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星屑のテオレム  作者: 柘植加太
第三話
23/42

フッ軽触手

 とりあえず『うはらまさや』という文字列でWeb検索してみたところ、佐波沼の警察官に同じ音の名前の人間がいることが分かった。刑事課所属らしい。

「警察って、身内に被害が及ぶと全力で捕まえに来るって話は聞いたことあるけど、総能研の謎権力には敵わなかったのかな」

 ソファに寝転がっているいつひがぼやく。机を挟んで向かい側にいる重光は視線だけをスマホから上げると「そーかもな」と気のない返事をした。いつひの迷推理(・・・)は半ば陰謀論めいたものが多いので適当にあしらうのが吉だ。

「つーか、何で休みなのに学校なんだよ。大好きかよ」

 重光たちがいるのは龍行高校の生徒会室である。「しかもアイツいねーし」

「待たせてすまなかったね」

 二人を生徒会室に呼びつけた張本人、光汰が見計らったかのようなタイミングで部屋に入ってきた。いつひが立ち上がると光汰に人差し指を突きつけた。非難の眼差しである。

「昨日、結局相馬くんに会えなかったらしいじゃん。武藤くんから聞いたよ。しかも武藤くん置いてどっか行っちゃったらしいし」

「その話をしようと思って、今日はここに呼んだんだ。来てくれてありがとう」

「それ、『会えなかった』以上に広げること出来なくない?」

 いつひは呆れた声を上げ、憮然としてため息をついた。光汰はゆっくりと首を横に振ると「そう思うだろう?」と挑戦的に笑う。重光が投擲用に机を持ち上げたのをいつひが「どうどう」と諌めていた。

「じゃあ、どういうこと?」

「まずは昨日、武藤を置いてきぼりにしたことを謝ろう。すまなかった」

 深々と頭を下げる光汰。重光が「床に額擦り付けてからが謝罪のスタートだろうが」などと難癖をつけていたがまともに取り合っていると話が進まないのでスルーされる。

「あのとき、俺と武藤は偶然相馬と一緒にいたらしい湊叶を待っていたんだ。当初は素直に湊叶と一緒に来てくれていたらしいんだが、途中で豹変した相馬に湊叶が襲われた。俺が湊叶の連絡を受けて急いで向かったときには、もう……」

「え、桜庭くん……」

 目をうるませ、いつひは絶句する。

「手酷くやられていて、意識がなかった。今は静養中だ」

「びっくりした。ほんとに死んじゃったのかと」

 口元にやっていた手を外し、いつひが唇を尖らせた。光汰本人にそのつもりは微塵もないだろうが、ややこしい演出をしないで欲しい。いつひの文句有りげな視線の意味がいまいち分かっていない光汰は戸惑ったような笑みを浮かべてから、昨日の出来事をかいつまんで説明する。いつひは相槌を打ちつつ真面目に聞いていたが、重光は途中から窓の外をぼんやりと眺め始めたのできっとほぼ光汰の声は聞こえていない。

「えー……じゃああの触手動画も相馬くん? 武藤くんを襲った触手も?」

 いつも穏やかな笑みを湛え、問題児の由瀬通も手懐けている大助の姿を思い浮かべる。繋がるような、繋がらないような。いつひはうーんと唸ってから「で、結局何がしたかったんだろ」と首を可動域の限界まで捻った。

 部屋が無音になった一瞬、扉が開く。三人の注目がそこに集まり、そして、いつひは息を呑んだ。

「ひとって自分にとって正当な理由を欲しがるよね。この世には不条理が存在するって認めたくないからかな」

 話題の張本人(相馬大助)が自ら現れたのである。「なんでいるの……」と引き気味のいつひを「ほら、また」と笑った大助は「勘だよ、勘」と目を細めて問いに答える。空いたソファに遠慮なく腰を下ろした大助は「さて、おれに答えられることなら答えるよ」と両指の腹を合わせた。

 ちょうど大助と正面から向き合うことになったいつひは「この触手動画って、相馬くん?」と自身のスマホに保存していた動画を見せて尋ねる。直前のやりとりの後に「何故」と尋ねることはしたくなかった。それこそ大助の思う壺なのかもしれないが。

