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星屑のテオレム  作者: 柘植加太
第四話
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33/48

三者三様三更模様

 何故かくっついてしまった手首をしげしげと眺める。特に自分が何かした覚えはない。いつひがあまりにも酷い顔をしているので、何とかしてやらないといけないと思って、ほとんど無我夢中で切断面同士を合わせた。そうしたら、引っ付いてしまったのだ。

 そもそも重光の持っている異能でこんな芸当はとてもじゃないが出来やしない。引っ張ってみても取れそうにないし、縫合痕もない(縫合していないから当然と言えば当然なのだが)。拳を握ったり解いたりもしてみるが、運動機能、感覚機能ともに違和感もなく、切断前と同じだ。

「どーなってんだ」

 ぼそ、と呟く。結果オーライと言えばその通りなのだが、少し気持ちが悪いのも事実である。考えようとしてみたが、無駄だと思いすぐに切り替える。痕が残っていないなら何でもいい。

 それにしてもあの触手野郎だ。思い出すだけで胸糞が悪い。あいつの金魚のフンみたいに引っ付いている桃色髪も面倒だ。あれが居ると追い込んだとしても逃亡されてしまう。まずはあいつを狙うのは策の一つかもしれない。

 そんなことを考えながら重光は足元に転がるごろつきの頭を足蹴にした。考えながら歩いていたら人にぶつかってしまい、それも運悪く柄の多い集団の一人で、ねちねち文句を言われて考え事の邪魔をされたので小突いたところ何やら喚き散らしながら(みな)で襲いかかってきたので返り討ちにした次第である。運が悪かったのはどちらなのか。

「……まー、どーでもいいか」

 考えることは苦手だ。いくら考えたとて、そのときの気分だってある。ひょい、ともう一人転がっていたごろつきの腹を蹴り上げる。どぷん、と水っぽい音と「ぐぇ」と小さなうめき声が聞こえた。

 そういえば、あいつにあれだけヒントを出してやったのにあいつはちっとも気が付いていないようだった。本当に記憶がないのか。幸せなやつだ。

「   」

 あいつの名前を空気を震わせずに呼ぶ。もちろん、それは誰の耳に届くこともない。


 ◆◆


 なぜ、武藤は俺のことを「捨てられた」と言ったのだろうか。

 部屋の二段ベッドの上。光汰は喫茶店で浴びせられた重光の言葉を不意に思い出した。

「迎えに来る人が居なかったってのを知ってたからじゃないのか?」

 ぼんやりとした問いへの答えが下から返って来る。同室の夏生だ。『固定』の能力を持つ星憑きで、光汰の同級生である。

「──、ああなるほど。そんなふうに取ることもできるのか」

「俺のほうが『捨てられた』って言葉に近い境遇だけど」

 夏生は少し自虐気味に笑う。彼は隕石災害で父親を亡くし、能力発現後は母親に「こんな訳の分からない子どもと一緒に暮らしたくない」と面罵され、ネグレクトを受け始めたため保護扱いで施設にやって来ている。

「何を言う。俺も夏生も、ここで過ごせて幸せだろう。……家族と一緒に過ごしたかったという気持ちは否定しないけれど」

「そうだな。ごめん、変にネガっちゃって」

「夜は後ろ向きに物事を考えがちだ。仕方ない」

 光汰は笑うと「むう、しかし今日は流石に刺激が強かったようだ。目が冴える。俺はホットミルクを飲もうと思うが、夏生はどうだい?」と二段ベッドの梯を降りる。

「じゃあ、俺も相伴しようかな」

「合点」

「何キャラ?」

「夏生が古風な言い回しをするから、それに合わせただけだ」

 茶目っぽく言う光汰の横に並んだ夏生は「そんな古風ってこともないだろ」と吹き出した。


 下から規則正しい寝息が聞こえてくる。夏生は眠りに就いたようだ。未だ寝付けない光汰は横向きにしていた身体を仰向けにした。テープや画鋲の痕が少し残る天井を眺める。小さい頃は好きなアニメのイラストや皆でお出かけしたときの記念写真を貼ったりしていたものだ。

(あと半年でここともお別れか)

 進路は佐波沼市内の総合大学の予定だ。模試の判定もAが出ているし、進路指導と担任の教師からは「油断しなければ大丈夫だ」と言われている。星憑きが大学生になる最初の代ということもあり、行政も学校も少々混乱しそうとはこっそり言われていたりするが、まあなんとかなるだろう。

 そういえば、秋の生徒会長選に大助を推薦したかったのだが、あの調子だと立候補してくれなさそうだ。そもそも湊叶が猛反対するだろう。

(武藤は兄を亡くしたと言っていたな。どんなお兄ちゃんだったのだろうか。武藤と同じように大きなひとだったのかな──)

 とりとめのないことを考えているうちに頭の中がぼんやりとしてきた。

(俺にもきょうだいがいたのだろうか──、いたかもしれないな、俺はいつも夢の中で誰かを守ろうとしているし──。──もう少し、力が欲しいな。皆を守れるような──)


 ◆◆


 ぐじゅり、びたびた、がり、ぼりぼり。耳を塞いでも鼓膜に直接響く厭な音に通は顔を歪めて目を瞑った。

「わあ、すごいなあ。昔見た映画みたいだ」

 通の少し下方で楽しそうな声を上げているのはトトだ。キャンプ用の椅子に座ったトトが目を細めて眺める先では、目を爛々と不気味に光らせた巨大な豚が何かを一心に貪っている。

