんでしょ──」
いつひが再び動きを止める。どうしたのか、と重光はいつひを見下ろし、その視線の先を辿る。すると、この猛暑の中スーツ姿,しかもジャケットまできっちり身につけた三人の男が目に入る。独特の雰囲気を纏った彼らの素性を、佐波沼市民、特に星憑きならばすぐに見抜ける。総能研の関係者だ。
いつひと重光が自分たちの存在を気取ったことを認識した総能研の男性スタッフたちは「こんにちは。賀川いつひさんと武藤重光さん。わたしは総合能力開発研究所の職員、曽根と申します。こちらは西澤、北川」とこの流れが当然とばかりに自己紹介を始めた。警戒感を丸出しにしている二人に口を挟まれないよう、間を置かずに曽根は話を続ける。
「先程はわたしたちの研究所から許可を得ずに外出した星憑きの確保にご協力頂きありがとうございました。つきましては、お礼をさせていただきたく存じますので、この後お時間よろしいでしょうか?」
この言葉に重光といつひの反応は真っ二つに分かれた。重光は呆れ混じりに迷惑そうな顔で曽根の申し出を断ろうと口を開いたのよりも少し早く、目を輝かせたいつひが「本当!? 大丈夫大丈夫!」と大きく手を上げて承諾したのだ。横の重光が唖然としていることなど全く気にしていない。直前までのやり取りとは立場が逆転しているが、彼らにはよくあることでもあった。
「武藤さんも、よろしいですか?」
曽根に問われ──ほとんど『確認』の調子なのが癪に障る──、重光はいつひに視線を送った。いつひはやはり好奇心で光り輝いている両目を向けてくる。その瞳の眩さに半眼になった重光は曽根に向けて「盛大にもてなせ」と宣った。
「ええ、はい」
微笑みを湛えた曽根は穏やかに頷く。ガキに慇懃無礼な大人ってろくなやついねーよな、と重光は冷めた目で曽根を見遣った。曽根が視線を彼らがやってきた方角に移し、「こちらに」と二人を誘導するように手を動かした先に、いつの間にか白いミニバンが現れていた。