「ああ、たぶん」

「……『たぶん』ぅ?」

 一週間前の天気は晴れでしたか、と聞かれたときのような応答。怪訝な声で大助の答えを繰り返したいつひは「記憶が曖昧なくらい、こういう行動が日常だったってこと?」と続けた。

「日常とまでは行かないけど、おれって恨み買いやすいみたいでさ。通が勝手に売ってきた恨みも多いんだけど。それも含めて、こっちだってやられっ放しは嫌だし」

 つまり正当防衛だと主張したいのか、と尚も疑い含みの視線を大助に送り続けているいつひに視線を遣ってから話に入ったのは光汰だった。

「湊叶が襲われた理由は、俺を本気にさせるためだと湊叶から聞いているんだが……」

 疑いたいわけではないが、言動を見ていると疑わざるを得ない、とでも言いたげな少し苦しげな表情である。大助はそんな光汰を愉しげに見てから頷いた。「そうですよ。あれ、羽澄先輩には伝えたと思ったんですけど。おれ、強い異能に興味があるんですよ」

「へー、それはボクも」

 爛々と目を光らせたいつひが前のめりの姿勢になり、大助の瞳を覗き込む。しばらく見つめ合ったあと、先に目を逸らしたのは大助だった。光汰に視線を移し、「でも、もう昨日みたいなことはしないって羽澄先輩と約束したんで」とふわりと笑う。

「わ、羽澄くんってやっぱ人たらしだね」

「俺は特別なことはしていないが……」

 身に余る称賛を受けたように光汰は困惑と照れを綯い交ぜにした表情で頭を掻いた。いつひは不意に重光に視線を送る。それに気が付いた重光が不思議そうに眉を寄せた。

「武藤くんがラスボスだね」

「……何の」

 悪戯っぽく笑ういつひに重光の眉間の皺が深くなる。

「羽澄くんの問題児改心プログラムの。まずは桜庭くんだったんでしょ」一年の頃荒れていたが光汰が生徒会に引き込み、粗暴な言動を落ち着かせてくれた、と本人が語ったことを華日づてに聞いている。「で、次に相馬くん」

「おれは初めから問題児じゃないけれど」

「その認識がまず問題でしょ」

 大助に間髪入れず反論されるが、いつひは呆れたように肩を竦めて笑う。む、と不愉快を顕にした大助が

「武藤より賀川のほうがまず改心すべきだろ」とため息を吐く。

「こらこら、喧嘩しないぞ」

 放って置くとヒートアップする一方だと判断した光汰が間に入る。二人も不毛だと判断したのか、素直に聞き入れる。重光が半笑いで「問題児あやされてんじゃねーか」と呟いた。

「そうだ、羽澄くん。昨日安土ちゃんが総能研に連行されたとこ見たよ! 『うはらまさや』氏失踪の件についてだって──」

 途端、光汰が目の色を変えた。さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、真剣そのものだ。その目つきはそれこそ、触れれば切れてしまうような剣呑さを湛えていた。「確かにそう聞いたのかい?」

「うん……」

 気圧されたいつひが仰け反りながら頷く。単なるいち情報提供のつもりが、どうやら大事になりそうだ。苦しげな表情を浮かべた光汰が自身のスマホを取り出し、何かを確認し始めた。いつひが一切の遠慮なくそれを覗くと、光汰は見せようとしていたようで見易いように角度を調節してくれた。誰かとのメッセージのやり取り画面。光汰の送信でやり取りは途絶えていた。それが、十日前。

「俺は龍行生徒の失踪事件について、鵜原さんとこっそり協力し合っていたんだ。安土の情報も、偶然を装って教えてもらったりしていたんだが、恐らくそれが安土にバレて……」

 光汰はふらふらと自身の席に座り込んだ。生徒会長用である革張りのワークチェアが重々しく軋む。大助が「あー」と少し逡巡しながら切り出す。

「おれです。総能研に聞かれて話したの。ゴスロリっぽい服装の女の子が警察官を襲ってました、って。おれと通、どうやら事件現場の近くに居たらしいので──」

「へー、お前変なタイミングいいんだな」

 目を蛇のように細めた重光が大助の話を遮るような大声をあげた。大助の困惑と呆れが混ざった目が重光を向く。そもそも話を聞いていたのか、という純粋な驚きも僅かに含まれていた。