「たまにはこういう処理もいいね。ねえ、通」

「う゛」

 振り向かれた通は慌てて耳を塞いでいた両手を下ろし、涙目で相槌を打つことが精一杯だった。正直、二度としてほしくないが、今それを言うのは良くない。トトの興を削いでしまう。

 いま、二人の眼の前で豚が貪っているのは『鳥海新志だったもの』だ。トトに呼ばれてのこのこやって来た通が目にしたのは、限界まで痛めつけられ、呼吸をするたびにごぽごぽと音を鳴らす鳥海とその横に微笑みを湛えて立つトトだった。

 トトが動くたびに鳥海はびくりと大きく体を震わせる。ああ、とんでもない責め苦を絶え間なく受け続けたのだろうなあ、と通は自然と遠くなる意識をなんとか保つよう必死に他のことを考えた。そうだ、お気に入りのシュークリーム専門店のカスタードシェイクが期間限定で復活するから飲みに行こう。

 全裸で椅子に縛り付けられている瀕死の鳥海を目の当たりにし、通の顔色が変わったのを確認したトトが「あー、通は知ってると思うけど、おれに嗜虐趣味はないよ」と眉を下げた。

「ただ、あまりにも悪行三昧の極悪人だったからさ。おれも結構痛い目に遭わされたし、(うち)に乗り込んできたし、まあ、多少色はつけるよね」

 にこりといつものように穏やかな笑みを浮かべ、細めた目で通を見た。

「……捕まえに行ったの?」

「ううん。またおれのことをこそこそ探ってるみたいだったから迎えてあげた。あんなにボロボロにしたおれが普通に過ごしてるのが不思議だったんだって」

 トトが「ね?」と鳥海に同意を促すように話しかけると、鳥海は見ている通の胸が痛むほど激しく頷いた。

「ほらこれ」とトトからタブレットを渡される。そこには鳥海の犯した所業の数々が列挙されていて、なるほど、婦女暴行も含まれていた。通はちらと鳥海に視線を戻す。下半身が酷い有様になっているのはそういうことか。もう使い物にならないだろう。使う機会もないだろうけれど。

 そんなことを思いながら「そ、だな」と小さな声で応えた通にトトが嬉しそうに見せたのが飢えた巨大な豚で――そして、今に至る。

「通より優秀かも」

 顔中を真っ赤に染めた豚を眺めながらトトが呟く。うっかり声に出てしまったと言った調子だったが、つまり素直な意見ということだ。さすがに無礼が過ぎないか、と通は「お、俺のほうがスマートだろっ」と唇を尖らせて抗議した。

「確かに見目はよろしくないし、普段の扱いには困るな。臭いもあるし。日常使いはやめておくか」

 死体処理の日常使いってなんだ──、と通の中に残る僅かな一般人的感覚がそう呟いた気がしたのを無視して、通は「だろ」とすんなり意見を翻したトトに何度も頷いた。再び一般人的感覚が「いいように丸め込まれてないか?」と囁いてきた。もちろん、スルーだ。

 とはいえ、慎吾、唯誓が総能研に収容されてしまったのでトトの「仲間」と言える存在は現在通一人である。正直、微妙な気持ちだ。以前より頼まれることは少し増えたが、もう仲間を増やすつもりはなくて通を唯一無二の「相棒」としてくれるのなら、今までよりももっと頑張ることができる。理解者を求めないトトの横に並ぶことの出来る唯一の存在となることは至上の喜びだ。

 慎吾も、唯誓も、それなりに仕事を与えられていたトトの仲間だ。通がトトに引き入れられたときには既に二人共トトの下で働いていた。けれど、使い古した道具の如く二人とも捨てられた。

 トトは自分にしか見せない一面を持っているが、そう思っているのは自分だけではなく、もしかしたら捨てられた二人もそれぞれ通の知らないトトを見せてもらっていたのかもしれない。いや、少なくとも慎吾は違う。あれは完全に恐怖で隷属させられていた。けれど唯誓は。

「俺のことも、捨てるの?」

 ごちゃごちゃと頭の中で考えているうちに、不意に口からまろび出てしまった言葉。豚の咀嚼音にかき消えてほしいと願ったが、それは叶わない。トトの目に(じっ)と見つめられた通は「……なんちゃってぇ」と口元を歪ませながら笑った。けして真面目な質問ではない。ただ、ふざけて聞いただけのこと。そんなふうを装って。

 トトはまばたきを二、三度する間黙っていたが、僅かに相好を崩すと口を開く。

「通次第かな。おれは、通のこと気に入ってるよ。頼りにしてる」

 寸の間、通の動きも思考も停止した。

「気に入っているよ」「頼りにしてる」。脳が痺れる。直接蜂蜜を掛けられたみたいに、じわじわと脳が蕩けそうだ。同時に表情筋も溶けたように緩みそうになったのを慌てて引き上げると、やはりふざけた調子で返す。

「な、なんだよぉ……。いつももっと塩だからびっくりするだろ……」

「そう? 普段から感謝は伝えているつもりだったけれど。あ、反応待ちしてた実験の結果が出る時間だからちょっと出るね。豚、ここから出さないようにしておいて」

 スマホを確認したトトはそう言い残して部屋を後にした。通はこの部屋唯一の出入り口である鉄扉が閉まるのを確認してから、大きく息をつくとその場にへたり込むように腰を下ろす。相変わらず不快でしかない豚の咀嚼音は絶えず響いているが、通はそれすらも気にならないほどの多幸感に包まれていた。唯誓がトトにどんな言葉をかけられていたのかなんて知らない。けれど、今の言葉とあの表情は俺のものだ。

 なんとなくだけれど、高校一年生の春、彼と同じクラスになったときからこうなる運命だった気がする。

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