「ほんとにね」

 大して反応しなかった大助がつまらなかったのか、重光は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。大助がいつひに視線を送ると「通常運転だから」と淡々とした声が返ってくる。

「賀川はもう少し保護者としての認識を持ったほうがいいよ」

「はー? 何でボクが武藤くんの保護者なの。ボクが武藤くんに保護される側でしょどう考えても」

「ねえそれボケ? 本気?」

 落ち込んでいた光汰だったがどうしても反りの合わない二人の掛け合いがあまりに馬鹿馬鹿しくて思わず笑みが溢れてしまった。気付いた二人が同時に光汰をじろりと睨む。

「ふふ、とっても似ているんだね、きっと」

 直後勿論、愕然とした表情の顔が二つ並んだ。

 

 ◆◆

 

 龍行高校生を巡る一連の事件の裏には「異能を強化させる薬を配り歩く人間」の存在があった。

 その正体であった唯誓が総能研に捕まったということは、こちらから唯誓にアプローチをかける手を失ったということである。なんとも呆気ない幕引きだ。めくるめく(ひと)夏の冒険譚を想像し期待していたいつひは大変がっかりした。純粋に事件解決を願っていた光汰の前では口が避けても言えないことだったが、重光の前なら好き勝手言うことができる。散々総能研と大助への罵詈雑言を並び立てたあと、いつひは豚骨醤油ラーメン(背脂マシマシ)を啜った。しばらく食べ進めたあと、いつひは不意に手を止める。

「絶対安土ちゃんの上には黒幕がいると思う」

「おー」例によって重光の返事は雑なものだ。重光はチャーハンにテーブル備え付けの輪切りネギとゴマをたっぷりとかけ、その上から辣油をひと回し垂らした。光汰に呼び出された帰りである。

「武藤くんって、そういうアレンジ好きだね」

「好きとかじゃねーけど」

「でも料理しないよね」

「肉は焼く。あとイッヒーよりはまともに出来る」

「そこ聞いてないですけど!? ボクは焼き肉は料理と認めませんけど!?」

 突然の侮辱にいつひは目を剥いた。重光は平然と自己流アレンジチャーハンに舌鼓を打っている。自分は確かに料理はちっともしないし、調理実習では大抵火の番(火加減をただ見つめるだけのひと)に徹してはいるが。自身を落ち着けるように丼に残ったスープをいつひは一気に飲み干した。

「はー。今年の夏は一味違うぞと思ってたのに」

 丼を机に置いたいつひがつまらなさそうに零す。それから何とはなしにスマホを手にし、一つの通知に気が付く。動画共有サイトのものだ。数日前に作った触手の能力者に関する情報を求める動画にコメントが付いたらしい。佐波沼市外からの的はずれなコメントも多く辟易していたのもあり、削除しようと考えていたところだった。

『触手の能力の主を知っている。@hope_nowhere』

 はいはい、といつひはため息を吐く。ボクだって知ってますよーだ。と内心舌を出しながら、いつひは動画の削除ボタンを押す──寸前でその指を止めた。わざわざ何かのアカウント名を書くなんて自己顕示欲が余程強いと見える。普段なら無視するが、今はちょうど楽しい予定がポシャったところだ。ちょっと付き合ってもいいかもしれない。手始めにアカウント名をコピーして検索するが、それらしきアカウントは出てこない。メインで使っているクローズドSNSでアカウント名検索を掛けてみる。これで見つからなさそうなら動画を消しておしまいにしよう、と思っていると標本らしき眼球の画像をアイコンにしているアカウントが引っかかった。アカウント名といいアイコンといい、中二病罹患中のようである。

 黙り込んでスマホに夢中になってしまったいつひに重光が面白く無さそうな視線を送ると、目が合っていないはずのいつひが顔を上げぬまま「もうちょいで終わるからね」と子守をする親のような台詞を放つ。重光は鼻を鳴らしてそれに応えた。

 言葉の通り、すぐに操作を終わらせたいつひは「武藤くんデザート食べる?」と店のタブレットを触りながら訊いた。「要らね」と短く答えた重光に「じゃ、ボクのだけ頼も」と味噌アイスを注文する。

「これ独特の味がして好きなんだよね。持ち帰りでまとめ買い出来るなら欲しいくらい」

 そんなことを呟いていたのを聞かれたのか、会計の際にいつひは「何個入りなら買う?」などと店主に聞かれたのだった。

 

 ◆◆

 

 夢の中で見る『家族』の姿はそれはちょうど小さな子どもがクレヨンで殴り描いたような線で塗りつぶされていていつも光汰はその線の下を見たいと思うのだけれどそう願った直後に『家族』たちは排水口に吸い込まれる泥水のようになって消えていってしまってその後に残るのは建物の残骸とあちこちで立ち上る黒煙と嗅いだことのないすごく嫌な匂いと慟哭と悲鳴と嗚咽でどうしようもなく不安でさみしくなってきてわんわんと泣き始めてしまう光汰に大きな手が差し伸べられて顔を上げてそのひとを見ようとするけれど涙で滲む視界では満足に叶わずけれど少し勇気が出た光汰は大きな声でこう叫ぶ「██はどこ!? ぼくがまもらなくちゃ」

 

 大汗をかいて光汰は跳ね起きた。数カ月ぶりに自分が「羽澄光汰」になった日の夢を見た。前に見たのも能力を使ったときだったな、と思い出す。あのときは武藤と相対したときだったか。朧気な記憶を想起しているからだろうか、あの夢を見るたびに細部が変わっている気もするし毎度寸分の(たが)いもない気もする。時刻を確認すると午前三時前だった。光汰は水を飲みに行くことにした。

 居室から少し歩いたところにある給湯室で水をコップに汲み、一気に飲み干す。夢見が悪かったせいでもやもやした気持ちも飲み下せたような気がした。

 安土唯誓が総能研に保護されたことで、恐らく事件は解決だ。薬の詳細についても総能研が解明してくれるだろう。これで一安心というわけだ。

 しかし何だろう、この僅かな引っ掛かりは。流しで洗ったコップを水切りラックに置いた光汰はしばし給湯室の壁に身を預ける。目を閉じてここ数日のことを思い返し──その僅か数秒後、寝息を立て始めた。弛緩した筋肉のせいでバランスを崩し、倒れかけたことで覚醒する。やはり自分は考え事はあまり向いていない。この違和感のことは朝にでも湊叶に聞いてもらおう。そう決めた光汰は静かに居室に戻るのだった。

 

「会長の言いたいこと、分かるっすよ。なんつーか、面倒になって一気に風呂敷を畳んだ感じ。トカゲの尻尾切りっつったほうが分かりやすいっすかね」

 まだ少し怪我の跡が残る湊叶は不機嫌そうな面持ちで光汰の話に応えた。光汰は「その言い方だと、安土が首謀者ではないと湊叶は考えているのかい?」と額を汗を拭いながら尋ねる。

「本人がそう取れる言動をしてたんで。少なくとも薬の卸元は居そうなモンすけど」

 言いながら湊叶は眼の前の一級河川に向けて石を投げた。ぴぴぴ、と高い音が連続し、真夏の陽射しを浴びてきらきら光る水面を石が跳ねていく。光汰が「おお、見事な水切りだ」と感嘆の声を上げた。二人がいるのは佐波沼市擁する福江県が宝、『岐志湖(きしのこ)」の湖岸だ。県の面積の六分の一を占め、見た目と名称はまるきり湖だが、国の河川法上では湖ではなく「川」という解釈になるらしい。

 不意に湊叶が光汰に向き直る。真剣な表情だ。綺麗な緋色の瞳に光汰は息を呑む。

「会長は、相馬のこと信じられるんすか」

 意を決して尋ねた。まさにそんなふうに思えた。光汰は寸の間黙ると、ゆっくりと首を縦に動かす。首肯。途端、湊叶の表情がくしゃりと歪む。

「そっすか」

 被っていたキャップの鍔で顔を隠した湊叶は「……俺は、あいつのことを信じられません」と震える声で絞り出すように言った。

「湊叶を酷い目に遭わせたことは許していない。それに、相馬がまた酷いことをしそうになったら、俺が止める」

「……それ、俺にも武藤にも言ってましたよね」

「ああ」

 湊叶はまだ何か言いたげだったが、一つ息を吐くと「あいつ、多分ですけど結構拗らしてますよ」と諦めた調子で呟いた。

「俺は別に、どんだけ怪我したってどうでもいいんす。ただ、会長が傷つくのは耐えられないっつーか」

「そういう考え方は感心しないぞ。俺は湊叶が傷つけば悲しいし、傷つけられたとしたら怒る。大切だからな」

「あーもー。会長って結構話通じませんよね」

 特大の溜息とともに湊叶は座り込む。む、と子どものように口を尖らせた光汰をちらりと見たあと、湊叶は岐志湖に視線を移した。対岸にも街があるが、移動を制限されている佐波沼市の星憑きにとってはあまり縁のない場所だ。隕石がこの大きな湖に墜ちたらどうなっていたのだろうか。星憑きは生まれていたのだろうか。

「あ、いたいた〜!」

 ざくざくと雑草を踏みしめる足音とともに明るい、いや、騒々しい声。いつひが一メートルほど上に敷かれた遊歩道から危なっかしい足取りでこちらへ降りてくる。後ろには仏頂面の重光を連れていた。「うおわ!」案の定足を滑らせたいつひを、重光ががっちりと腕を掴んで助ける。

「ふー。こんなところで何の話?」

「別に何だっていいだろ。お前らには関係ない話だよ」

 のっけから突き放すような態度の湊叶に、いつひが「桜庭くんってば、そういう態度は小学生で卒業しておこうね〜」と煽って笑う。

「まるで俺達を探していたようだったが……」

 怒りで震える湊叶の間に光汰が入る。いつひが思い出したように「そうそう!」と手を打った。

「武藤くんが学校で触手に襲われたあと、情報を募る動画作ってたんだけどさ」いつひはスマホの画面を光汰に見せる。感心した光汰の称賛の言葉を適当に流したいつひは〝@hope_nowhere〟のコメント部分まで画面をスワイプした。「有力情報が届く前に相馬くん自らが名乗り出てくたこともあってすっかり存在を忘れてたんだよね。けど、今日になって触手の主を名乗るひとが出てきたから、そのひとに会ってこようと思って! この前は相馬くんに関する面白い情報を教えてくれたから、ボクもお返しに小ネタを届けに来たってわけ!」

「……ほう」

 楽しそうに話すいつひとは対照的な表情をした光汰が顎を撫でるように手を当てた。「また、危ないことをしようとしているな」

「武藤くんがいるから大丈夫だよ!」

 横にいる重光をぐいと引き寄せ、いつひは誇らしげに笑った。重光は表情を微塵も変えない。当然とでも言いたげである。

「しかし、棚橋ビルでは──」

「あ゛?」

 懸念を口にした光汰に黙っていろとばかりの威圧。光汰は一度は口をつぐんだものの「武藤が弱いと言っているんじゃあない。相性というものがあると言っているんだ」と不安そうに眉を下げた。

「お前だって俺とそう変わんねえだろうが。クソ。しかも血飲むしクソきもい」

「もー、武藤くんどうどう」

 今にも飛び掛からんとする重光をいつひが諌める。元々煽りには弱い(たち)だが、特に光汰からの煽り(光汰本人に悪意はちっともないのだが)はいつひが止めても尚苛々した様子で光汰を睨み続けるので余程相性(・・)が悪いのだろう。相性というか、打ち負かされてしまった相手だからなのか。

「あ、そろそろ噂の触手くんと約束してた時間だ」

「随分とフッ軽だな、その触手」

 湊叶が呆れた声音で呟く。

「まあ、星憑き世代は夏休みだし佐波沼だってそんなに広くないし。じゃ、行ってくるね」

「くれぐれも気を付けるんだぞ。……どこで会う予定なんだい?」

「すぐそこ」

 いつひはあっけらかんとした調子で数十メートル先の湖岸緑地公園を指差した。

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